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御用猫  作者: 露瀬
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獣剣 月の牙 14

 月狼は鼻が効く、僅かな残り香も、風下に居れば察知し、音も無く移動し、襲い掛かる。


 かといって、臭いを消す呪いなど使用すれば、そこに空いた「臭いの穴」を理解して、逆手に取る知性もあるのだ。


 ブブロスは、独自に開発した発臭の呪いを使い、マダラの鼻を騙し、罠を仕掛ける。


 マダラはそれを覚え、同じ臭いを感知すれば回り込む。


 更にそれを利用し、臭いの配合を変え、またそれの裏を取り、彼らは騙し合い、高度な駆け引きを楽しんでいた。


 そう、楽しんでいたのだ。


 ぎりぎりの、命のやり取りを。


 そこにある興奮と快感は、戦いに臨む騎士剣客に通ずる者があるだろう。何となくだが、分かる話だ、と、御用猫もそう思う。


 ブブロスは、三人に、その発臭の呪いをかけ、自らは先行する。隠形の呪いも見事なものだ、常に、目で捉えておかねば、見失ってしまうだろう。


 どうやら昨日、マダラに不意打ちを受けたのは、御用猫達という異分子のせいであったのは間違いない。


 消してあると理解はしていても、枝葉を踏み折る音にさえ気を遣いながら、御用猫はブブロスの後を付けた。


「外周森の空気も、悪くは無いね、温かくて、優しい、奥森の自然魔力は心地よいけれど、静謐に過ぎて、どこか、冷たさを覚えるのも事実だよ」


 そうは思わないかい、と、呑気な声で、ホノクラちゃんは、御用猫の前を横切る。


 その、舞うような、滑るような足取りは、全く体重を感じさせない。何かの呪いを使っているのだろう。


「生憎、そっち方面の才能はからきしなんでね、よく分からないな」


「そんなに、難しく考える必要はないさ、要は、気分の問題なのだからね」


 機嫌の良さようなホノクラちゃんは、まるで散策でもしているかのように、足を止めては花を愛で、歌を唄い、大きく伸びをして、森の息を吸い込んでいた。


「楽しんでるところ、悪いんだが、もう少し大人しくしとけよ、緊張感のない奴め」


 御用猫は、もしも聞かれたのであれば、リリィアドーネやサクラから、一斉に責め立てられそうな言葉を吐き出すと、自らも一度肩を回して、身体の強張りを解す。


 どうやら、自分の方は、思う以上に緊張しているらしい。


「そうだね、少し存在を消しすぎていたかな、誰にも見られないならば、居ないのと同じ、誰かに、見て欲しい、そばにいて欲しい、というのは、つまるところ、自分の存在を証明するための」


「いいから」


 ぴしゃり、と、彼の言葉を遮る。この黒エルフは、如何にも話が長いのが欠点だ。


「全く、サクラといい勝負だ、回りくどい分だけ、お前の方が」


 ばしん、と、左腕を叩かれ、御用猫は悶絶する。未だ、骨は繋がっていない。


 文句を言おうと、口を開いた御用猫だったが、素早く、手近な樹の後ろに身を隠す。


 ブブロスの手信号だ。


 遠く低木の影から、ちろちろ、と動く、彼の指が見える。発見したのだ。


 ごくり、と唾を飲み込み、御用猫は、じりじりと前へ進む、喉の奥が、ひりつく程の渇きを覚える。


 当然だ、月狼は、ネップなどよりも、余程の強敵であろう。ブブロスには、何か秘策があるようだが、御用猫には。


(片方だけの猫の牙、か)


 それのみ、なのである。


 マダラは賢い、こちらの戦力が、自分よりも低いと知れば、遠慮なく殺しにくるだろう。


 何とか、御用猫が足止めしなければならないのだ。


 蝸牛のような速度で、ブブロスに追い付くと、低木の隙間から、それを確認した。


(……いるな)


 伐採だけして放置してあるのだろう、少し開けた場所に、苔生した大岩が飛び出しており、その上で、日光浴でもしているのだろうか、マダラは銀色に輝く身体を伸ばしていた。


 随分と寛いでいる、耳と尻尾を時折揺らし、羽虫でも追い払っているのか。


「どうだ、あからさまな誘いだろう」


「そこまで賢いのか、彼奴は」


 ふふん、と、ブブロスは、どこか自慢げに鼻を鳴らす。


「当然よ、奴にとってはこの程度の欺瞞なぞ、朝飯前だ、しかし、こちらも負けてはおらんぞ、わざと、一つだけ、覚えられた配合の臭いを混ぜてある。使い魔に持たせて向こうにやったからな、この位置は無警戒のはずよ、そこを狙う」


 口に咥えた矢をつがえ、それごと、きりきり、と弦を引く、ブブロスの職人芸だ。


 昨夜の話では、この矢には、特別製の毒が塗られているそうだ。


 祖霊の加護で毒の効かぬ月狼ではあるが、致死毒以外ならば、その力は及ばない。ブブロスの特別製である「番外毒」ならば、月狼を弱らせる事が出来るのだとか。


 つまりは、初手を奪う事が出来たならば、俄然、こちらが有利になる、という事なのだ。


 命中と同時に、御用猫も前に出る予定だった。ブブロスは、額に汗粒を浮かべ、限界まで引き絞った短弓の弦を

、ぱっ、と放す。


「上だよ」


 ぞくり、と、御用猫の皮膚が粟立つ。


 見上げた森の天井一杯に、マダラの巨体が映し出される。


 刀を抜いていたのは、正解だった。火でも吐きそうなマダラの紅い口に、整然と並ぶ長い牙を、野良猫の牙で受け止める。


(受けるな、背骨が折れる)


 二百キロはあろう猛獣が、樹上から飛び掛かってきたのだ、まともに支えられるはずも無い。


 身体を捻って、横倒しに倒れ込む、愛刀は手放す他無い、巻き込まれれば、獣の力で振り回されるだろう。


ブブロスの放った矢を躱す為に、マダラは飛び退いた。口には、井上真改二を咥えたまま。


「くそう、忍者犬でも気取るつもりか! 」


 脇差しを抜き払い、御用猫が前に出る。ちらりと眺めたのだが、岩の上には、小さな、それでも大型犬程はあるのだが、月狼が横たわっていた。


「幻術かよ、ふは、それが奥の手か」


 ブブロスは、歯をむいて笑うと、連続して矢を放つ。普段なら、楽に避けられる攻撃であろうが。


 合わせて飛び込んだ御用猫の存在は、マダラにとって、邪魔以外の、なにものでも無かったのだ。


 未だ、彼の愛刀を咥えたまま、マダラが御用猫に迫る、ひょっとすると、この刀で仕留めてやろうと考えているのやも知れぬ。知能の高い月狼ならば、冗談とも言い切れぬであろう。


 御用猫は、真正面から脇差しを振りかぶり。


 マダラの額に向けて、投擲した。


 マダラは、瞬刻、目を見開いたようにも見えたが、なんたる事か、顔を捻り、口に咥えた井上真改二で、脇差しを弾き飛ばしたのだ。


 金属音を残し、宙を舞った脇差しを、マダラは一瞬だけ、目で追った。人間はあれを拾う筈だと、ならば位置を把握し、近付かせないように立ち回らねばならないと。


 視線を戻したときには、目の前に人間がいた。


 御用猫は、マダラが咥えたままの、愛刀の柄を握り、身体ごと、ぶつかるように、刀を押し込む。


 互いの勢いが合わさり、がりがり、と、牙を削りながら、井上真改二は、マダラの頬を斬り裂いた。鉄をも穿つ月狼の牙とはいえ、千年で万人の血を吸った妖刀には、敵わなかったようだ。


 しかし、慌てて咬合を緩めれば、相当の深手を負っていた筈なのだ。やはりマダラも、歴戦の勇士には違い無い。


 無理をしたせいで悲鳴をあげる左腕は、仲間が欲しいと激痛を送り続ける。まともに振れるのは、あと一刀か。


 ブブロスの援護のおかげで、距離のとれた御用猫は、一度大きく息を吸う。


(うし、やるか)


 気合いを入れ直し、再び構える御用猫の耳に入ってきたものは。


「放てっ!」


 女の声に合わせ、幾条もの光線が、打ち出された。


 瞬時に思ったのは、森エルフの援軍。


 しかし、御用猫はそれを否定する、密猟者の仲間であるブブロスは、エルフの敵なのだ、彼らが守るのは、森と。


 彼の予想を裏付けるように、呪いの矢は、老エルフに向けて軌跡を伸ばすのであった。



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