表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御用猫  作者: 露瀬
124/150

獣剣 月の牙 10

 何時からだったろうか、自分が泣かなくなったのは。


 最後の記憶は、確か、父に尋ねた時だ。


 母は、どうしたのかと。


 その時に殴られ、大声で泣いたのが最後の筈だ。


 父が死んだ時は、泣かなかった。



 

 御用猫の耳の奥で、子供の泣き声が聞こえる。聞き覚えのある声。


 最後に聞いた自らの泣き声は、我ながら、情けなくも、大きな声だと、何故か良く覚えている。


 まるで他人事のように、その声を聞いていたのを覚えているのだ。


 だから、この声が聞こえる時は、自らを慰める事にしている。


 早く泣き止め、でないと。



(死ぬぞ)



 御用猫は跳ね起きた、意識はあやふやだ。記憶は繋がらないが、今はどうでも良かった。


(生きろ、生きろ、今は足掻く時だ)


 左腕は、完全に折れて動かない、痛みを遮断しろ。


 剣はある、肋骨は折れたが、まだ振れる。


 出血も無い、まだやれる、「浮島」で、上手く跳べたのだ、左から弓だ、ブブロスの仕業か、やはり狙いは正確だ、最小限の動きで避けられる、愛刀は右に、捻転、呼吸、最小限だ、最小限の動きで、最大限の力を、ネップは鈍重だ、大したことは無い、今も気付かないのだ、ブブロスの顔が見えないのか、ほら、早く打ち込め、そう、簡単だ、簡単に躱せる、これ以上は伸びないだろう、ほら、奴は気付かない、肩口を咬まれて、初めて叫ぶのだ、捻転、最小限の、最大限!


 ぐるり、と、身体を捻った所で、御用猫の意識が、身体の動きに追い付いた。


 足元にめり込むネップの斧を踏み付け、その太い首に斬撃を。


 大木を打ち倒す木樵のように、振りかぶった渾身の一撃を叩き込む。


「応ッ!!」


 カディバ一刀流「二輪咲き」


 脇構えから振り切る瞬間、鍔から柄頭まで、握りをずらし、距離と破壊力を上げる技である。


 本来ならば、完全に首を断てたであろうが、御用猫は片手で、手負いであった。


 それでも、その太い首の、頸骨まで断たれたネップは、もはや生きてはいられぬ筈なのだが。


 なんたる巨人の生命力か、だくだく、と、傷口から血を流しながらも、御用猫の首を両手で掴み、信じられぬ力で締め上げてくるのだ。


「ごうっ」


 御用猫の両足が地面に別れを告げた。これでは腰が入らぬだろう。


 傾いた首のまま、ネップが笑う。ごりごり、と、御用猫の耳の奥で、こもったような、嫌な音が聞こえ始める。


「男と、心中は、ごめんだな……」


 再び薄れる意識の中で、それでも御用猫は足掻く、足掻いて、女神に餌を強請るのだ。


 両脚でネップの腹を挟み込む、まずは土台を作れと、猫の本能が知っている。


「嚙み切り」では駄目だろう、腕が太過ぎる。御用猫は腰から脇差しを抜き取り、ぶくぶく、と、血を吐く食人鬼の胸に突き立てた。


(同じ鬼でも、餓鬼じゃないんだ、あの世には、ひとりで)


「……逝けぇッ! 」


 肺に残る、僅かな空気を全て吐き出し、御用猫は脇差しを根元まで、巨人の心臓に、一気に押し込む。


その勢いで背を逸らし、ネップの指をきると。


 おそらく、大陸一であろう大巨人は、御用猫を乗せたままに、巨木の如く、仰向けに倒れたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ