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御用猫  作者: 露瀬
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外剣 飛水鳥 9

「その目に焼いたか、秘剣、飛水鳥ひすいちょう


 トベラルロは、両手の刀を大仰に左右に広げ、片膝を地に着く程に落とした構えのまま、誰にとも無く報知する。


 御用猫は、確かに見た。


 トベラルロはその抜刀術にて、稲妻の如きリリィアドーネの突きを、右の剣で抜き打ち様に打ち払い、左の剣で彼女の胴を薙いだのだ、全くに一瞬の出来事である、ふたつの斬撃は、ほぼ同時に走ったとしか思えないほどの速度であった。


 御用猫は、すぅっ、と、頭の中が冷えてゆくのを感じた、認めたくは無いが、見事としか言い様が無い。両の手に握られたふた振りは、厳つい鞘からは信じられぬ程の細身であった、光を照り返した刀身は、白い裃と相俟って、その両の翼を広げ水面から飛び立つ水鳥を、御用猫の脳内に、しかと描き出していたのだ。


 リリィアドーネの安否を気遣う自分も、確かにこころの内に存在するのだが、その人間らしい情は、直ぐに視界の端に追いやられる。


(今すぐに打ち掛かるべきか、いや、相手にはまだ余裕が見える、奥の手を残している可能性がある以上、しかと見た範囲で対処すべきだ、ここは相手の最も信ずる得意の土俵に、こちらから上がるべきだろう)


 平静を装いつつも心中にて悩む御用猫に向け、自慢でもするかのように得意げな顔を見せると、トベラルロは二本の剣を、がちり、がちりと、機械音を響かせながら、まるで暴れる犬を無理矢理押え込むかのように、強引に納刀するのだ。


(む、機械仕掛け? 山エルフのカラクリか、それとも呪いの類か)


 どちらにせよ「まっとうな」剣術、といった訳では無さそうだ。常識外れの剣速も、そういった、なにがしかの仕組みによるものなのだろう、とはいえ、打ち込む技術、間合いの測り方、なにより。


 その目、反応速度、当て勘。


 どれをとっても超一流、まこと、償金額に相応しい腕の持ち主といえるだろう。御用猫はその力を恐れ、震えた、これはリリィアドーネに言われるまでもなく、逃げ出すのが正解の手合いだろう。


 だが、しかし。


 御用猫の視界の端で、僅かに揺らめく命の灯火が、彼の足を踏みとどまらせていた。


(まだ、助かる)


 どろり、と血を吐き出し、ひゅうひゅうと頼りない呼吸を取り戻したリリィアドーネは、倒れたままに手を伸ばし、何かを探すように、その虚ろな眼を彷徨わせる。


「なんか、手ごたえが変だったがぁ、そうか、あの小汚いローブのせいかぁ」


 細剣も衣服も造りの上等なものであったが為に、御用猫は随分と違和感を覚えたものだが、あの古ぼけた深緑のローブは、何かの呪い(まじない)が込められた逸品だったようだ。


「まぁ、生きてたんなら重畳、僥倖、いろいろと楽しみが増えるってもんよ、なぁ? 」


 にやにやと、嫌らしく笑うトベラルロが刀の柄を扱いてみせる、しかしそれには反応もせず、御用猫は無言のままに、左に差した脇差を鞘ごと抜き取り、右の腰に下げ直した。


「おっ? おっ? 二刀流かぁ? 気が効いてるねぇ、いやぁホント、楽しくなってきた」


「残念ながら、楽しくなりそうにはないねぇ」


 御用猫は大袈裟に首を振ると、つまらなさそうに溜息を吐く。


「だってお前、大した事なさそうだし」


「あぁ? 」


 御用猫の一言に、ぴくり、と、眉を持ち上げたトベラルロは、しかしたちまちに、にやついた笑顔を取り戻したのだ、それが虚勢だと思い込んでいたから。しかしこれは紛れもない事実ではあるだろう、臆病で卑しい野良猫は、たとえ無抵抗であったとしても、餌を獲る前には、毎度まいたび震えるばかりであるのだから。


「負け犬……あぁ、負け猫かぁ? 遠吠えにはまだ早いんじゃねぇの」


「猫は吠えねぇよ、馬鹿」


 御用猫は左半身をぐい、と、前に突き出し爪先を相手に向け、腰を落として井上真改二いのうえしんかいにの鯉口をきると、そのまま左手で、刀の柄を軽く握りこんだ。


「……だめだ……にげろ……やくそく……」


 絞り出すように、途切れ途切れに、リリィアドーネが震えた声を漏らす。


「お前の女ぁ、ああ言ってるぞぉ?」


 言いながらもトベラルロは時計回りに動き始めた、足下の具合を確かめているのか、さすがに高額の賞金首、念の入った事である。


「自分の女に手を出されて、黙ってる男も居ないだろう」


 そりゃそうか、と笑うトベラルロに、御用猫は、確乎不抜に宣告するのだ。


「来いよ、稽古をつけてやる、お代は一千と二百ちょうど、お前の首払いだ」




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