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御用猫  作者: 露瀬
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獣剣 月の牙 4

 帰らずの森、その周辺部には、多種多様な動植物が、森エルフの管理の元、それぞれ小さな生態系を構築し、暮らしている。


 御用猫が進むのは、土地にかけられた大規模な呪いで、温帯の気候に保たれた針葉樹林であった。真夏であるにもかかわらず、ひんやりとしたスギ林の中を貫く道路は、木材の運搬用であるのだが、この辺りにはまだ植栽されて間も無い若木が多い。


「月狼ねぇ、んん、そんな儲かるのか? 剥製にでもすんの? 」


 森林特有の匂いを、伸びをしながら胸に入れ、御用猫は前を歩くエルフ騎士に声をかける。


「剥製もそうですね、人間の貴族が好んで飾ると聞きました、亡骸を辱めるなどと、悍ましい事です。ですが、月狼の真の価値は、毛皮ではありません」


 男の狩人を二人連れた、ウィンドビットが足を緩め、御用猫の隣に下がる。相変わらず静かなものだ、どう見ても、がちゃがちゃと、大きな音を立てそうな鎧であるのに。


(銀板の一枚一枚が浮いているとか言ってたな、成る程、衝撃を吸収する効果もあるのだろうが、それにしても)


 見た目のせいで違和感がひどい、これに慣れるのには、時間がかかりそうだ。


「先生ー、猫の先生ぇー、月狼の牙は、魔力の塊なんですぜ、成狼なら一本、二千万は堅いのでごぜーますよ、ぐへへ」


 金の事には詳しいチャムパグンが言うには、魔獣である月狼は、死ぬまで、体内の魔力を牙に集め続けるのだとか。


 鉄板をも噛み穿つ成狼の牙は、霊薬の材料として、高値で取引されている。


「そのおかげで、外周森付近を縄張りとする月狼は、今や絶滅寸前なのです、あなた達、欲に塗れた人間のせいで」


「それを否定はしないけどな、森エルフにだって悪い奴はいるだろう、こいつみたいに、なぁ、チャム」


 御用猫は、卑しいエルフの、波打つ柔らかい金髪を撫でながら、にっこりと微笑む。


 チャムパグンの方も、にぱっ、と口を開けて笑うのだ。彼女は何時もの姿、ベージュの袖なしシャツに、鳶色のショートパンツという格好だが、虫に刺されたり、下草で怪我をした様子は無い。体表を呪いで保護しているのだろうか。


 そういえば、黒雀がそんな事を言っていたか、と御用猫は思い出す。


 最初は、黒エルフの集落に行くなら、彼女を連れて行こうかとも考えていたのだが、黒雀は、明らかに御用猫の知る黒エルフとは、かけ離れた存在だろう。


 むしろ、余計な誤解を招きかねないだろうかと思い直し、みつばちと共に、彼女も置いてきたのだが。


 皆、元気にしているだろうか。


「街エルフは、世俗に汚れた存在、私達とは違いま……聞いているのですか? 」


「聞いてるよ、でもな、こいつが汚れてるのは間違いないが、ご先祖様は汚れて無かったんだろ? 森から出ると本性が顕になるのか? 人間と暮らせば悪意がうつるのか? その程度か、ならば、森エルフも大した事ないな」


 御用猫は、くい、と顎を上げ、見下すように言い放つ。


「悪党になる、素質が、あるって事だろうさ」


 足を止め、御用猫を見詰めるウィンドビットの目は、峻烈な、殺意に近い怒りをはらんでいた。


「それは、エルフ族に対する、冒涜と見做します」


「勝手に代弁してんじゃねえよ、俺が馬鹿にしてんのは、おまえ個人だ」


 ウィンドビットの左手が、腰から下げた長剣に伸びるが。


「やめとけ、そいつを抜いたら、お前も汚れるぞ」


「ぐっ、う」


 彼女は、下を向き、上を向いてから、再び歩き始めた、もう、足を緩める事は無いだろう。


「なんと、気の短いやつだなあ……汚れていても、俺はチャムの方が好きだぜ」


 なぁ、とチャムパグンに声をかけるのだが。


「うわ、前から、猫の先生、ボディタッチが多いなーとは思ってたんですが、まさか私の貧相なカラダに劣情を催して……痛い痛い、ごめんなさい、すまん、許せ、あーっ! 」


 御用猫は無言で、チャムパグンの小さな身体を肩に担ぎ上げ、ショートパンツを剥くと、まるで鼓でも打つかのように、ぱしーん、ぱしーんと、尻を叩くのだ。


 叩かれた勢いで、思わず放屁した鼓エルフに、たまらず、御用猫とチャムパグンは、げらげらと笑い始める。


 その、あまりの緊張感のなさに、ウィンドビットは足を緩めて、二人を叱咤する他なかったのだ。



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