獣剣 月の牙 1
クロスロードの東には、広大な森林地帯が広がる。かつては「帰らずの森」などと呼ばれ、人間にとって、不可侵領域とも呼べる未踏の地であったのだが、森を守護し、森と共に生きるエルフ族との和解により、現在では、森林資源の供給場として、クロスロードになくてはならない存在である。
もっとも、未だに人間の領域は、森の周縁部のみであり、この広葉樹の混交林には、昔ながらの狩猟と林業を営む者が、小規模な村を作り暮らしていた。
そこから内は、いくつもの純林が市松模様の如く、整然と並ぶ。単一種の樹林毎に、大規模な呪いで気候を整え、育て、必要分だけ伐採し、また植林する。
その手入れは、植物のみに留まらず、動物にまで及ぶ。森エルフとは、正に森の管理者なのである。
モザイク状の林を抜けた更にその先、本来の天然樹海の中、御用猫とチャムパグンは、森エルフの集落を目指し歩いていた。
「この空気感、満ち溢れる自然魔力、まるで、実家のような安心感ですわよ」
「嘘つけ、お前、街育ちだろうが」
「黙って歩け」
周囲を武装した集団に固められ、武器を奪われて両手を縛られた状態を、歩く、と表現できるのならば、で、あるのだが。
森エルフの戦士達との交渉は、決裂に終わった。同じ森エルフだから、任せてくれと胸を張るチャムパグンを、多少なりとも信じた、これは、御用猫の明らかな自業自得、なのである。
今回、御用猫の獲物は「ウルサ」のネップ、賞金額は五百万。
「熊」の二つ名の通り、巨体の山賊であるが、活動地域が田舎である為、その凶暴さ、被害者数の割に、賞金額は低い。
みつばちからの情報で、帰らずの森付近に住処を見つけた、と聞いた御用猫だったが、これは割に合わぬ仕事だと、別の首を探してくれと彼女に頼み、その隙にクロスロードを脱出したのだ。
今回は書き置きも残していない、リリィアドーネには、リチャードが手紙を書くだろう。
まさに完璧な作戦であった。
何故か付いてきた、この卑しいエルフを除けば。
田舎仕事だから、美味いものは無いぞ、と言い聞かせたのだが、おそらくは、単に退屈だったのだろう。
御用猫は、知己である黒エルフを訪ねるつもりであったのだが。チャムパグンが自信満々に、そう、余りに自信満々に任せておけと言うので。
(ひょっとして、知り合いでもいるのか)
と、真っ直ぐに、森エルフの縄張りへと進入したのだが。
「良く分かった、俺が馬鹿だった、今回こそは、良く分かったよ、やはり、森エルフにろくな奴は居ないのだ」
ぶすり、と御用猫の尻に槍の穂先が食い込む。
悲鳴をあげた御用猫を見て笑うチャムパグンは、後で剥いてやろう、と軽く殺意を覚えながら。
新たな面倒事の予感に、御用猫は溜息を吐くのであったのだ。