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御用猫  作者: 露瀬
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恋模様 20

 賑やかなのは良いことだ。


 日陰を選んで歩く野良猫といえど、別に、陰鬱な生活を送りたい訳ではないのだから。


 そう、賑やかなのは構わないのだ。


「やかましいわ! ちょっとは大人しく飲め……いや、なんでもありません」


 酔鬼達の視線を集め、威圧感に腰を折られた形で、すとん、と座った御用猫は、膝の上に黒雀を抱え直す。


 貸し切り営業のマルティエの亭は、夜も昼よと大盛況であったのだ。


 御用猫にチャムパグン、黒雀。田ノ上道場の三人と、いや、今はクロンも含めて四人であるか。フィオーレはサクラの隣に陣取り、リチャードに何事か文句を付けている。


 青ドラゴン騎士の二人に口説かれるのは、マルティエと、そしてなんと、マリリンであった。スイレンと二人、この打ち上げに参加しているのだ。


 従業員と共に、チャムパグンに餌付けするスイレンは、最初、随分とマリリンの方を気にしていたのだが、どうやら彼女は、すでに気持ちを切り替えてしまったようだ。


 御用猫も、さり気なく、マリリンの様子は窺っていたのだが、なんとも、女の強かさよ、今も、少々惨じめさを引きずる痩せ猫とは、心の、つくり、が違うようだ。


 そしてビュレッフェとクロンは、先程から、田ノ上老とアドルパスを交えて、大盛り上がりに、剣術談議に花を咲かせている、いや、いつの間にか下品な話に移行していた。サクラが険しい顔で睨んでいるのにも、全く気付かないようだ。


 会話の内容はともかく、こちらも、随分と晴れやかな顔である。ビュレッフェは、明日にでもマリンルイゼに詫びを入れ、婚約は解消するそうだ。


 初心に戻り、再び剣を磨きたい、と。


 まぁ、それは、好きにすれば良い、御用猫は、そう思うのだ。人生の選択は、自分にしか出来ないのだ。それは良い。


 それは、まだ分かるのだが。


「だから、何で居るんだよ、今回は、まるで接点無いだろう」


「ありますぅー、お茶会の警備は私がしていましたぁー」


 少し酔っているのだろうか、アルタソマイダスは、砕けた調子で、御用猫の肩に頭を乗せ、上機嫌に、けらけら、と笑う。


 もし、この姿をテンプル騎士が目にすれば、次の日から、御用猫の前に列を成し、この猛獣の扱い方をご教授くださいと、乞い願うだろう。


 ちぅちぅ、と、無心に、御用猫の鎖骨を吸い続ける黒雀を撫でながら、そろそろ、リリィアドーネの瞳が、尋常ならざる暗い光を湛えてきたな、と、彼はどこか他人事のように、冷静に分析をしていた。


「黒雀ちゃん、だっけ、さっきから思ってたんだけど、美味しいの、それ」


「ん」


 そっかそっか、と、にこやかに笑うと、アルタソマイダスは、黒雀の頭を撫でて。


「ね、私にもちょうだい」


「や」


「そう? なら、力尽くね」


 ぐい、と黒雀を引き剥がしたアルタソマイダスに、その力に逆らう事なく滑り込んだ黒い悪魔は、手にした仕込み針を、彼女の首に刺し込もうと突き出すのだ。


 そこに、一切の躊躇や迷いは無い、志能便であれば当然なのかも知れないが、いや、どう考えても異常であろう。また、近付きたく無い理由が増えた、と御用猫は思う。


「あはは、あぶなーい」


 しかし事も無げに、梵字にまみれたその細い手首を払うと、アルタソマイダスは、次々と至近距離から繰り出される黒雀の暗器針を、ぽいぽい、と、奪い取っては背後に放り投げるのだ。


 黒雀の顔が恐怖で歪むのを、御用猫は初めて目にした。


 興に乗ったアルタソマイダスは、黒雀の両手を拘束すると、白いワンピースから覗く彼女の細い鎖骨に、梵字の上から、かぶりついた。


「やー! やー! 」


 肌を吸われて暴れる黒雀が、助けを求めるような視線を送ってきたのだが、無慈悲にも、御用猫はそれを無視する。


(許せよ、後でぶどう剥いてやるからな)


 黒雀の報復も恐ろしいが、今は、この爆発寸前まで膨らんだ、リリィアドーネの処理が最優先であろう。


 テーブルの反対側に移動した御用猫は、わざとらしく顔を背けたリリィアドーネに語りかけた。


「なぁ、リリィ、あすこのな、クロンって言う男なんだが、これが良い奴でな」


 彼女は、ちらり、と、横目でこちらを窺ってきた。釣り上げるには、もう少し興味を引く必要があるだろうか。


「最初は、あそこのマリリンって娘に夢中だったんだけどな、全く、彼女を賭けて決闘までしたのに、その為の特訓のせいで、今度は剣術にはまり込んじまってさ、今じゃ、田ノ上の親父の信奉者って言うんだから、笑えるだろ」


「いや、立派な心がけだと思うぞ? 田ノ上様は尊敬に値する、偉大な英雄だ、あそこで修行するなら、間違いは無いだろう」


「好きな女を放っておいてもか? 」


「む、それは……」


 リリィアドーネは考え込む、生真面目な彼女の事だ、この様な質問に、結論が出せる筈もない。


「ま、少し羨ましい気もするけどな、俺もあんな風に、何かに、夢中になってみたい気もするよ」


 御用猫は、ちらり、と彼女を見やる、釣れるだろうか。


「わ! 」


 ぱかっ、と口を開けると、そのまま、リリィアドーネは動かなくなる。


「わた、わ、わた、わたしに」


 いや、何か言おうとしてはいるのだが、言葉にならないのか、荒い息を吐くばかりで、ついに彼女は、涙目になって震え始めた。


 もう少し見ていたい気もしたのだが、これ以上は可哀想か、と、御用猫は両手を大きく広げ


「よぉし、お前の魅力で、夢中にさせてくれ」


 にっこりと、微笑んだ。


 リリィアドーネは、しばし躊躇したのだが、きょろきょろ、と周囲を伺い、誰もこちらに注目していないのを確認すると、ごくり、と唾を飲み込み、意を決して、御用猫の胸の中に飛び込もうと。


「お任せください」


 つるり、と、みつばちが、御用猫の膝に滑り込んだ。



 どれだけの沈黙が続いたものか。



「変わり身の術……なんて、てへ」


「いや、流石に、これは無いだろう、どうすんの、お前、死ぬかもよ? 」


「その時は一緒です、逃がしませんよ」


 がたり、と、立ち上がった、リリィアドーネは、めりめりと、音がしそうな程に、きつく拳を握り締めた。


「うぅ……」


 すわ、爆発か、と、身構えた御用猫の前で、彼女はしかし、上を向いて泣き始めたのだ。


「あぁー、うぁあぁー」


 ぽい、と、みつばちを投げ捨てると、御用猫は慌てて彼女を抱き締め、頭を撫でるのだが。子供の様に泣き続けるリリィアドーネには、落ち着く気配が微塵も感じられぬのだ。それどころか、御用猫を振りほどこうと、力任せに暴れ始める。


「くそう、アルたそ! 何とかして、あぁ駄目だこいつ、役立たずめ! 乳だけか! アドルパス! アドルパアァース! 」


 今宵の宴は混迷を極め、御用猫にとって災難ではあったのだが。


 門出は、やはり、賑やかな方が良いのだ。

 






夜ごと見事に咲く恋も


夜の蝶には腰掛け雄花


次に咲くのは誰ぞやと


猫に問うても知らぬ顔



御用、御用の、御用猫










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