恋模様 16
「ちょいと、同席、構わないかな」
スイレンを連れた御用猫は、ビュレッフェとマリリンの箱席に現れる。答えも聞かずに向かい席に腰を下ろすと、テーブルに片肘を付いた。
訝しげに顔を顰めるビュレッフェであったのだが、今日はまだ、酒が殆ど入っていないのだろう。先日よりも随分と、落ち着きのある様子だった。
「何者だ、貴様、要件次第では、叩き出すぞ」
その強圧的な声に、スイレンが身をすくめ、御用猫の服の裾を掴む。
「俺は、辛島ジュート、しがない平騎士さ、ちょいと、繋がりがあってね、かの「電光」アドルパス様からの伝言があるんだよ」
へらへらと、浮ついた笑みを顔に貼り付ける。先日、ビュレッフェとは、至近で対面していたはずなのだが、現状、御用猫に気付いた様子は無い。あの時は、酒が入っていたとはいえ、野良猫からすれば、なんとも無用心なものだ、と感じるのだ。
(やはり腕は確かそうだが……まぁ、大した事は無いな)
御用猫は、素面のビュレッフェを前にして、その危険度を下方修正した。
「アドルパス様だと? 私にか……テンプル騎士団への誘いなら、自ら足を運ぶべきだろう、そう伝えておけ」
鼻を鳴らして、満更でも無さそうに返す。少々的外れな返事であったが、ビュレッフェの立場ならば、そういった話があっても、不思議ではあるまい。
しかしこれは好都合だ、少し怒らせる必要があったのだが、此方から無理に噛み付くのは不自然かと、迷っていたのだ。御用猫は内心、ほくそ笑みつつも、真顔に戻る。
「図に乗るんじゃねーぞ、三下が、栄光のテンプル騎士団に、貴様ごとき遊冶郎が選ばれると思うのか? 」
寸刻前まで、少し機嫌を良くしていたビュレッフェの顔が、瞬く間に青褪める。怒りで血の引く部類だろうか。
しかし、立ち上がる気配を見せる前に、マリリンに胸を撫でられ、力を抜く。相変わらず大した猛獣使いだ。
「これは忠告だ、いや、警告か、いつまでも、そこな遊女に入れ込むようならば、マリンルイゼ嬢との婚約は破談となる、其処許の将来にも関わろう、返事は今だ、今直ぐ店を出て、本当に愛すべき女性に詫びを入れに行け」
嘘は言っていない、サクラ達の調べでは、そういった話も出始めているのだ。まぁ、当然と言えばそうであろう。
アドルパスにも、名前を貸して欲しいと伝えていた。フィオーレが言うには、楽しそうに、一枚噛ませろと迫る大英雄を、宥めるのに苦労したそうだ。
田ノ上老もそうだが、どうにも、困った老人達だ、そろそろ楽隠居しても良い年頃なのだが。
その様に、御用猫が余所事を考える間にも、ビュレッフェは苦悩に顔を歪めている。マリリンは、少し、彼から身体を離していた。
自分は、身を引いても良い、との意思表示であろうか。
それは、ビュレッフェにも伝わっていたのだろう、彼は大きく無骨な拳を握り締めると、マリリンに笑顔をむけた。
「……知ったことか、端から望まぬ縁談だ」
「ビュレッフェさま……」
そうか、と、御用猫は短く返答する。馬鹿な男だ、娼婦の睦言寝物語を真に受けて、人生を棒に振るつもりなのか。
いや、剣士ならば、棒振り上等か。どちらにせよ、野良猫には理解の出来ぬ生き方なのだ。
「ケイン! ウォルレェン! 」
立ち上がって御用猫が叫けぶと、奥の席から、三人の男が現れた。
「ビュレッフェ、その腐った性根を叩き直してやろう、感謝しろよ……この男にな」
スイレンと御用猫は席を外す、代わりにやって来たのが、クロンだ。
「赤虎炎帝騎士が、クロン ルールドターク、我が名をもって、ビュレッフェ ハイツンに決闘を申し込む! 」
つるりと飛び出した額、尖った顎、落ち窪んだ目、とても迫力がある、とは言い難いクロンの容姿だが。
その目に宿る迷いなき決意の炎が、ビュレッフェの心を、揺らめかせたのだ。