外剣 飛水鳥 8
トベラルロ キットサイは、思いのほか若い男だった。
いや、たしかに山道には、六人が雁首揃えて並んでいるのだが、御用猫にもリリィアドーネにも、それ、が誰であるかは一目で判別がついたのだ。長身痩躯に黒い総髪、紅い着長に黒い袴、ぱりっ、と、音がしそうな程に糊で固め、長く骨を張った白い裃、衣装の総てに過剰なまでの金の刺繍を入れ、そして両の腰には巨大な刀剣を下げている。
およそ異様な刀であった、柄の部分は通常のものであったが、鞘が異常に太く無骨な造りをしている、長さは然程でもないのだが、とにかく太い、刀身は見えないのだが、鞘の大きさから逆算するに、刃渡りが三尺はある包丁を二本、腰からぶら下げているとでもいえば、しっくりとくるだろうか。
トベラルロは、にやにやと薄ら寒い笑いを顔に貼り付け、妙に甲高い声で呼びかけてきた。
「一応、確認しておこうかぁ、打ち損じも二度目は沽券に関わるからなぁ」
御用猫は、可愛いと好評だったロバの安全のために、余裕をもたせた距離で荷車を停め、リリィアドーネと二人、ゆっくりと歩を詰める。
「トベラルロ キットサイ! 我が名はリリィアドーネ……」
「あぁー、そういうのは遠慮してー」
見た目の割には乗りの軽い男なのだろう、トベラルロは腰を引いて両の手を突き出すと、嫌々と振ってみせた。
「話はぁー、なんとなく分かってるし、待ちくたびれた、面倒だからさっさと殺しあおうぜー」
会話しながらも歩みは止めず、互いの距離は、現在十五メートルほど。
「そりゃ、賛成だ」
言うが早いが御用猫は走り出す、あまりに突然の事に、まだ誰も反応は出来ていない、彼は山道の右端ぎりぎりを駆抜けて後ろを取るつもりだ、ただ、トベラルロの後ろに控えていた、恐らくは裏口屋に所属するのだろう男達、そのうち目端が利くのか二人程が、申し合わせたかのように前に出ると、息を合わせて襲い掛かってくる。
トベラルロは動かない、リリィアドーネを相手と決めたようだ。
余り手入れされていなさそうな欠けた長剣を振りかぶる二人の、敢えてその狭い隙間に御用猫は滑り込む、目前で急加速し間合いを乱したのだ。
潰した間合いの内側にて、野良猫は第二の牙である無銘の脇差を抜き放ち、すれ違いざまに左の男の脇の下を一閃、そのまま回転し、右の男の後頭部を刎ねる。一回転して走り抜け、そのまま背後を取ると、御用猫は脇差の血を払ってから井上真改二を抜き直し、一度だけ大きく息を吸う。
そして未だ戸惑いの抜けぬ男達に向かい、再び走り始めるのだ。
トベラルロは動かない、リリィアドーネは細剣を構え、得意の突きの体勢をみせている。
残った三人の内、最初に打ち掛かってきた男の剣を、片膝だけ大きく曲げた奇妙な動きでで躱し、同時に払った刀で膝の皿を断ち割る。御用猫が父から仕込まれた、カディバ一刀流の「膝断ち」という技であるのだが、この技の肝は相手の膝では無く自分の膝にある、走りながら片膝を大きく曲げてしゃがむ事で前に伸ばした足を支えに倒れるのを防ぎ、そして再び立ち上がる際には大きく一歩踏み出せるのだ、あまり使う機会の無い技だったが、どうやら身体は忘れていないようであった。
御用猫は残る二人のうち、一人を正面から斬り伏せ、最後の男は脇差を喉に投げて仕留めた。
「ハァッ」
彼が脇差を腰に戻すと、トベラルロは耳触りな高い声をあげる、しかしこれは驚いたのでは無く、どうやら笑ったものであるようだ。
「やるねぇ、流石に噂の御用猫だ、こっちが片付いたら、是非お相手願いたいねぇ」
視線はリリィアドーネに合わせたままにトベラルロが軽口を叩く、随分と余裕があるようだ、もしも彼女を甘く見ているのなら有り難いのだが、と、御用猫は、再び持ち上がる不安を押さえ付け、二人の成り行きを見守る事にした。
既にリリィアドーネの突きの間合いに入っているはずだ、彼女は確実に仕留める為に、身体を縮め力を溜めている、御用猫自身も体験していたのだが、あの突きの速さは尋常では無い、正面からでは防ぎようが無いはずだった。
トベラルロは腕を交差させたまま両の刀柄に手を添え、抜き打ちの構えを見せている、しかし、やや腰を下ろした体勢は理解できるのだが、なぜか身体は正面を向いているのだ、いかに二刀の抜刀術とはいえ、常識では考えられぬ構えといえるだろう。
(あれでは腰が入らぬ、彼女が、勝つ)
ごくり、と御用猫が唾を飲み込む瞬間、電光石火の早業がトベラルロを襲った。
一瞬の内に二人はすれ違い。
二、三歩たたらを踏むと。
どう、と。
リリィアドーネは倒れた。