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御用猫  作者: 露瀬
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恋模様 13

 田ノ上道場には、毎日、日の出より早くからクロンが現れる、リチャードと二人、棒振りから鍛錬を始めるのだ。


 クロンは、今日も既に三時間以上、素振りを続けていた。


 リチャード少年と違うのは、相手を倒す事に重点を置いた指導であり、田ノ上老は、基本の太刀を何度も何度も、掌が磨り減り、無くなるのではないかと思うほどに繰り返させる。


 クロンは涙と鼻水を垂れ流し、口から泡を吹きながらも、その苛烈な修行に耐えていた。既に一週間が経過していたが、棒振りと型稽古の他は、何もさせて貰えていない。


「意外に、すじ、は悪くないんじゃがのぅ」


「元々騎士だからな、スキットとは違うだろ……それで、何が問題なのさ」


 道場の縁側から、屋外稽古場のクロンを眺めつつ、御用猫は田ノ上老に尋ねる。横には冷たい麦茶と団子の皿が用意されていたが、これは、御用猫の膝の上でくつろぐ、黒雀の為のものだ。


 サクラとチャムパグンは、ビュレッフェについて調査すると、出かけて行った。小煩い二人が消えたと思えば、この悪魔が現れたのだ。


「あ奴は、根本的に向いておらんな、他人を傷付ける事に迷いがある、恐れか……まぁ、つまり、至極真っ当な人間という事よ」


「どうするのさ、見た感じ、一年鍛えても、ビュレッフェには、勝てそうに無いが」


 一年も鍛えれば、もの、になると思っていたのだが、先日見たビュレッフェは、一目で分かる程の、クロンどころか、御用猫でも勝ち目の薄い遣い手だったのだ。あの時、酒場で乱闘にでもなっていれば、御用猫は敢え無く伸されていただろう。


「まぁ見ておれ、死ぬまで追い込んで、先ずは良心を壊す、殺す気で打ち込めるならば、勝ち目も見えようぞ」


 そうなれば、来週にでも決闘を申し込むか、と田ノ上老は楽しそうだった。最初は難色を示していたのだが、クロンが女の為に決闘をすると聞き、決して途中で投げ出さぬという条件付きで受け入れたのだ。


 しかし、なんとも恐ろしい教育方針なのである、本人の希望なのだから、仕方ないであろうか。


 稽古場に目を戻すと、力尽き、ついに膝を付いたクロンに、二人掛かりで、罵声と暴力を浴びせるウォルレンとケイン。


 竹刀を叩きつけては、お前の為だ、とか、心を鬼にして、だとか言っていたが、顔が笑っているので説得力は無い。


「黒雀よ、ちょっとあの二人を刺して来い……死なない程度に痛い毒って、あるか? 」


「ある」


 ぬるり、と影から影にと移動した彼女は、死角からウォルレンとケインの尻に毒針を刺し込む。


 突然の激痛に、悲鳴をあげて転がる二人を見ながら、田ノ上老が、見事、見事と手を叩いた。


「……志能便は何人も斬った事があるが、みな油断のならぬ相手じゃった、猫よ、決して、心許すでないぞ? 」


「野良猫は、そう簡単に懐かないよ、知ってるだろう? 」


 そうであったな、と、田ノ上老は目を細めた。


 戻ってきた黒雀は、くるり、と回転して、スカートの裾を広げる。これは、御用猫に見せたのだろうか。


 今日の黒雀は、袖の無い、白のワンピース姿だ、見慣れた格好である。


 この姿が気に入ったのだろうか、黒雀は、見かける度に、似たような服を着ている。全身の梵字はそのままにしていたが、田ノ上道場にそんな事を気にする者は居ない。いや、練習生は物珍しそうに見ていたが、そんな余裕は直ぐに無くなるのだ。田ノ上道場の稽古は、それ程に過酷である。


 黒雀は、胡座をかいた御用猫の膝に、すっぽりと収まると、何をするでもなく、じっと、そこに居るのだ。


 今までは、目に付かぬ所で、そうしていたのだろう、彼女達は、何もしない事に、苦痛を感じないように、そう教育されている。


 空に、夏の入道雲が、もくもく、と背を伸ばしていた。


 御用猫はそれを見上げ。


「出来るなら、クロンには負けて欲しいんだがなぁ」


「ふむ、それは、余計な口差しであろ」


 そうだなぁ、と御用猫は黒雀の頭を撫でた。


 ビュレッフェは短気な男だった、同じ炎帝騎士からの決闘ならば、必ず受けるだろう。


 しかし、まず、クロンの勝てる可能性は無い。彼には悪いが、負けてすっぱり諦めて貰うのだ。そして誰か良い女を紹介してやろう。


 そこまで考えて、御用猫の思考がとまる。


「……良い女、居ないな」


 そこに、思い至ったのだ。


「わたし」


 思わず声に出してしまった御用猫の呟きに、黒雀が反応する。


「黒雀は、大きくなったら、良い女になるよ」


 彼女の頭を、かいぐりかいぐり、しながらも


(こいつが、一番無いな)


 御用猫は思ったのだ。



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