恋模様 12
「ひょっとすると、私には才能があるのかも知れません」
箸を止めたサクラは、真面目な顔で言い放った。
(多分、無いと思うが)
「話してみろよ、何か良い報せでもあるのか? 」
田ノ上道場の夕飯は、近所の農家から交代で、飯炊き女房がやって来ていたのだが、最近ではサクラや、その手伝いで料理を覚えたリチャードが担当する事が多い。
今日の献立は、リチャードが作ったサバの塩焼きに、キュウリを薄切りにして入れた、冷ました味噌汁、香の物が少々に野菜の煮付け。
台所に立つリチャードの料理を味見した御用猫が、思わず、良い嫁になれるぞ、と口走るほどの出来だった。
「ありがとうございます、どうやら、僕には向いているようです」
楽しいので、と、リチャード少年は照れ臭そうに笑う。
およそ、リリィアドーネが見れば、卒倒しそうな光景であった。
「聞いていますか、ゴヨウさん」
ぬう、と目の前に現れたサクラの顔に、御用猫の心臓が跳ねる。どうやら、また余計な考えに浸っていたようだ。
全く、と鼻を鳴らすと、再びサクラは自慢気に、自ら集めたという情報を披露するのだ。
マリリンには馴染みの客が何人も居るのだが、取り合いにならぬよう、彼女自身が予定表を作成しているという。完全に自由な日の方が少なく、先日、御用猫が指名できたのは運が良かった、という事なのだろう。
その中でも、特に熱心に通い詰めるのが、クロンと、ビュレッフェ。
「赤虎炎帝騎士団の「六帝」と言えば、テンプル騎士にも引けを取らない強者だと聞きますが、そのような方が、遊郭に入り浸るものでしょうか? 」
リチャードが首を傾げる。南町を守護する炎帝騎士団だけでなく、各騎士団は、その面子を守る為に、テンプル騎士にも匹敵する強者を、数名囲っている。
青ドラゴン騎士団の「四機竜」などが特に有名であろうか。
「雷帝」ビュレッフェ ハイツンは、貧乏男爵家の三男であったのだが、先代「雷帝」に腕を認められ、彼から称号を受け継いだ、正に、その剣の腕のみで、のし上がった男なのだ。この冬にも子爵家の娘を娶り、叙勲もされる予定であった。
ますます、娼婦などにうつつを抜かす場合ではないだろう。
「良い女はの、それ程に男を狂わせる、という事よ……ちと、興味があるのう」
未だ現役の田ノ上老が、目を輝かせて御用猫の方を見たのだが、サクラに睨まれると小さくなった。
(石火も、すっかり湿って火付きが悪くなったな)
にやにやと笑いながら、御用猫は、丁寧に骨を取り除いたサバの身と、味噌汁を茶碗に残る白飯に掛け、箸で混ぜ合わせる。彼の好物である冷汁だ。
「先生ー、御用猫の先生ぇー、まだですか、途中で待つのは辛いです、せつないです、ぐぇー」
畳の上でだらしなく伸びるチャムパグン、食事の半ばで御用猫が冷汁を作り始めたので、お預けをくらっていたのだ。
くぅんくぅん、と先ほどから哀しげな鳴き声を発していた、それならば自分で食えば良いのに、と思いつつ、御用猫は木匙で冷汁を掬って見せる。
すぱっ、と跳ね起きたチャムパグンが目の前で正座し、大きく口を開けて待ち構える。その前を素通りすると、手を戻し、御用猫は、ぱくりと木匙を咥えた。
冷たい味噌汁に焼いたサバの脂が染み出し、香ばしさと旨味が増している。旬のサバはそれだけでも美味いが、御用猫は、夏になるとこの冷汁を。
(これはたまらない、やはり、一度は、これを食わねばな)
台所でサバをおろすリチャードを見た時から、ずっと考えていたのだ。想像通りの味に、御用猫は大満足であった。
「……あ」
御用猫の口に吸い込まれた木匙を見つめ、魂の抜けたような顔を見せたチャムパグンの目に、じわり、と涙が滲んだ。
「あ、あぁ……っく、ひっく、えぐっ、えぐっ」
「あ、ちょっと止めて、反応が想像と違ってた、刺さるから止めて」
サクラにどやされながら、チャムパグンが満足して眠るまで、謝り宥めながら給餌した御用猫であったが。
よく考えてみれば、自分はそこまで、悪い事はしていない、と、寝る前に気が付いた。