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御用猫  作者: 露瀬
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恋模様 11

 御用猫は、機嫌が良かった。


 クロスルージュの二階、小さな箱席で、左右に女性を侍らせ、両手に花といった様子である。


 テーブルに並べられた料理も酒も、上等な物であったのだが、半分ほどしか手を付けられていない。


 それは、女性にしてもそうだったのだ。御用猫は右側の女性に掛かりきりで、左に座るスイレンは、何処となく不機嫌そうである。


(成る程、これは、くせになるやも知れぬ)


 持ち上げたままに放置していたジョッキの事を、ようやくに思い出して、口を付けながら、御用猫は目の前の女性に視線を送る。


 マリリンは、然程、美しい女という訳では無い。黒に近い茶の髪は、少しきつい癖があり、肩の辺りで跳ね回っていたし、下膨れの丸顔に、細い目と団子の様な鼻を載せている。


 だが、何とも愛嬌のある笑顔と、此方に合わせ、または自分から話題を提し、すんなりと盛り上げる会話術、そして、客が不快にならず、むしろ心地良い興奮を覚える程度の間合いの取り方、身体の触り方。


 最初は、何故このような女にクロンは夢中なのかと不思議に思いもしたのだが、成る程、と御用猫は納得する。


 マリリンは、クロスルージュでも上位の人気嬢だが、夜の相手をさせずに、会話だけ楽しむ客も多いそうだ。しかし、おそらく、床での技術にも、堪らぬものがあるに違いないだろう。


 御用猫は、ふと、スイレンの方を振り返る。


 捨てられた子犬の様な顔をしていた彼女だが、客の視線が戻ってくると、即座に笑顔を作り出した。この辺りは、見事なものだ。


 しかし、美しい外見の割に、スイレンは馴染み客が少ないと聞いていたが、こうしてマリリンと並んでいると、原因は夜の激しさだけでは無いだろう、と気付く。御用猫はさして気にならなかったのだが、やはり、接客というものにも、才能の違いはあるのだ。


「あ、なによ先生、無理に呼んでおいて、浮気するつもり? スイレンにはいつでも会えるでしょ」


 ぐにぐに、と御用猫の太ももを揉みしだき、マリリンが抗議する。あくまで馴染みはスイレンであり、自分を呼ぶのは今日だけの特別だと、言葉の裏に匂わせている。この辺りも上手い遣り方だが、彼女は別に計算して言っているのではないだろう。


 馴染みを変えるつもりは無かったが、今度ケインに付けてみようか、と御用猫が考えていた時、乱暴に階段を登ってくる音と、それを制止する声が聞こえてきた。


「マリリン! ここにいたか」


 支配人と警備の私兵を振り切り、恐らく騎士であろう、身形と体格の良い男が、御用猫の前に現れた。


 三十路前後のその男は、茶色の髪を短く切り揃え、彫りの深い顔から突き出る様に高い鼻。骨太で筋肉質な身体は、ケインを更に一回り、太くした様だ。


「マリリンは俺の女だ、連れて行くぞ」


 その偉丈夫は、御用猫を睨みつけると、威丈高に宣言するのだ。


「自分の女に、夜の商売させてんのか? 」


 少し、いやらしい笑いだったろうか、御用猫は、この高圧的な態度に反感を持ったのだ。いくら酔っている、といえど、通すべき筋も分からぬような輩に、気を遣う事はない、と、彼は考える。


「お前、俺が誰だか分かって、ものを言っているのか? 」


 男の腕が左の腰をまさぐった、短気な男である、店に武器を預けていなかったならば、ここで抜いていたのだろう。


「あぁビュレッフェ様、やめて、やめて、ごめんなさい、だって今日いらしてくれるなんて、聞いていなかったんだもの」


 マリリンは立ち上がって、ビュレッフェと呼ばれた騎士に抱き付くと、撫でさすり絡みつくように言葉を交わし、自然と彼の怒りを誘導、霧散させると、何も言わずに二人で立ち去った。男の方も、御用猫など意識の外に出てしまったのだろう。


(まるで、猛獣使いだな)


 その、あまりに見事な手際を目にして、御用猫も、すっかりと怒りを忘れてしまった。


 支配人が、土下座を始めようとしたのを制する。馬鹿な貴族の仕出かした事だ、彼に責任など無いだろう。いや、酔客を上手く制止出来なかったのは、悪いといえば悪いだろうか。


「そうだな、割り増し料金の話は無しだ、それで手を打とう」


 にやりと笑う御用猫は、支配人の肩を軽く叩いて、怒りは無いと表現する。ぺこぺこと頭を下げ続ける彼に、逆に申し訳なさすら覚えてきた。


 少し早めだが部屋に戻る事とし、御用猫はスイレンと連れ立って歩く。彼の腕を取る彼女は、どこか機嫌が良さそうであった。


「なに? 何か良い事でもあったのか? 」


 特に、そのような要素は無いはずだが、と疑問に思い、問いかける。


「え? いえ、別に何でも無いですよ、はい、何でもありません」



 人は、間違いを繰り返す。



 愚かな御用猫が、それに気付いたのは、部屋に入り、笑顔のままで、スイレンが後ろ手に閉めた扉の、施錠音が低く響いた時であったのだ。



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