恋模様 10
いのやで昼食をとった御用猫は、ひとりクロスルージュへと向かう。折角なので、マリリンとかいう魔性の女の顔を、拝んでやるつもりなのだ。
結局、サクラには、アカネという、付き合いの長い情報屋を付けた。
最初にやってきたのは黒雀であったのだが、まぁ、これは無いだろう。彼女に聞き込みなど出来るはずもない、拷問して聴きだすならば可能やも知れぬが。そもそも、他人に伝えるだの、教えるだの、そういった概念が、彼女の中に、存在しているのかどうかさえ疑わしいのだ。
御用猫は、黒雀の機嫌を損ねないように、餌を与えてお引き取り願った。
黒雀と、何故かマキヤにも、じゃれつかれながら給餌していると、サクラに説教をされた。
(相変わらず馬鹿な娘だ、ここで黒雀のご機嫌を取っておかねば、命に関わるとなぜ気付かない)
もう少し、お前は危機感を持て、と、御用猫が逆に説教をすると、それから一時間ほど、御用猫が根を上げるまで、言い合いが続いたが。
階段の上からは、その間ずっと、カンナの恨みがましい視線が、御用猫に向けられ続けていたのだった。
「これは、御用猫の先生、本日はお早いお越し、ありがとうございます」
クロスルージュに着くと、揉み手の支配人が燕尾服で出迎える。まだ、店は準備中であったが、嫌な顔一つする事は無かった。流石の気遣いだと言わざるを得ない。
「すまんな、迷惑をかけるが、一部屋借りられるか? 請求は割り増しで構わんからな」
滅相もない、と支配人は答え、女中に声をかけると、御用猫を案内させた。
いつもの、飾り気のない部屋には、風が通され、シーツも取り替えてある。御用猫はソファに腰掛けると、女中の運んできた水差しから、レモンの浮いた水を注ぎ、一息に呷った。少し冷たさの残る水は、香り良く喉を通り抜ける。
御用猫が、ふぅ、とため息を零すと、ぱたぱたと、廊下を駆ける音が聞こえてきた。
扉を開けたのはスイレンだ、額に髪を貼り付け、ふうふう、と息を吐く。
「ごめんなさい、起きてはいたのですけど、まだお化粧もしてなくて」
「いや、こっちが悪いんだ、気にしないでくれ、急がなくて良いとは言っておいたんだが」
スイレンは、息を整えてから、すとん、と御用猫の横に収まった。
「今日はどうされたんですか? こんな時間に」
「どうという事は無いんだ、急に、お前の顔が見たくなっただけ……」
いつもの調子で、軽薄な言葉を吐いた御用猫は、途中で、はた、と気付く。この女に、迂闊な台詞は問題があるやも知れぬと思い出す。
遅かった。まるで遅かったのだ。
先ほど、サクラの事を、馬鹿だ馬鹿だと罵ったのだが、人の事を言えた義理では無いだろう。
(ぬかった、何度めだ)
御用猫をソファに押し倒して、口に吸い付いてくるスイレンは、すっかりと野生を取り戻していた。
人に戻すのには、時間と手間がかかりそうだった。
「マリリンに、ですか? 」
ぐったりとベッドに寝そべる御用猫の上で、スイレンが首を傾げる。まだ余力がありそうだ、恐ろしい事に。
「ああ、ちょいと話を聞いてみたくてな、夕飯時に、さり気なくテーブルに呼べるか? 」
「それは構いませんけど……」
「金なら、今日の分くらいは心配ないぞ、それとも先約があったか? 」
「いえ、そうではなくてですね」
スイレンは、何やら、もごもごと口籠るのだが、顔を上げると、申し訳なさそうに告げてきた。
「三人で、というのは初めてですが……それは構いません、構いませんが、その場合は、普段と同じ程に、先生は、その、できるのでしょうか? 」
自分の取り分が減るのは、嫌だと。
御用猫は、ようやく気付いた、最初の対応が良く、気が利くので贔屓にしていたが、こ奴は、駄目な女だ。みつばちやサクラと同じ匂いがする。
一戦の激しさはともかく、がっついてくる分だけ、カンナより性質が悪いかも知れない。
新しい馴染みを作るべきか、確か、アンナちゃんとかいう、ケインが以前、贔屓にしていた女が居たか。
そう考える御用猫の横で、スイレンは、何回ですか、私には何回ですか、と、しつこく肩を揺すっていた。