恋模様 7
「んで、結局、何しに来たんだ? 」
御用猫は何度目か分からぬこの質問を口にした。
テーブルの上は、すっかりと片付き、御用猫の酒器と、僅かな肴、あとは餅のように伸びるチャムパグンが載るばかりである。
猪口の中の小さな泉を揺らしながら、尋ねた御用猫であったが、目の前の少女は、何やら口籠る。
普段なら、思い付いたと同時に言葉にする程の直管少女サクラにしては、非常に珍しく、貴重な光景であろう。
「……別に、偶々、近くを通ったので、訪ねてみただけです」
いけませんか、と、怒ったように、唇を突き出す。
「いけなくはないさ、でも、サクラがやって来るのは珍しいからな、またぞろ面倒事を運んできたのかと思うだろう? 」
「ゴヨウさんは怠け者ですからね、面倒ごとに苛まれる位が、丁度良いと思いますよ」
にっこりと笑うサクラは、花のように可憐で愛らしい。
(今度、餌付けしてみよう)
などと、御用猫が、不埒な事を考えていると。
「そう言えば、ウォルレンとケイン、あれをどうにかして下さい、ゴヨウさんの友人なのでしょう? 稽古には来ますが、やる気が全くもって感じられません、最近はリチャードに指導とか言って、ちょっかいをかけて、稽古から逃げようとの魂胆が透けて見えているのに、まったく、なまじ腕が良いものだから、実践的だとか喜んでリチャードもつるんでますけども、あの二人の不良に影響を受けて、リチャードまで、く、廓遊びなど覚えてしまったら、どうしてくれるのですか! 」
「サクラが、その身体でリチャードを虜にすればいいと思うよ」
「なぁっ!? 」
あまり店内で喚かれるのも迷惑だろうかと、御用猫は今更ながらに思ったが、昼を廻って客は少なく、マルティエ達も、一区切りの付いたところで、片付けに追われているようだ。
鳴り止まぬ啄木鳥の太鼓打を、御用猫は手で遮る。
不服そうな顔は見せるのだが、こうすると彼女は止まる、リリィアドーネもそうだが、基本的に彼女らは素直で、真面目で、扱いやすいのだ。
「面倒事で思い出したんだがな、ちょいと意見を聞かせてくれ、大人の、女性の意見が聞きたいんだ」
「何ですか、仕方ありません、ゴヨウさんには、一応、お世話になっていますし、何でも聞いて下さい」
大人ですから、大人の女ですから、と、薄い胸を突き出すように逸らし、上機嫌でサクラは答える。
(サクラは、十三だったか……リリィよりは、将来性がある、のか? )
機嫌が良い為か、御用猫の失礼な視線にも、彼女は気付かない。
いや、元々、サクラは、みつばちなどとは違い、そういった寸法には頓着していない女であったか。
まぁ、それは今、関係の無い事であろう
御用猫は、本来ならば、いのや、で聞くはずの質問をサクラに投げてみる。ふと、せめてマルティエに聞くべきだったか、とも思ったのだが、クロンを田ノ上道場に通わせる件もある、サクラを関与させれば、田ノ上老の説得も早かろう。
最近、田ノ上老はサクラに甘い。
勿論、稽古の手を緩める、などということは無いのだが、何というか。
(視線がな、なんか、孫を見る感じだよな)
悪い事では無いのだろうが、何となく、腑に落ちないのだ。
御用猫は一匹猫である。
その思いの出処が、嫉妬であると、妹が生まれた兄が感じるような、幼稚な嫉妬であると。
未だ、気付いてはいないのだ。