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御用猫  作者: 露瀬
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外剣 飛水鳥 7

 がたごとと、御用猫は荷馬車のような物に揺られていた。粗末な造りの荷車は、騎士の足としては似つかわしく無いであろうが、罠があると知ってなお高級な馬車を用立てする程の余裕など、御用猫には無い、いや、金銭面に問題はないのだが、彼は嗜好娯楽以外のために無駄金を使うことを好まない。


「なぁ、猫よ」


「なに? 」


「先程から思っていたのだが、こいつは馬車ではなく、ロバ車ではないか? 」


 そうだねと、御用猫は御者台の横に座るリリィアドーネに、やる気無く答える。


「結構、可愛いな! 」


「リリィは若干、可愛いの基準がおかしいよな」


 あれほどに馴れ馴れしいと嫌嫌っていたリリィ呼びに対しても反応は無い、どうにも彼女は興奮気味だろうか。約束の日を迎え、御用猫達はリリィアドーネの家族が襲われたという街道を、同じ時間に同じ場所を通るよう調整して移動していた。


 クロスロードの衛星都市であるオランは、海沿いに南西へ下る先の漁師町である、そこにはリリィアドーネの祖父が晩年を過ごした別荘があるらしく、毎年家族で墓参りを兼ねてオランへ小旅行をしていたそうだ。海沿いの道はクロスロードへの商隊や旅行者も多いのだが、現在使用している山越えの街道は、勾配もきつく利用者は少ない、目立つことを嫌い、グラムハスル家の一行は毎年この山道を利用していたのだった。


「猫よ、これは確認なのだが」


 一度、深呼吸するとリリィアドーネは御用猫に顔を向ける。


「トベラルロとは一対一で勝負をしたい、手出しは無用で頼む」


「ああ」


 御用猫は小さく頷く。


「そして、もしも私が敗れる事があったならば、猫は自分の身の安全だけを考えて欲しいのだ、決して、私を助けようなどと思わないで欲しい」


 いや、これは少し自惚れが過ぎるか、と、リリィアドーネは今日初めての笑顔を見せた。


 可憐な笑みだと、素直に見惚れた。


 実のところ、もう既に御用猫は、彼女を死なせたくはないと思ってしまっていた、ここまで首を突っ込んだのだ、今更後に引くことは出来ぬだろう。とはいえリリィアドーネの剣力は、卑しい野良猫などはるかに超えるものがある、正直、彼女が負ける姿も御用猫には想像出来ないのだが。


「トベラルロは二刀遣いだそうだが、見た事はないし、想像はつかんな……失礼だけど、リリィの親父さんはどの程度の腕前だったんだ? 」


「父は、私などより遥かに優れた方だった」


 リリィアドーネは、少し表情を曇らせたが。


「だが、突き込みの速さなら、遅れはとらぬ自信がある」


 ぐい、と拳を固め眉根を寄せると、彼女はそれから、ふと、また柔らかく笑った。


「心配をかけてしまったか? ……ふふ、大丈夫、私とて死にゆくつもりは無いのだ」


 当然な、と、リリィアドーネは、やや、いや、あるかどうかの判別もつかぬ小振りな胸を張り、朗らかにも思える声をあげた。


「さぁ行かん、神の加護は、正道の先にこそ与えられるのだ! 」


 これは、いささか逸り過ぎではないだろうかと、御用猫は不安を覚えるのだ。よくよく考えてみれば、まだ若い彼女に実戦の、しかも殺し合いの経験が果たしてあるかどうか、およそ知れたものではないのだから、しかし怒りに任せてとはいえ、御用猫の喉を突いてきた事もあったのだ、そのあたりの覚悟に間違いは無いと思いたいのだが。


(いかん、いかんな)


 嫌な予感程よく当たる。


 先日、自身の野生に不安を感じたばかりであったが、こういった時の御用猫は、勘働きがすこぶる良いのである。ここは田ノ上老に頭を下げてでも、応援を連れてくるべきであったかと、御用猫は己の浅慮を恥じるのだ。


 基本的に単独行動の一匹猫、自分独りであれば、いざとなっても、どうとでもなるとの考え方が染みついており、リリィアドーネを守るという意識が薄かったのでは無いだろうか、それとも、このように漠然とした不安が押し寄せてくるのは、未だに慣れぬ戦い前の緊張からかと彼は顔を顰め、不安を払うように頭を振った。戦い慣れした自分ですらこうなのだ、今から敵討ちに臨む少女の心情は推して知るべしであろう。


 こうなれば、ひとまずはリリィアドーネの心を静めてやるべきかと、御用猫は彼女に声をかけようとし、そしてそれを見つけたのだ、大胆にも、山道の真ん中を塞ぐ六人の人影に。


 おそらくは、あれがそうなのだろう。


「……トベラルロ キットサイッ! 」


 リリィアドーネの叫びは、血を吐くようであった。




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