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(こいつは低位魔族と言うより、死にかけている魔族の核じゃないか……?)
核の大きさは人の親指の爪ほどで、たしかに低位魔族のものだ。けれど、低位魔族には見られないほどの強い輝きを持っていて、しかも明滅している。
雪月夜を思わせる、さきほどの静けさは幻だったのか、魔族は猛り狂った獣のように何度もクルトやシュナクに体当たりを繰り返した。
クルトは横目でシュナクの動向を確認しながら、いったん大きく後ろに引いた。
すると、魔族の意識からクルトが抜け落ちたかのように、シュナクひとりに攻撃が集中しはじめた。
クルトは眉間にしわを寄せ、射るような視線を周囲に走らせる。
「シュナク! 退け! 井戸から離れろ!」
今まさに魔族に斬りかかろうとしていたシュナクは、迫ってくる魔族に一撃を与えた直後に地を蹴り、クルトの言に従って後方に跳んだ。
獲物を逃がしたことに歯噛みし、咆哮するように闇がうねる。
「追って、こない……?」
シュナクがつぶやく。
「あいつは井戸から離れることがないと聞いたが、事実のようだな」
だが、真実ではなさそうだと、クルトは心の内でこぼした。
井戸から離れることがないにしても、獲物を目の前にしながらあからさまに動きをとめるなどということは、普通ありえない。魔族とは、己の欲望に忠実に生きる者なのだから。
「離れないというより、何か別の理由で離れられないといった感じだな。おまえ、あいつの核が見えたか?」
「ええ。間違いなく低位魔族のものでしたね」
「それだけか?」
「それだけ、とは?」
シュナクには見えなかったかと、クルトはくちびるを引き結ぶ。
「クルトさん?」
「いや、おまえはまだ一人前にはほど遠いって話さ。やつはおそらく低位魔族じゃない。今ある力はたいしたことないし、細かいことは分からないが、もとは中位以上の魔族だろう。油断するな」
「中位以上? そうは見えませんが……。ぼくには倒せないってことですか」
不服そうな顔で、シュナクがクルトを見る。
クルトは後輩を一瞥しただけで、すぐに魔族のほうに視線を戻した。
まるでクルトたちを見失ったように、魔族はその場でぐるぐると渦を巻いていた。やがて諦めたように井戸へと戻っていこうとする。
「おまえの力でもやつを始末するのは可能だろうさ。だが、おまえは実践慣れするために同行しているんだろ。自分が始末することを念頭に置いて行動するな。目的を外れて、つまらぬ結果を呼ぶもとになりかねない」
「……わかりました」
よしと頷き、クルトは魔族が井戸へと入り込む前に、ふたたび魔族との距離を縮める。
大きく踏み込み、剣を振り上げたクルトに、魔族が素早く反応する。
剣は魔族をかすりはしたが、核は外した。
怒り狂ったように、魔族がクルトに襲いかかる。
刃のように鋭い風が空を裂き、己に向かってくるのをクルトが躱した先に、魔族が待ち構えていた。それはあくまでも闇の塊に過ぎなかったが、獲物を喰らおうと、牙を剥き出しにしている獣を彷彿させた。
クルトは力をこめ、そのまま勢いよく剣を薙いだ。
低位魔族であろうと中位以上の魔族であろうと、己の目に映った魔族は確実に抹殺する。それがクルトという男だった。
これまで彼の憎悪の念を前にして生き残った魔族は皆無。