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「破魔具の製作者が死ねば、急激に劣化する場合があるからな。だから、こういうところにはふつう、二人以上が手掛けた物か、複数の破魔具をおくんだ。ここもたしかに二つの破魔具があるが、製作者が同一だな」
知識がなかったのか、大丈夫だろうと高をくくっていたのか。それとも他になにか事情があったのか。いずれにせよ、招かれた結果は最悪だ。
まだかすかに残る血のにおいに、クルトは指先から体温が消えていくのを感じた。
腹の奥底から湧き上がってくるどす黒い感情が、クルトの肺を圧迫する。
息苦しさを逃そうと、クルトはまぶたを伏せ、大きく息をついた。
目を閉じると、ふしぎと自分を抱きしめるティルファの腕のぬくもりが思い出され、呼吸が落ち着いてくる。
そのときだった。ザリッと、奇妙な音がクルトの耳についた。
「クルトさん……」
シュナクも音を耳にしたのか、硬い声を聞かせる。
「あの……、ここに棲みついたのは中位以下の魔族なんですよね?」
「おそらくな」
「だったら、ぼくに始末させてください」
尻込みするなら念術士になろうと思うなと言ったのが、おかしな方向に効いてしまったかと、クルトはシュナクの顔を見やり、眉宇をくもらせる。
ザリ、ザリリと、何かが擦れ合うような音は、だんだんと近くなってきていた。それは明らかに井戸の中から聞こえてくる。
「クルトさん、もうすぐ結婚するんでしょ? 長から聞きました。みんな言ってますよ。最近クルトさん、よく笑うようになったって。ぼくもそう思います。ぼくは早く一人前になって、クルトさんが結婚したら、ぼくがクルトさんの仕事をもらえるようにしておきたいんです。今のままではクルトさん、結婚しても奥さんと過ごす時間なんてろくにありません……よっ!」
語尾を跳ね上げ、シュナクが飛びすさったのと同時に、井戸から闇が噴き出した。
同じく後方に退いたクルトは、剣を抜き、あふれ出た闇をねめつける。
屋根を破りそうな勢いで突き上げ、拡がったそれはしかし、完全な闇ではなかった。闇のなかに無数の銀の光が瞬いていて、なぜか雪月夜のような静けさと清白さを思わせた。
「……低位……魔族?」
剣を構えながら、半信半疑といった様子でシュナクが呟く。
はっきりとした形をもたないのは、低位魔族の特徴のひとつ。目の前の魔族も、ゆらゆらと輪郭を揺らしながら宙に浮いていて、頭も胴も手足も区別がなかった。
だが、何かがおかしいと、クルトの念術士としての経験が違和感を訴える。
魔族は周囲を窺うように井戸の上でぐるりと回ったかと思うと、ふいにクルトたちに飛びかかった。
退くことはせず、クルトは構えた剣を魔族に打ちつける。
(なんだ、こいつ)
剣を使って魔族に己の力を通し、透けて見えたものに、クルトは唸った。
肉体を持たない魔族は、当然のごとく心臓も持たない。だが、その代わりに核を有している。それは魔族の心そのものであり、思いを形にして生きる魔族にとっては、核が生物でいう心臓にあたる。
つまり、心を潰すことが魔族の死につながるのだ。