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扉を開けると、とたんにさわやかなハーブと香ばしい肉の匂いがあふれてきた。
そういえばと、クルトは、かなり前から厨に塩漬け肉を放置していたことを思い出す。
そろそろひと月は経つはずで、クルトは完全にその存在を失念していたが、どうやらティルファはしっかり憶えていたらしい。
「どうしたの? ひどい顔して」
「ひどい顔?」
クルトはティルファの唐突な言葉に面食らった。
テーブルに料理を並べていたティルファは、手をとめ、まくりあげていた袖を下ろしながらクルトに歩み寄る。
「そう。元気がないわよ。約束を忘れてたこと、そんなにこっぴどく叱られたの?」
「いや……」
クルトはとっさに言葉が出てこなかった。
ティルファに指摘されるまで、自分の変化に対して何の自覚もなかったのだ。
心に浮かびかけた何かを沈めるかのように、クルトはティルファに笑いかけた。
「明後日、ハイリエ村に行くことになった。そのあと、協会本部にも寄らないといけないから、また少しの間留守にするよ」
ティルファの視線が、ほんの少し床に近づく。
「……そう。じつは私もね、しばらくこっちに来られそうにないから、あなたの食事、日持ちしそうなものを数日分持ってきたのよ。ちょうどよかったわね」
「しばらく来られそうにないって、どうしたんだ? 家で何かあったのか?」
「うん。母さんの具合がね、あまり良くないの」
ティルファの母親は、一年前に魔族に襲われて以来、よく体調を崩すようになっていた。
「薬は? 飲んでるんだろ?」
「それが……」
「ないのか」
ティルファは目を逸らした。
「馬鹿っ! 俺の食事なんかどうでもいいから、そのぶんを薬代の足しにしろよ!」
思わず声を荒らげるクルトに、ティルファも顔を上げ、まっすぐに緑の瞳を向けた。
「ちがうわ。これは私ではなく、母さんから言いだしたことよ。あなたに助けてもらったのに、きちんと代価を払えなかったから、せめて出来ることをって」
「なに言ってるんだ。恋人の母親を助けるのに、金を取るやつがどこにいるんだよ。いいよ。ハイリエ村に行く途中に街があるから、そこで薬を買って来てやる。いらないとは言わせないからな」
念術士であるクルトには、金ならいくらでもあった。
国家が承認する念術士はすべて念術士協会に所属しており、無償で働く慈善集団ではない。それ相応の報酬を受けて働くのだ。
直接魔族を打ち滅ぼす他にも、念術士は破魔具と呼ばれる、魔族を退ける道具や札をつくる。もちろん、それらも無償で配っているわけではない。
破魔具は人々の生活に不可欠なものであるために、必然的に念術士の懐はあたたかくなる。
人ならざる者に命懸けで対峙する念術士は、人々から尊敬されると共に、その生活も十分に保障されたものだった。
「あなたに薬を買わせたなんて知ったら、母さんが怒るわ」
「おまえが俺に買わせるんじゃない。俺が勝手に買ってくるんだ。まったく……そんなに壁を作られたら、どうしたらいいのか分からなくなる。俺は念術士である前に、ただの人で、ティルファの恋人なんだからな」
「ずるいのね」
「え?」




