表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
涙雨  作者: 海月流菜
4/16



 扉を開けると、とたんにさわやかなハーブと香ばしい肉の匂いがあふれてきた。

 そういえばと、クルトは、かなり前からくりやに塩漬け肉を放置していたことを思い出す。

 そろそろひと月は経つはずで、クルトは完全にその存在を失念していたが、どうやらティルファはしっかり憶えていたらしい。


「どうしたの? ひどい顔して」


「ひどい顔?」


 クルトはティルファの唐突な言葉に面食らった。

 テーブルに料理を並べていたティルファは、手をとめ、まくりあげていた袖を下ろしながらクルトに歩み寄る。


「そう。元気がないわよ。約束を忘れてたこと、そんなにこっぴどく叱られたの?」


「いや……」


 クルトはとっさに言葉が出てこなかった。

 ティルファに指摘されるまで、自分の変化に対して何の自覚もなかったのだ。

 心に浮かびかけた何かを沈めるかのように、クルトはティルファに笑いかけた。


「明後日、ハイリエ村に行くことになった。そのあと、協会本部にも寄らないといけないから、また少しの間留守にするよ」


 ティルファの視線が、ほんの少し床に近づく。


「……そう。じつは私もね、しばらくこっちに来られそうにないから、あなたの食事、日持ちしそうなものを数日分持ってきたのよ。ちょうどよかったわね」


「しばらく来られそうにないって、どうしたんだ? 家で何かあったのか?」


「うん。母さんの具合がね、あまり良くないの」


 ティルファの母親は、一年前に魔族に襲われて以来、よく体調を崩すようになっていた。


「薬は? 飲んでるんだろ?」


「それが……」


「ないのか」


 ティルファは目を逸らした。


「馬鹿っ! 俺の食事なんかどうでもいいから、そのぶんを薬代の足しにしろよ!」


 思わず声を荒らげるクルトに、ティルファも顔を上げ、まっすぐに緑の瞳を向けた。


「ちがうわ。これは私ではなく、母さんから言いだしたことよ。あなたに助けてもらったのに、きちんと代価を払えなかったから、せめて出来ることをって」


「なに言ってるんだ。恋人の母親を助けるのに、金を取るやつがどこにいるんだよ。いいよ。ハイリエ村に行く途中に街があるから、そこで薬を買って来てやる。いらないとは言わせないからな」


 念術士であるクルトには、金ならいくらでもあった。

 国家が承認する念術士はすべて念術士協会に所属しており、無償で働く慈善集団ではない。それ相応の報酬を受けて働くのだ。


 直接魔族を打ち滅ぼす他にも、念術士は破魔具と呼ばれる、魔族を退ける道具や札をつくる。もちろん、それらも無償で配っているわけではない。

 破魔具は人々の生活に不可欠なものであるために、必然的に念術士の懐はあたたかくなる。

 人ならざる者に命懸けで対峙する念術士は、人々から尊敬されると共に、その生活も十分に保障されたものだった。


「あなたに薬を買わせたなんて知ったら、母さんが怒るわ」


「おまえが俺に買わせるんじゃない。俺が勝手に買ってくるんだ。まったく……そんなに壁を作られたら、どうしたらいいのか分からなくなる。俺は念術士である前に、ただの人で、ティルファの恋人なんだからな」


「ずるいのね」


「え?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ