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その後、タニキア屈指と言われた念術士、クルト・アイナキルは、タニキアから姿を消した。
海を隔てた聖王国ルウガで、よく似た人物を見かけたと、かつてクルトに助けられたことのある貿易商人が語ることもあった。しかし、それは人違いだと、クルトを知る者は商人の話を笑いとばした。
ルウガは、魔族がほとんど現れない国。それゆえに聖王国と呼ばれ、念術士というものは存在しない。
念術士として名声をほしいままにできるクルトが、そんなところへ行くはずがないと、誰もが口をそろえて言った。
そして、いつしかクルト・アイナキルの名は、人々の記憶から忘れ去られていくのだった。
* * *
「ねえ、どうしてそんな顔をしているの?」
真っ赤な夕日を背に、顔を覗きこんでくる女性を見て、彼はくちびるの端を持ち上げた。
「なんでもないよ」
「また嘘ばっかり。忘れたの? 私はあなたが笑って生きるためにここにいるのよ」
「忘れてない。憶えているよ」
「だったら、はぐらかさずに話してみてよ。そうしたら、今は笑えなくても、いつかまた笑えるわ」
「ああ、そうだな……」
悲しげに微笑む青年の栗色の髪を、女性の手がやさしく梳く。
夕陽に照らしだされるなか、青年の頬を、透明なひとしずくが伝っていった。
それは降り積もる胸の痛みと共に、あたたかなものを青年の全身にめぐらせてゆく。
「やっと泣けたのね」
抱き寄せてくれるその人の腕のなかで、彼は声もなく、ただしずかに涙した。
過ぎ去りし時間と、過ぎ去りし者たちを思って。




