15
カイザードの見開かれた灰色の瞳が、クルトを真っ直ぐに射抜く。
「貴様、でたらめを言っているのではあるまいな」
「わざわざ魔族の怒りを買うような嘘を言ってどうする。おまえの妻とやらは、低位魔族と変わらないほど核を削りとられ、ハイリエ村に封じられていた。そして俺は、そいつを殺した。最期におまえの名を呼んでいたよ」
「それが真実ならば、我のとるべき行動はただ一つ」
自分に向かってくる魔族の男が、クルトには己自身に見えた。
哀しみの感情を持たず、怒りと憎悪に溺れた者。
魔族は冷酷で我儘な生き物と言われるが、それは抜け落ちている哀しみを他の感情で埋め合わせるせいかもしれないと、クルトは思った。
だとすれば、自分も魔族たちと同じように、己のことしか考えていない冷酷で我儘な人間だったのだろうと、今さらながらにクルトは気づく。
両親を殺した魔族のことを憎みはしても、殺された両親のことを想いはしなかった。
目を向ければ、心が押しつぶされそうで、憤怒と憎悪で埋め合わせた。
強くありたいと願ったのも、ほんとうは誰かのためなどではなく、胸を突く痛みから目を逸らしつづける己のため。
弱い己を隠すため。
けれど────。
「俺は魔族じゃない。人間だ。おまえが持てない感情、俺が引き受けてやる!」
クルトはありったけの念いを込めて剣を振り下ろした。
カイザードの左肩に入った刃は、そのまま胸にある核をつぶすべく、一気に奥深くにのめり込んだ。
骨や肉を断つ感触などはない。強いて言葉にするなら、噴き上げる水に刃を入れているようなもの。
高位魔族の場合、対峙する者の思いが弱ければ、その身にかすり傷すらつけることもできないが、勝れば、その身を斬ることは人間よりも容易。
カイザードは刃を止めようと、片手でクルトの手をつかみ、もう片方の手でクルトの喉元をつかんだ。
ドクドクと頸動脈が激しく脈打ち、頭の奥が痺れてクルトの視界が白くぼやける。
だが、クルトは自ら息を詰め、目を見開いて、渾身の力で刃をカイザードの身に沈みこませていく。
怒りに燃えるカイザードの灰色の瞳と、クルトの青い瞳が真っ向からぶつかり、間に火花が見えるかのようだった。
少しずつ沈んでいくクルトの剣は、やがてカイザードの核へと触れる。
同時に、ふっとクルトの喉首を締めつけていた力が消えた。
──リシュア……
その声は、耳に聞こえたものだったのか。脳裏に直接響いたものだったのか。
一気に肺へと流れ込んでくる酸素にむせ込みながらも、クルトは顔を上げた。
肉体を持たない魔族は、涙を持たない。
けれど、クルトはたしかに見た。
銀髪の魔族が静かにまぶたを伏せるのを。
常に安定した自己を維持し、生きるために、魔族は哀しみの感情を持たない。
けれど、クルトはたしかに最後に聞いた。
銀髪の魔族の、肺腑をえぐるような痛々しい声を……。