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涙雨  作者: 海月流菜
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「……おまえ、カイザードという言葉に、聞きおぼえはあるか」


 いったん後ろに跳び、クルトとの距離を測りなおした男は、わずかに眉根を寄せた。


「いきなり何だ」


「いいから答えろ! 聞きおぼえがあるのか、ないのか!」


「聞きおぼえがあるも何も、それは我の名だ」


 クルトは、息をするのを完全に忘れた。

 するりと、クルトの手の内から剣がすべり落ちる。

 カランカランと、妙に乾いた金属音があたりにこだました。


「まさか……」


 クルトの脳裏に、ハイリエ村で見た魔族の姿がよみがえる。

 低位魔族と変わらぬ姿と核を持っていた。それを見て、己は何と思ったろう。

 低位魔族と言うよりも、死にかけている魔族に近いと思ったのではなかったか。

 一定の距離をとるとクルトたちを追わなくなった魔族を見て、井戸から離れないのではなく、何らかの理由で離れられないのだろうと考えたのではなかったか。


 井戸に施されていた二つの劣化した破魔具。

 あれは、ほんとうに劣化した物だったのか?

 破魔具が劣化していたから、低位魔族が棲みついた。そう思っていたが、果たして本当にそうか?


 クルトのなかで急激に膨れ上がる疑問が、彼を現実から切り離し、意識を奪う。


「おまえ、なぜ我の名を知っている?」


 魔族の男──カイザードは、眉宇をくもらせ、クルトの異変を見つめていた。


「俺は──…」


 自分は何か、大きな勘違いをしていたのではないか。

 クルトは無意識に膝をつき、ティルファを探した。

 むなしく床のうえを彷徨っていた手が、求めていたものを見つけ、強く引きよせる。


「教えてくれ。誰がティルファを殺せと言った? 誰が、おまえと取引きをした?」


「取引きではない。質を取っての脅しだ。言ったろう。おまえの仲間に訊けと。その娘を殺すよう我に依頼したのは、おまえの仲間。念術士を束ねているやつらだ」


 クルトは抱きすくめたティルファの首元に顔をうずめた。


「なんで……」


 それ以上、声が出なかった。

 カイザードの言うことが事実ならば、ハイリエ村の魔族は、まさしく死にかけている高位魔族だったのだろう。そして、質にとられたというこの男の妻だったに違いない。


 カイザードに見つからぬよう、術を施し、井戸のそばから離れられないようにしていたのだ。だから、その術の外に出たクルトたちの姿を、あの魔族は捉えることができなかったのだ。

 破魔具も劣化していたのではなく、あそこに封じられたカイザードの妻が抵抗して破壊したのだ。ティルファのブレスレッドを、カイザードが砕いたように。


 二つの破魔具が同一の製作者だったのは、自分の目を欺くためか……。


 クルトは笑いだしそうだった。

 あまりの現実に、訳が分からなくなり、何もかもがどうでもよく思えてきた。


「どうした。死ぬ覚悟ができたか?」


「覚悟など……」


 クルトはゆっくりと振り返った。

 その眼には、しずかに燃える青い炎が見えるようだった。


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