表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
涙雨  作者: 海月流菜
12/16

12

 クルトはティルファの頬に添えていた手を、おそるおそるその口もとへと滑らせる。

 とたんにクルトの全身から力が抜けた。


「ティル……」


 微弱ではあったが、たしかに手のひらにあたる、あたたかな空気の動きがあった。

 クルトは思わずティルファを抱きしめていた。

 そのとき、ふと床で光っているものが目に入った。

 それはクルトがティルファのために作ったブレスレッドの残骸だった。


「ほう。もしかしておまえはその娘の恋人か何かか?」


「だったら何だ」


 銀髪の男は鋭い目つきのまま、口もとだけでおかしそうにクスクスと笑う。


「何がおかしい?」


「まったくもって、人間の考えることは我には分からぬ。おまえ、念術士であろう? その娘が身につけていた破魔具の作り主。違うか?」


「だから、それがどうした」


「どうもしないさ。ただ、手の上で踊らされているおまえたちが滑稽だと思ったまで」


 魔族の男は腕を組み、顎を上げた。

 優美さすら感じさせるその白いおとがいに、不覚にもクルトは視線を吸い寄せられた。


 男は、間違いなく高位魔族。それも、タニキア屈指の念術士と言われるクルトが手掛けた破魔具を粉砕するほどの力の持ち主。

 その姿形は、人間と何ら変わりはなかった。ただ、切れ長の目が放つ眼光は刃のように鋭く、弧を描く薄いくちびるは異様に艶めかしかった。


「選べ。ここでその娘と死ぬか、ひとり退いて生き延びるか」


「どちらも却下だ。ティルファが死ぬなんて選択肢はない」


「それこそ却下だ。我も退けぬ」


 ハッと気づいたときには、魔族の男がクルトの目の前に迫っていた。クルトは立ち上がりざまに、素早く剣を抜く。……が、床を濡らしている血がクルトの足をとった。

 バランスを崩しながらも、それでもなんとか、クルトは振り下ろされる男の腕を剣で受けとめた。不自然な体勢のため、肘が痺れ、一瞬力が抜けそうになる。

 だが、引くわけにはいかないと、クルトは歯を食いしばって耐えた。


 室内を満たしている胸の悪くなるような血のにおいが、クルトの中の何かを強く刺激し、膨張させる。

 肺からせり上がってこようとする何かが、クルトの呼吸を圧迫した。

 浅い呼吸を繰り返すなかで、クルトは、目に映るものすべてが、赤と黒で染め抜かれる錯覚をおぼえた。


「なぜティルファを狙う!」


 渾身の力で魔族の腕を横に撥ねのけ、クルトが叫ぶ。

 魔族の男はすぐさま体勢を立て直し、クルトの心臓めがけて鋭い爪を伸ばした。


「我が妻を取り戻すためだ。その娘を殺すことが条件ゆえな!」


 男の攻撃をかわし、そのナイフのような爪を斬り捨てたクルトは、眼前の美々しい男を睨みつけた。


「馬鹿な。どうしてティルファの命が、そんな取引きの道具になるんだ」


「それはおまえの仲間に直接尋ねればよかろう」


「なんだと……?」


 一瞬、剣を握るクルトの手がゆるんだ。男がその隙を見逃すはずがなかった。

 矢のような勢いで迫ってくる男に、クルトはほとんど反射的に剣を打ち込んでいた。力を込め、男の核を探したのは、身に染みついた習慣ゆえ。


 そうして見えたものに、クルトは息を飲んだ。

 まったく同じではない。だが、それに似た輝きを持つものを、クルトはつい最近見ていた。

 ハイリエ村の井戸に棲みついた魔族の身の内で。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ