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地球にて(4)

 翌日の昼休憩は、庭で過ごした。研修生達には午後一番に厨房へ行くよう指示してある。時計をちらりと見た。十二時四十分。そろそろ行かねばならぬだろう。腰を上げたとき、樹喜はその少女を見つけた。――石楠花舞花。石楠花家の三女。彼女は家の側の植え込みから、こちらを見ている。

「舞花様」

「あ…」

 樹喜が声を掛けると、舞花は慌てて立ち上がった。

「こんな所で、どうかなさいましたか」

「うっ…ううんっ、何でもないっ」

 舞花はそう言うと慌てて長い衣類の裾を払う。ぱらぱらと細かい木の葉が落ちた。

「あ…あのっ、樹喜は…これから、何処行くの?」

「研修生が待っていますので…厨房まで参りますが」

「そっ…そうなんだ。わっ…わたしも…行って良い?」

「勿論です」

 そう答えると、舞花は頷いてその植え込みから出てくる。四姉妹で一番の、引っ込み思案。樹喜は何処か愛おしい気持ちで、三つ年下の少女を見た。長く厚い髪の隙間から、白い頬が見える。短い睫毛に低い鼻。決して長女の園美のような美の持ち主ではないが、それでも丁寧に手入れされているのが分かる。手のAGDは伝説の生き物、タツ・ノ・オトシゴを模してある。きょろんとした瞳が、こちらをじっと見ている。

 石楠花家は、四角い庭園を囲むように四辺に建物が建てられている。北方に四姉妹それぞれの住む家、東方には晃一郎の家、南方に使用人の住む棟、そして西方にはひときわ大きな建物が建つ。応接間、食堂、書庫など様々な用途の部屋が連なる。

 庭園のような道を、厨房の方角へ向かって歩く。

「舞花様は…今日は学校は?」

「あ…あの、午前…だけだったから…」

 あぁ、と樹喜は頷く。今では小学生からも完全単位制が導入され、舞花もある程度の単位は小学生の内に取ってしまっている。なので、中学生の今は半日で帰宅することも多々ある。(ちなみに樹喜も既に必須単位は全て取ってしまっている。)

「…あの、ね…樹喜」

「はい」

「樹喜も…はたちになったら…どうするか、決めるでしょ?えっと、それで…あの、あのね…あの…もう…あの、決まってるの…?」

 樹喜は笑んで、首を横に振る。使用人達の多くは、樹喜が恵琉との使い役になるべきだと考えているのであろうと思う。晃一郎も恐らくそう言うであろう。けれど樹喜の望みはそうではない。

「あの…あのね、じゃあ――」

「あら、樹喜」

 舞花の言葉に、軽やかな声が重なる。

「園美様」

「あら、舞ちゃんと一緒だったのね。ごめんね」

 そう言って笑う女性はただただ美しい。石楠花家長女の、園美である。長いさらさらとした髪に、ふわりとした白い服を着ている。そこから覗く四肢は白く細く真っ直ぐで。柔らかな声色に、にこりと笑んだ瞳。後ろから歩いてきた道臣は、樹喜に目線だけで挨拶をした。

「今帰ってきたのよ。舞ちゃんも今日は午前中だったの?」

「…うん」

 そう、と園美は笑う。

「お父様は家かしら」

「はい、恐らくご在宅かと」

 樹喜が答えると園美は笑んだ。

「じゃあちょっと行ってくるわ。――道臣、私の鞄、部屋に届けておいてくれる?」

「畏まりました」

 道臣が一礼をして園美の鞄を持ち、道を曲がる。園美はふわふわとした足取りで、晃一郎の家へと向かった。また、庭園には舞花と樹喜だけになる。

「――私達も参りましょうか」

 厨房への道を示すと、舞花は小さく頷き歩き出す。園美と触れた後の舞花はいつもそうだ。いや、園美だけではない。恵琉や絢乃、他の姉妹と接触した後、彼女は酷く落ち込む。それは彼女が他の三人に対して、劣等感を抱いているからに他ならない。例えば容姿や振る舞いや愛され方に対して、なのだと思う。俯いた彼女の目には、何が映っているのだろう。

 こういう時は、どうして良いのか。

 樹喜は心中で息を吐く。出来れば自意識過剰であって欲しいとすら思う。しかし彼女が、自分に好意を抱いていることは恐らく事実で。

 樹喜はとりとめのない話をしながら、厨房への道を行く。舞花は時々頷きながら、その横を歩く。その、頼りなげな肩を抱きたい衝動に駆られる。しかし、其れは叶わないのだ。

「――あぁ、良い匂いが。今夜は和食のようですね」

 樹喜の言葉に、舞花は僅かに笑む。あぁ、と樹喜は頬の中で呟く。目元や、唇、鎖骨が僅かに震える。自分は、確かにこの人が好きなのだと。そう、思って。



 その日の夜七時過ぎに、樹喜はまた晃一郎からの通話を受けた。恵琉を迎えに行って欲しいとのことだった。――但し一人で。内密に。

 慌てて車を出し、桂硝子へと向かう。入り口付近でぼうっと立っている恵琉が居た。

「――申し訳御座いません、お待たせして…」

「…うん」

 そう静かに頷いた恵琉は、いつもと違うように見える。黒いゆったりとしたずぼんに、白い袖無しの上着。薄く化粧膜が貼り付けられている。珍しい、と樹喜は思った。大きな鞄が地面に置かれていた。今日は泊まるのだろうか。

「――なに?」

 いえ、と樹喜は答えて空中船に彼女を乗せる。発進を命じると静かに船は走り出した。運転手といえども運転はほぼ自動化されており、形だけのようなものだ。

「舞花は元気?」

 唐突に問われ、樹喜は一瞬言葉に詰まる。

「えぇと…はい。お元気です。今日も少しお話をさせて頂いて――」

「…どうにかならないの?」

 え、と問い返すと恵琉は窓から外を見ながら、小さく呟く。

「あの子を幸せに出来るのは、あなただけよ」

 その言葉に、樹喜は下唇をかみしめる。舞花のあの横顔が、浮かんでは消える。

「そのようなことは…。…これから先、お嬢様にも幾らでも良い出会いがあるでしょうし…」

「本気で思ってるの?」

「――はい」

 樹喜のその言葉に、恵琉はそのまま沈黙をする。それから、深く深くため息をついた。

「…あの子を、幸せにしてあげてよ」

 その言葉は、やや湿っているようで。樹喜はただ、謝罪の言葉を小さく呟いた。

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