彼の名を、呼ぶ。
「――そう。月油を注入したら…急にレムズが…なんて言うんだろう。膨らんで…そして、その後すぐに爆発をしたの」
舞花の言葉に、樹喜は小さく頷く。意識を回復したときには、既に夜は更けていて。大凡十数時間、眠っていたのだと既に舞花に伝えられていた。
舞花と二人きりだった。他の面々が何処にいるのかはよく分からない。小さな火が隅で明かりと暖かさをもたらしている。
「それで…爆発したら、周りの;レムズ達は逃げていったの。今、テツくんと恵琉姉様が彼らの後を追って…そして、監視してくるって」
樹喜はもう一度頷いて、そして自らのAGDに目をやった。そこにいたはずのノコギリエイは、もうそこには居ない。レムズが爆発する直前、その生き物は樹喜を庇って、そして消滅したのだった。
「樹喜…」
舞花の涙が、ぽたりと樹喜の腕に落ちた。
「――…ご心配をおかけしてすみません…」
樹喜の言葉に舞花が首を横に振る。動いた拍子に、涙が宙に舞った。
樹喜はどうにか身体を起こす。殆ど外傷は無いが、それでも起き上がると軽いめまいを感じた。
「…大丈夫?」
舞花の問いに頷く。そして、少し笑って見せた。舞花が泣き出しそうな顔をする。――相当酷い顔だったのだろう。
飲み物を持ってくる、といって舞花が寝所を出る。樹喜はそれを見送り、そしてもう一度AGDに目を落とした。もう、あのノコギリエイを呼び出すことは出来ない。最後に彼が言った言葉は何だったか。そうだ、と樹喜は少し笑う。目だと彼は言ったのだった。
(――…ただの、機械だ)
過去にいた動物を解析して、小さな塊にした。いつか戦争が起こるときに使われる、兵器。ただそれだけで。けれども。思えば彼は、ずっと樹喜と共にいた。花鳥家に産まれて、耐えてきた日々。死にたいと厨房で包丁を握った日。水瓶の中に頭を押し込まれたとき。爪が割れたとき。思えばそれを助けてくれたのは、紛れもなく彼で。
(どうして、それを嘘だなんて思ったんだろう)
AGDが人を救うのは嘘だと思っていた。どうして死ねないんだと、何度それに怒りをぶつけたのだろう。
ごめん、と樹喜は左手首に指先を這わせる。主を失ったAGDは、酷く頼りなげで。細いただの、腕輪にしか見えない。
それは、ただの、機械の、ただの、仕組みで。けれど、それは間違いなく、樹喜を救った。産まれたときから、ずっと。ずっと。
もしも、彼が言葉を発する存在だと知っていたら。触れる事の出来る存在だと知っていたら、自分はもっと彼を慈しんで生きていけただろうか。ただの飾りだと思わず。疎ましがらず。
(自分は、莫迦だ)
相手の行為や見た目によって、左右されて。真っ直ぐに信じることすら出来なくて。
下唇を噛んで、AGDを撫でる。
そうして、ようやく口を開く。
「――…ごめん、ありがとう。…イツキ」
それは、彼の名。二度と忘れない。自分を守ってくれた、分身の名。




