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彼は語る

 樹喜は、そのまま立ち上がり、建物を出た。教会の方へと歩みを進める。肩にかけたタカギ医師の鞄は重たい。それでも最後は小走りから本走りに変わっていた。

 再び、赤い屋根の教会に辿り着く。

「絢乃様――絢乃様!」

 教会の中は、暗い。AGDの光源機能を呼び出し、中を照らす。そこは、何も変化が無いように見えた。崩れた木片。壁に残る血の跡。樹喜はざっと中を見た後、裏の畑へ向かう。そして、そこに彼女を見つけた。

「絢乃様…」

 彼女は、樹喜が医師を埋めた所に座り込んでいた。いとおしむようにその土の山を撫でる。

「樹喜…」

 ぼんやりとこちらを見た絢乃の瞳は、舞花とよく似ていた。重たいぐらいの水分を含んだ睫毛。

「――…樹喜ぃ…」

 樹喜は絢乃の側によると、彼女の横に膝をつく。

 絢乃は座って、腕をだらりと下げたまま、口を開く。

「樹喜のばか」

「…はい」

 ただ樹喜は応える。

「樹喜なんて、大っ嫌い」

「はい」

「樹喜なんて…」

 そう言って彼女は嗚咽する。そしてひとしきり泣いた後に、声を出した。

「――樹喜は、アヤの味方?」

 それはいつか言われた言葉。樹喜はじっと彼女を見つめる。それから、こくりと頷いた。

「勿論です」

「アヤのこと…嫌いにならない?」

「はい」

 でも、と絢乃は悲しげに笑う。

「でも、舞ちゃんのことが…好きなんだよね」

 樹喜は静かに頷いた。

「――はい」

 うん、と絢乃も頷いた。

「…どうして、火を?」

 樹喜が問うと、絢乃は首を傾げた。そして、それには答えずに口を開く。

「――アヤはね、この星に来ることを、知っていたの」

 ぽつりと彼女は言う。

「タカギ先生が言ってた。アヤの病気――二十世紀病が治らないのは…この、地球のせいだって。アヤが二十世紀に戻れば…きっと治るんだって言ってた」

「戻れば…」

 こくん、と絢乃は頷く。

「時間旅行なんて出来るわけ無いって、アヤは言った。でも先生は『時間旅行とは違うんだよ』って言って、笑ってたんだ。不思議だなって思いながら…それでも誰にも言っちゃいけないって言われて、黙ってた。――…まさかあんな怪物が居て…しかも時間旅行とは違うなんて、思ってなかったけど」

「…タカギ先生は、どうして」

「お父様に、この星に来るよう伝えたのは、タカギ先生だったんだって。勿論、林檎石の話は嘘だったんだと思うんだけど」

「ですが…何故晃一郎様は――」

「彼は愛する娘達を、守ろうとしたのですよ」

 不意に聞こえた声に、樹喜は背筋を伸ばす。とっさに、絢乃の座る地面の下を見る。掘り起こされた形跡も、動く気配もないそこ。そして、ゆっくりと声のした方に顔と、AGDの光源を向ける。――そこにいたのは。

「――こんばんは。夜更かししていては、背が伸びませんよ。樹喜くん」

 それは、今までのものとは違う滑らかな口調で言葉を発する。

「そして、絢乃様も」

 その言葉と共に、絢乃が崩れ落ちた。

「――絢乃様!」

「大丈夫。寝かせただけです。睡眠不足はいけませんからね」

 見れば絢乃は健やかな寝息を立てている。

「…どうやって?」

 樹喜はじっとそれを見つめた。褪せた水色の身体。無機質な顔。それは、笑い声を漏らす。酷く不気味な、その光景。

「彼女は、暗示にかかりやすい子ですから」

 くすくす、とそれは笑う。

「…君は一体何者なんだ。アオイ――いや…タカギ先生」

 ろぼっとは無表情のまま、言葉を紡ぐ。

「私は、レムズの素、とも呼ばれています」

 レムズの素、と樹喜は口内で言葉をかみ砕く。

――一九九九年。恐怖の大王が降ってくる。蒼球には、それは来なかった。でも、翠球には来た。それが、レムズの素って呼ばれてる。レムズの素は、何らかの手段で…今のレムズ達を生み出した。

 テツの語った言葉が蘇る。

「…あなたが…レムズを生み出した?」

「その通りです」

 不気味なほど穏やかに、そして温みを持った声でアオイは語る。

「――待って下さい。どうして…レムズを?」

「石楠花晃一郎のせい、と言えば良いでしょうかね」

「…?」

 アオイは、僅かに笑い声のような息を漏らした。

「そもそもの話から、致しましょうか。…ああ、どうぞ皆様もそんなところにいないで」

 え、と樹喜はアオイの視線の先を見る。そこには、姉妹達とテツがいた。

「…どういうことなの?」

 園美の問いにアオイは言う。

「どうぞお座り下さい。ゆっくりと話をしましょう。少し長くなりますが…どうぞ宜しく」



 アオイは、静かに話し始めた。一同は車座になって、それを見つめる。空は徐々に夜明けに近づいている。細い光が、遠くに見えた。樹喜のAGDの光源が、皆の顔を照らす。

「先程の樹喜君との会話は…最初から聞いておられましたね? 改めまして…私の名は、高城葵と申します。そして、レムズの素、という呼び名をされることもあります」

 では、とそれは言った。

「そもそもの話から、致しましょう。日本国は、帝歴元年に鎖国をしました。西暦に直すと、三〇〇一年ですね。主な理由としては、西暦二九○○年に帝星と月の占有権を戦争により勝ち取り、自給自足を可能にしたからというものです。また、戦争により各国との信頼関係を全て失ったからというのも理由になりますね。まあ後は移民が増えて大変だったから、とか海外への国民流出などというのもありました。…まあ、それは良いでしょう。さて、西暦二九〇〇年から、百年をかけて日本国は全領土を天硝子と地硝子で覆いました。領土と国民を守るためです」

 戦争、とテツは呟いた。そういえばと樹喜は思う。かつて日本国は平和主義を掲げていたこともあったのだった。彼の住んでいた時代はそうだったのかもしれない。

「けれどそれは、表向きのことです。いえ、言葉が正しくないかもしれませんね。それは、日本国民に対する説明です、と言った方が正しいでしょうか」

「どういうことですか?」

 園美が問う。アオイはがこん、という音と共に頷いた。

「日本国は、帝星と月を手に入れる代わりに奴隷になったのです」

「――奴隷?」

 穏やかでない響きに、問い返した恵琉の言葉は鋭かった。

「ええ。奴隷です。皆さん、絢乃様の、手首はごらんになりましたか?」

 ば、と一同は園美に抱かれて眠っている絢乃を見た。園美はこわごわ、といった風に樹喜の上着の袖をまくり上げる。何これ、と園美が呟いた。

――英一九五部隊七七AH-AYANO-SHAKUNAGE。

「…テツ君。どう思いますか?」

 アオイに問われてテツは顔をしかめた。

「――…英っていうと、イギリスを連想するかな。ええと、そう言う国があるんだ。部隊…で、その下に名前か。…奴隷っていうのと合わせると――…イギリス軍の兵士…?」

 いやまさかな、とテツは苦笑する。けれどその顔は何処か引きつっていて。姉妹達を怯えさせないようにしているように見えた。

 樹喜はアオイの言葉を待って、それを見つめる。がしゃん、という音と共にアオイが拍手をした。ばん、ばん、という酷く耳障りな音が響く。

「正解です。――皆さんの左手首…AGDの下にも、同様の文字が書かれています」

 え、と姉妹達が自らのAGDを見つめる。

「日本国は、約一千年間の月と帝星の独占を得る代わりに、帝歴一○五○年…西暦に直すと、四○五○年に行われる予定の最終世界大戦の、駒になるのです」

「――…は…?」

 ぽかん、と姉妹はアオイを見つめる。

「現在、鎖国をしている日本国の国民は何も知りませんが、世界は今、三十年後に行われる戦争の準備をしています。…戦争というものは、とても大変なものです。勝っても負けても、国としては被害を被ります。大地も、そこに住む人も、建物も、全てが傷つきます。ではどうしたらよいか。――単純です。自分たちと無関係な場所で、無関係な人々に戦わせればよいのです。そうして選ばれたのが、日本国です」

 ばかな、と樹喜は漏らす。

「――ちなみに申し上げましょう。絢乃様は英国の駒でしたね。園美様は米国。恵琉様は露国です。舞花様は園美様同様米国。樹喜君は風国になります。争いが始まれば、あなた方は敵国になりますね。殺し合うわけです」

「…待って。そんな話、信じられるわけ…」

 園美が泣き出しそうな顔で言う。舞花も顔色を失っている。

「――AGDには、心身を制御させる機能があります。…それは、ご存じですね?」

「それは…心を穏やかに…苦しみを無くして、その…犯罪を無くすために――」

 園美の言葉は徐々に力を失っていく。くつくつとアオイは笑い声を発する。

「戦争が始まれば、月油の飛散は終わります。そして、全国民のAGDに対し命令が下されます。――殺し合え、と」

「――嘘よ、そんなの!」

「本当です。それが、日本国が月と帝星の占有権を得るために飲んだ条件だったのですから」

 そう言ってアオイはぐるりと空を見上げる。空は徐々に色を変えていく。朝だと大地に宣言するように。

「それに対抗するため、一部の人間達は幾つかの手を打っていました。…それのうちの一つが、翠地星球から…人間を連れてくることだったのです」

「お母様…のこと?」

「そうですね。もっとも、彼女一人だけではありませんでしたが。――彼ら…分かりやすく、略奪者と言いましょう。略奪者が連れてきた人間には、二千年前の蒼地星球で何らかの爪痕を残した人間、という共通点がありました。文学史に残る名作を発表した、だとか…非常に頭の回転が良かった、だとか…そういう、戦争が始まったらどうにかして国民を助けられそうな人々、が集められました」

 アオイはそこで言葉を切ると、姉妹と樹喜の顔をゆっくりと舐めるように見つめていく。

「どうです?とても、自分勝手でしょう?」

 空の色は、とても美しかった。アオイのやや錆がかった身体に、光が滑らかにともっていく。

「蒼球の日本さえ助かれば、翠球などどうなってもいい。翠球にいた彼らの家族や恋人など、どうなってもいい。…そう取れませんか?」

 樹喜達は黙ってアオイの言葉を聞く。否定は出来なかった。

「そして、略奪者は考えました。――…自分の大切な人たちは、守りたい…と。いくら連れて来られた人々が頑張ったところで、戦争は始まります。日本国が滅びるかどうかは分かりませんが…それでも、始まるのです。大切な人たちに、それは見せたくないし…参加もさせたくない。――もう、おわかりですね?略奪者とは、石楠花晃一郎のことです。そして彼が守ろうとしたのは、あなたたち四人です」

 園美は下唇を噛む。舞花が口元を手で押さえる。恵琉が口を開いた。

「…筋は、通ってるのかもしれないけれど…とても、信じられないわ。――私…」

 ふ、とアオイは笑い声を出す。

「信じても信じなくても、どちらでも良いですよ。もっとも私には嘘をつく理由なども無いわけですが」

 言ってそれは、さて、と口調を替える。

「――レムズは、元より対地球外生命体用の生き物でした。地球外から来る生き物を、排除するためのものです。蒼球にも、それは実は居ました。レムズをはじめとする地球外生命体が、今までに蒼球に来たことがありますか?――無いでしょう。それは、レムズの素と呼ばれる我が一族が、レムズを絶やすことなく蒼球を守ってきたからなのです。そして、当然その一族は、翠球にも居ました。略奪者は、レムズの素を欲しがった。それも、AGDを装着していない、レムズの素を。略奪者はレムズを生み出したのが私と知るやいなや、私を誘拐しました。恐らく、戦争に使えると、判断したのでしょう。…私は当時、五歳かそこらでした。親と引き離されたことが、酷く悲しくて恐ろしかったことを、覚えています」

 そして、とそれは言う。

「レムズの素を失ったレムズ達は、暴走しました。それが、この有様です」

「――あんたの目的は、何なんだ…?」

 絞り出すようにテツが問う。アオイは暗い目を、彼に向けた。

「復讐です。――石楠花晃一郎に対する」

 ざ、と姉妹達が緊張の表情を浮かべる。しかしアオイは微動だにしなかった。

「とはいえ、私の身体はもう土の中です」

 樹喜はちら、と後ろの山を見る。

「今更、何もしようがありません」

 そう言ってアオイは、ゆっくりと身体を動かす。ぐぎぎん、と不快な音が響く。

「話は、ここまでです。…ああ、絢乃様には、先程の話は全て伝えました。そして、復讐というくだりで…まあ、殺されてしまいました。姉思いの、優しい妹さんですね。――そうだ、それと、テツ君。あの時言った予言に嘘はありません。――レムズは、君たちに任せました」

 アオイからは変わらず不快な音が響いている。

「緑の人の、ご加護があらんことを」

 その言葉と同時に、アオイは倒れ込んだ。幾つかの部品が地面に散らばる。

 先生、と舞花が小さく呟く。

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