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届いた手紙は

 朝起きると、日は空の高いところまで昇っている途中だった。身体が痛い。上手く動かせない。筋肉痛だな、とテツが笑った。運動不足だ、と言う。舞花もかなり疲れているようで、ただでさえ少ない口数がいつも以上に少ない。

 痛む身体をどうにか動かしながら、昨日の続きをする。食料をひたすら運ぶ。船の周りはしんと静かで、レムズも来ていないようだった。テツと樹喜、舞花が台車を押す。恵琉は船の中で使用可と不可のものをより分けていた。

 運んでいると、不意にグルル、という声がした。

「――…きゃっ」

 舞花が声を上げる。そこには四本足の毛むくじゃらの生き物がいた。大きさはさほど大きくない。

「犬だ。――…腹減らしてるみたいだな」

 テツは呟き、そして頭を掻く。迷ってる風だった。

「おなかが空いてるなら…何かあげていいかしら」

 舞花がそう言って、台車の上の真空缶の山を見つめる。やめておいた方が良い、とテツは言った。

「一度あげると、覚えちゃうからな。下手したら懐いて離れなくなる」

「…それは駄目なこと?」

 舞花の問いにテツは頷いた。

「レムズが来たときに、こいつがどうするかだ。ギャンギャン騒いで場所を知られると、こっちにまで危険が来る。言うことを聞かせられればいいけど…それがもし出来なければ命取りになる。中途半端に優しくするのが一番いけない」

 彼は自分に言い聞かせるようにそう言った。

「餌をあげるなら、こいつを一生守る覚悟がないと。――残念だけど、そいつはそのままにしといてやろう。…大丈夫だ。こいつも先祖は狼だ。どうにかするだろうさ」

 でも、と舞花は呟く。こちらを見ている犬は、ぐう、と呟きながら悲しげな瞳をしている。駄目だ、とテツはもう一度言った。

「――絶対に、駄目だ」

 舞花は俯く。樹喜は何かを言おうと口を開いて、そしてやめる。どちらの気持ちも、よく分かった。テツの言い分も。舞花の心も。テツはため息をついて、そして足下の小石を犬の方向に向かって投げた。

「テツ君!」

 きゃん、と叫んで犬が逃げていく。小石は犬のいた場所から数メートル手前に転がっていた。樹喜はちらりとテツの横顔を見た。彼の顔には何処にも水分は浮いていなかった。けれども、彼の横顔はまるで泣き出す寸前だった。彼はじっと、犬の走っていった方向を見つめていた。



「ちょっと良いかしら」

 翌日は天候が余り良くなかったこともあり、工場の中の片付けと整理をして過ごした。壊れていた扉の修繕を終えたその夜のことだった。舞花は疲れたようで、何処か物思いにふけったように座り込んでいた。恵琉がそう声をかけ、樹喜とテツ、舞花の三人は彼女の元へと行く。

 これ、と彼女は自らのAGDを指した。

「手紙が来ているの。――…まあ、色々書いてあるんだけど…要は私に誰にも言わず一人でここに来なさい、という旨のことね」

 樹喜は眉根を寄せる。

「…一人で?」

「えぇ。――言葉巧みに、という言葉がぴったりの手紙が届いてるのよ。正直、姉さんたちが居なくならなければ私も一人で行ったかもしれないぐらいのね」

「――つまり?」

 テツが問うて、恵琉が頷いた。

「姉さんと絢乃にも、これに似た手紙が届いていた可能性があるってこと。それで二人は出て行った、という可能性もあるの」

「…差出人は、誰なの?」

 舞花の問いに恵琉は肩をすくめる。

「――父さんね」

「晃一郎様ですか?」

 思わず樹喜が問い返すと、恵琉は頷いた。

「――…とはいえ、たぶん父さんの名を騙ったんだと思う。署名がないもの。でも、姉さんと絢乃だったら騙されるかも」

 署名?と問うたテツに樹喜は手紙というものについて説明する。メールみたいなもんか、とテツは(樹喜達にはよく分からなかったが)納得をした。

「…んで、来なさいというのは…何処に?」

 テツが紙製の地図を広げながら問う。恵琉がロウソクを近づけた。

「ええと――…ここなんだけれど…」

 小さな画面を恵琉が示す。テツは眉根を寄せてそれと地図とを見比べる。

「――…うぅん…茨城――いや、埼玉かな…」

 地図で言うとここだな、とテツは一つの場所を指さす。

「ここに何かあるの?」

「うーん…よく分からん…。特に観光スポット的な所は無さそうだけど…。もしかしたら園美ちゃんや絢乃ちゃんもここに呼び出されてるんかな」

 ぽりぽりと頭を掻きながらテツが呟く。

「行ってみる価値は、あるのかもしれないけどな」

「そういえば、絢乃が言ってたのよね?サキムラアキの家がどうとかって…」

 ふと顔を上げて恵琉が言う。ああ、とテツと樹喜が同時に頷く。

「それがここにあるのかしら? それって分かる?」

「いやー…さすがに個人の家の特定までは…。もしかしたらあるのかもしれないけど…」

 テツが呟いて、そして三人を見回す。どうする、と問うた。

 あの、と言ったのは舞花だった。

「――…実は、私にも…その、来てたの」

「え?」

「…手紙が…。あの…黙ってて、ごめんなさい」

 舞花は俯く。

「――いつ来たの?」

「えっと…一昨日、かな。気づいたのは昨日だけど…」

 それで元気がなかったのか、と樹喜は思う。体調や犬のことかと思っていた。きちんと昨日の時点で聞けば良かったと悔やむ。

「…あの、私も姉様と同じで――…誰にも知らせず、来いって」

「マジか」

 テツが小さく呟き、そして地図に視線を滑らせる。

「――で、指定されてる場所は、ここなのか?」

 問うと舞花は首を横に振った。違う、と彼女は言いAGDの画面を示した。

「ん…今度は南の方か――…海を越えて、房総半島、だなー…」

「ぼうそう?」

「地名だ。このあたり」

 テツが地図を示す。真逆ね、と恵琉が呟いた。

「海があるからなあ…船を使えればいいけど、ぐるっと回ってくとかなりかかるぞ」

 そう言うと彼は、姉妹を見つめる。

「――…どうする?」

「どうしましょうね…」

 恵琉が呟いて息を吐く。

 あの、と声を上げたのは舞花だった。

「――…でも、あの、絢乃が行った方向は…どちらでもなかったような…」

 え、と恵琉が問う。

「確か――…朝、だったよね。あの…太陽の方向に飛んでいったのを覚えてるの。…だからたぶん…東、だと思うんだけど…」

 そういえば、と樹喜と恵琉も頷く。

「そうかも」

「分かんないけど…あの、もしかしたら、その後方向を変えたかもしれないし、その――…」

 慌てる舞花に、大丈夫だからと恵琉が声をかける。

「――でも仮にそうだとしたら、私が北で、舞花が南。絢乃が東となると――…」

「園美様は、西に?」

「可能性はあるわよね」

 ふうん、とテツが呟いて、そして地図を眺める。

「丁度、恵琉ちゃんが指定された場所と…舞花ちゃんが指定された場所はここを拠点にして、同じぐらいの距離なんだよな」

「じゃあ、姉様が西の方向に…同じぐらいの距離になるのかしら?」

 可能性はある、とテツは言った。

「誰が何の目的で呼び出したかは分からないけど――…四方に散らそうとしたみたいだな」

 どうする、とテツは再び問う。

「…行きましょうか」

 呟いたのは恵琉だった。

「――私達の事情に巻き込んで、申し訳ないけれど…」

 恵琉の言葉にテツは首を横に振る。

「そりゃこっちの台詞。お互い様だ。――大体…えーと、縮尺がこれだから…ちょっと待てよ。直線距離で五十キロぐらいか…。一日で歩けない距離じゃないけど…まあ、足場も悪いしな。ゆっくり行こう。もしかしたら途中で、野宿になる可能性もあるけど――」

「大丈夫よ」

「んじゃ…明日の朝から、二手に分かれて行ってみるか」

 うん、と姉妹が揃って頷いた。樹喜も同様に頷く。じゃあ今日は寝ようとテツが言い、皆が頷く。夜はゆっくりと、更けていく。


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