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彼を信用した理由

 絢乃が去った後、のろのろと四人は壊れた宇宙船の後始末をした。もう、擬態膜は使えない。何も無い荒野にある艶めく白い四角は酷く目立つ。必要なものだけをまとめて、どこかへ行く必要があった。

 工場へ行こうと言ったのはテツだった。あそこなら壁と一部の屋根はまだ壊されていないから雨風はしのげると。舞花と恵琉は無言で頷き、傷の付いていない食料品をまとめていた。樹喜は水の樽を運ぶ。工場からテツは台車を二台運んできた。これに物資を積んで、工場と船の間を何往復もする。アオイは一度工場に着いてからは動かなくなっていた。

 途中何度か休憩を入れながら、それでも夕方頃には半分ぐらいの食料は工場に運び込めていた。

「――…腕が痛い…」

 舞花がそう言って腕をさする。樹喜も同様だった。腰と背中も痛い。軟弱ねえと恵琉が笑った。

 明日続きをしよう、とテツが言った。樹喜も頷く。段々空は薄暗くなってきている。

「絢乃、大丈夫かな」

 最後に運び込んだ寝具を床に並べながら舞花が呟く。

「――ご飯、持たせてあげれば良かった」

 テツがその横で、優しげな顔で頷いた。恵琉がため息をつく。

「…誰かと一緒に居るのは、間違いないのよね」

「園美姉様かしら」

 舞花の言葉に恵琉は首を横に振った。違うと思う、と彼女は言う。

「あの世間知らずがあそこまで分析できるとは思えないのよね…。――このあたりに、人は居るのかしら」

「――…俺の知る限りは居ない、けど…こればっかりは。未確認の砦はまだ沢山あると思うし…電車はもう動いていないけど、ガソリンさえあれば車は動かせるからなあ…」

 ちら、とテツはアオイを見ながら答える。アオイは特に何も言わずに隅で大人しくしていた。

 樹喜は改めて工場内を見回す。日は殆ど落ちていて、室内は暗い。テツがロウソクに火を灯した。固い壁には数字や何か文字の書かれている紙が貼られている。何に使うのかよく分からない機械類が、何も入っていない棚と一緒に並んでいる。もしかして園美がいないかと、幾つかの部屋を覗いてみたが彼女はいなかった。

 テツは一つ一つを説明してくれた。これが扇風機、これはコード。電気は通ってないけど触らない方がいい。トイレはあそこ。水は流れないから、バケツの水で流すように。そして彼は朗らかに笑った。俺があの船に入ったときとは逆だな、と。

 そしてテツは工場の隅から大きな鉄の入れ物を二つ持ってきた。

「鍋だな、こっちはかまど代わりに使う」

 そう言うと彼は慣れた手つきでやや大きな方の鉄鍋に木や紙を入れて火を付ける。(ライター、という小さな機械を彼は使った)そしてその上に水を入れた鍋を載せた。そこに先程運んできた食料の中から、米と肉の真空缶、野菜汁を入れる。

「リゾット…て感じかな。あーと、日本語でいうと、おかゆだな、うん」

 暖まって、少ない量を嵩まし出来て、お腹にも優しいんだと彼は言った。出来上がったそれを食べると、柔らかな味がした。美味しい、と恵琉と舞花が同時に呟いた。

 食事を終えると、濡らした布で身体を清めた。そして重たい身体を引きずるようにして布団へ入る。よく考えれば、早朝――夜明け前から起きていたのだ。姉妹は床に入るとあっという間に眠りに落ちたようだった。

 厠から戻ってきたテツはそれを見て笑う。

「さすがに疲れたんだな」

 ああ、と樹喜は応える。テツの顔はまるで幼子を見る大人のようだった。布団の上で座っている樹喜を見て彼は聞く。

「――寝ないのか」

「いや…うん…あ、いや…寝るんだけど…」

 どっちだよ、と言って彼は笑った。そして同様に布団に腰を下ろす。

「――ちょっと、話聞いて欲しいんだけど」

「話?」

「んー…うん。まあ、どうでも良い話なんだけどさ」

 うん、と樹喜が相づちを打つと、テツは視線を布団に這わせた。

「さっき、恵琉ちゃんに話を聞いたんだ。あの子が最初に俺を信用した理由」

「え?」

 そう言えば、テツを信じろと言ったのは恵琉だった。保証する、と言っていた気がする。

「ずっと気になってて。――聞かない方が良いと思うって言われたけど、無理矢理聞いたんだ」

 そこで言葉を切って、テツは天井を見上げた。何かの染みが広がっているそこを。それでな、と彼は言う。

「二千年前の蒼球に存在した斎藤鉄平っていう人物を、知ってたんだってさ」

「――…?」

「そう言う名前の人が居たんだってさ。蒼球の…桂硝子が、発足したと言われている西暦二千年代に」

「――桂硝子?」

 それは恵琉が勤めていた会社の名前で。樹喜は目を丸くする。

「まだ、天硝子事業、だっけ?それをしていない時代だったらしい。室内外の装飾が主だったとか言ってた。んで、その桂硝子創始者、夏目桂子の…最愛の人が…その、斎藤鉄平なんだってさ。まあ、なにぶん昔のことだから、夏目桂子と籍を入れたかどうかとか…それ以上に、そもそも恋人と呼べる間柄だったのかもはっきりとしていないとか言ってたかな。近所のガキかもしれんし、芸能人的な憧れだったかもしれんし。年齢や立場、関係性も一切分かっていないらしい。ただ、ある作品に走り書きで…斎藤鉄平に捧ぐ、という一文だけがあったんだってさ」

 そう言ってテツはまた笑みを浮かべた。

「それがまあ…何か凄い作品だったらしくって。恵琉ちゃんはそれを見て硝子職人を目指したんだと言ってた。…で、その夏目桂子が愛した人物なんだから大丈夫なんだと思ったって。蒼球には同姓同名なんて居ないんだよな。こっちでは同じ名前の人間なんて、山のようにいるって言ったらびっくりしてた」

 くつくつと彼は笑って、それからもう一度天井を見つめて小さく呟く。

「――どんな人だったんだろうな。夏目桂子って」

 樹喜はもう一度頷いた。何一つ、上手く言葉が見つからなかった。彼が出会ったかもしれない、女性。

「…俺は、その斎藤鉄平だったんだろうか」

 彼は呟く。

「夏目桂子は翠球にいたのかな、とかとも思って。なんか、莫迦みたいだけどさ…居たのかな、って。まあきっと…死んでるんだと思うんだけど。ていうかそもそも愛した人っていうのも、俺じゃないと思うんだけど。…――うん、それだけの話なんだけど」

「…うん」

 樹喜は呟いてから笑顔を作った。

「ぽっちゃり系が好きなんだったよな?」

 言うと、テツも笑った。

「まあね。やっぱ抱き心地は大事だからさ」

「話、聞いてくれて…さんきゅな」

 さんきゅな、って何だよと樹喜は聞こうとして、そしてやめる。ロウソクの明かりで僅かに、彼の表情が読めたから。

 寝るか、と彼は笑った。樹喜も頷いて布団に横たわる。

 まさか、数週間前蒼球にいたときにはこうして舞花の横に身体を横たえることがあるとは思わなかった。一応、間に隙間があるがそれでも、舞花の寝息が聞こえることには変わりない。

「襲うなよ?」

 横からテツに言われて樹喜は慌てて彼を睨む。

「そんなことはしない」

 そうかい、とテツは笑って身体を横たえた。そうして僅かの後に、すぐに寝入る。

 彼らの寝息に包まれて、樹喜もそうして、眠りに落ちる。


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