地球にて(1)
帝歴一○二○年。日本国。その姿は、帝前――つまり西暦時代とは大きく異なる。幾つかの島が並んでいた国土は、全てが繋がり細長い一続きの大地となっている。首都は奈良京都、鎌倉などを経て東京、そして宮城に遷移された後に帝歴一年に北海道帯広――今は広京と呼ばれる――へと移された。人口は大凡三億人。
その日本国の大きな特徴は、大きく二つある。
一つ目は、災害から生活を守るため、国土の全てを覆う天井及び壁があることだ。まるで一つの建物のように密閉されている。透明な特殊硝子――通称天硝子で覆われているため、雨や風、紫外線などの影響を受けることなく人々は平穏に暮らすことが出来てるのだ。更に地面も全てが特殊硝子――こちらは地硝子と呼ばれる――により一段高くなっている。それにより地震時の振動を遮断させることが出来る。
二つ目は、鎖国をしていると言うことだ。かつての日本国は食料及び燃料の自給率が低くそれが叶わなかったが、現在では安定した食料と燃料を確保できているため鎖国に踏み切った。その、食料及び燃料の産出元は西暦二九○○年に第五次世界大戦にて日本が勝ち取った星――帝星、と呼ばれる――である。西暦二五○○年頃に発見されたその星は、地球とよく似た環境にある。水があり、穀物が殖え、そして家畜の飼育が可能になっている。また、月の所有権を得た、というのも一つの理由だろう。そこより、全ての燃料となり得る特殊物質・月油が豊富に取れるのだ。
さて、帝星には通常人間は立ち入り出来ない。全ては機械化されており、それらを定期的に日本国へと運び出す。その、機械化を進めたのが石楠花機械製作所であった。西暦二三○○年頃より酪農作業の機械化を推進してきた会社だが、帝星での功績をきっかけに日本有数の企業へと昇華した。それから、一千年以上もの間、更なる進化を目的に、会社はただただ大きくなっている。
「――ということで」
樹喜は目の前に居る五人ほどの少年少女達を見た。彼らはきらきらとした瞳で、樹喜を見返している。
「君たちがこれから仕える石楠花家っていうのは、こういった歴史で今に至っている。ここは、その石楠花機械製作所の名誉所長である石楠花晃一郎様の屋敷だ。――くれぐれも、粗相の無いように。君たち自身も、日本国の未来を背負う仕事をしているのだと言うことを忘れないように」
はい、と歯切れの良い返事がまとまって聞こえる。樹喜は頷く。
「晃一郎様には、四人のお子がいらっしゃる。長女の園美様、次女の恵琉様、三女の舞花様、そして四女の絢乃様だ。このうち次女の恵琉様はもう家を出ていらっしゃる。この家には晃一郎様をはじめ、園美様、舞花様、絢乃様がお住まいだ。石楠花家の皆様の、心休まる場所にするため、努力を惜しまず労働して欲しい」
はい、とまた声が聞こえて樹喜は少し笑った。機械化が進んだこの時代で人間を使用人として雇うことは極まれだ。人を使うということは、酷く不便でコストのかかることだ。それでもそうやって使用人を使うのは、富の象徴でもあり、そして晃一郎の人柄でもある。
一瞬、脳裏にしわがれた声が響く。幼い頃の、記憶。樹喜はそれを搾り取るように、細い息を吐く。
「じゃあ、話はここまで。後は、中を案内しよう。――AGD に屋敷の見取り図は入ってるかな?」
皆、一様に手首のAGDを操作する。大丈夫です、という声が今度はまばらに聞こえた。
AGDとはa guardian deityの略で、産まれたと同時に左の手首にはめられる。厚さは六寸、幅五程の腕輪のようなものだ。日本国ではそれを覆うようにした被せものが、出産時に支給される。“守り神”との名の為なのか、動物を象っているものが多い。(ちなみに第四、五次世界大戦及びその前後に起きた災害の影響で地球からは動物が二千年前と比べても半数以上絶滅している。その影響があるのか、被せものは絶滅動物がモチーフになることが多い。ざっと少年達を見ても、きりんや象、鮫などの被せものを付けている。)更に現在は、AGDに付属させるのが主流になっている。液晶を拡大させたりするのは勿論、あらゆる機能――例えば音楽が聴けるものやら写真や絵画を記録できるもの、文章が作成回覧出来るものや他の人間のAGDと繋がれるようなもの――を装着させるのが一般的だ。仕事人にもなれば仕事に必要な知識をそこに入れたりもしている。
ちなみに、樹喜の被せものは過去に絶滅したと言われる魚類だった。ノコギリエイ、と言ったか。これは名前と同様、両親が政府に届け出をして登録される。同じ動物でも色や模様が様々で、一つと同じものはない。名前と同じである。名前も、漢字や読み方を含め同姓同名の人間がいないように管理されている。
「――まずは今日研修をした場所、ここが使用人の会議室になる。毎日朝と夜には、ここで報告や連絡をする。時間や内容はそれぞれの配属先によるから」
行こう、と言って樹喜は扉を開き廊下を示す。
国が密閉されてからというもの、今まで頑なに求められてきた建物における密閉性というものはもう不要である。しかし石楠花家は、当主の晃一郎の趣味により遙か昔の大正時代風の建物となっている。やや洋風よりの建物は、深い木の色と深紅の床、柄物の壁で彩られている。
「ここが使用人達の棟で…あちらが、お嬢様達の家」
窓の外を示すと、ほう、と息が漏れる音が聞こえる。自分もかつてここに来たときにはそうやって息を漏らしたものだ。七年前。自分はもう十七歳になる。
所謂大豪邸と呼ばれるに値するであろう大きさの建物が、四つ並んでいる。
「あちらには、女性しか入れないから」
そう言って樹喜はぼうっとその家を見つめ続ける少年達に笑んだ。
「次に行こうか」