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壊れた船にて(1)

 わずかの間に、様々な事が起こりすぎた。壊れた天井からは光が差し込んできている。舞花は床にぺたりと座り込み頭を垂れていた。恵琉は壁に寄りかかり、空を見つめていた。そして樹喜は何も出来ぬままただぼんやりと自分の手を見ていた。ノコギリエイはAGDに戻っており、遮られぬ光がAGDを輝かせていた。

 深く息を吐いたのは、あれから五分程後に戻ってきたテツだった。後ろからアオイが着いてくる。

「――…まあ…とりあえず、どうするか考えようぜ」

 事の成り行きをざっと恵琉に教えられたテツは、頭を掻きながら言う。樹喜は辛うじて頷いた。このまま茫然としてても何一つ良い方向には行かない事だけは分かる。

「…舞花様」

 舞花は身動き一つしなかった。ただ、座り込んだままで。舞花、と恵琉が声を掛けたがそれすら聞こえないように見える。

 テツが数度頷いた。

「良いよ。そのまんまにしといてやんなよ。――とにかく、考えよう。えーと、絢乃ちゃんが言ってたのは…あんた達の母親が…翠球の人間だった、って言ってたんだな?」

 恵琉が頷く。

「本当かどうかは…分からないけれど。絢乃はそう言ってた」

「何であの子はそれを知ってたんだ?ただの作り話か?」

 恵琉は首を横に振る。テツはため息をついた。

「――どんな人だったんだ?あんた達の母親は」

 恵琉は困ったように視線を彷徨わせる。ようやく顔を上げて、口を開いたのは、舞花だった。

「…あまり、会ったことが…無いの」

「会ったことがない?」

「大体、おうちに閉じこもっていて…。私達は、殆ど、えっと、乳母に育てられてるから…」

「乳母…ね。ちなみに…それは何でなんだ?身体が弱いとか?それともそういう風潮なのか?」

 さあ、と姉妹は顔を見合わせて首を傾げる。

「蒼球でも、確かに珍しいことではあるわ。あり得ないことではないけれど…。――何度か父様に聞いたけれど…身体が弱い、とかではぐらかされてしまって。それっきり」

「葬儀も無かったの。急逝、って言われて」

「…葬儀がなかった?」

「あぁ…そっか。昔は亡くなってから葬儀をしてたのよね。えーとね、今は…というか蒼球…の日本国では、死期をAGDが確定させるのね。そうして、最後に別れの儀式をするの。それが葬儀って言われてる。大体、死の前日に行われることが多いかな。最後に言葉を交わしたい人…恩師とか友人とかを呼んで式をするの。そして、そこで葬儀を行った後、棺に入るのね。音楽や花、愛着のあるものに囲まれて、そして息を引き取る。そうした後に、そのまま棺ごと燃されて…そして、その亡骸は骨壺に入って遺族へと返還されるの」

「…何か凄いな」

「昔は…その、死期が分からなかったから――死んでから連絡をして、そして葬儀をしたのよね?」

「そう言うことになるな。――ということは、お袋さんはその、AGDでの死期の確定が亡かったということなんだな。そういうのは良くあるのか?」

「殆ど無いと思う。本当に極一厘の可能性、という感じかしら。物語の題材になったりするぐらいよ。まあ勿論、本人の希望で葬儀をしないで死ぬ人も居るから…そっちかな、とも思ったけれど」

「――ちなみに、その、死因っていうのは?」

 分からないと姉妹は口をそろえた。

 ううん、とテツは唸った。

「じゃあ仮に、絢乃ちゃんの言ってたのが本当だとするなら…。もしかして結構つじつまがあったりするのか?」

 舞花は少し考え込むように俯いてから、顔を上げた。

「でも、もしもそうだったら…。あ、あの…父様は家を継いで、母様と結婚した後、家を全部改装したって聞いてるの。全部…その、昔のような…なんて言うのかな。古風な感じに」

 それから、と舞花は言う。

「機械化されてる家電も、ほとんど取りやめて、全部手作業にしてるし…。何て言うか…ちょうど、二千年前と、同じ状態を作ったようも見えるかも…。それが…お母様の為なら、えっと、なんか納得がいくなあと…思って…」

「――手作業。というと…えーと、洗濯とかそういう?」

 こくん、と舞花は頷く。

「それから…お風呂もあるし、えっと、家には屋根や窓もあるし…」

「それは、未来では珍しい?」

 舞花は頷く。樹喜もそれには同意した。観光地にはまだ風呂というものがあるところもあるが(正確には温泉といったか)家庭にそれがあるというのは希有だ。大抵は温泉霧というもので済ませてしまう。金持ちの道楽というところで皆納得をしていたが。もしもそれが、姉妹の母のためであったら。二千年前から来た人間のためだったら。

 そうか、と樹喜は思う。もしも彼女がそうだとしたのなら彼女はAGDを持っていなかったのではないだろうか。だとすれば今までの謎は、解ける。仮に恵琉が不貞の子だとしても、AGDが無ければ通報されることはない。相手が独身であれば、何の問題もなく姦通出来るだろう。そして、急逝したこと。こちらも、AGDをもしも持っていなければあり得る。それもそうか、と樹喜は思う。AGDは、産まれたときから強制的に装着される。戸籍のない十三歳の少女。彼女にいきなりAGDがはめられるわけもない。いや、と樹喜は思う。しかし彼女はどうにかして戸籍を手に入れた筈だ。そうでなければ姉妹達にAGDと戸籍、名が与えられる訳もない。――では誰がそれを行った?晃一郎は確かに権力者だが、戸籍などを動かせるほどの力はない。そもそも、それを行う事をAGDは許さないであろう。戸籍を与えられる人間。彼らにどう晃一郎は説明したのだろう。そもそもその人間達にはAGDの監視は付いていないのか。そして、唐突に樹喜は気づく。

(AGDの通報が行われるのは、蒼球だけなのかも知れない)

 現に樹喜達は翠球で、軽重様々な犯罪を犯している。未成年飲酒、許可のない生物殺害、家宅侵入、地面の掘り起こし、器物破損。けれども、AGDは何一つ動かない。

 もしも、彼らがその作業を翠球で行ったのであれば。いや、と樹喜は頭を振る。違う、そんなことはあり得ない。情報や機械は全て蒼球にあるのだ。さすがに翠球からの操作はできないだろう。だとするなら。

(逆に、AGDを持っていない人間が彼女たちの母の他に居たとしたら?)

 翠球から、蒼球へ運ばれた人々。彼らが情報の不正書き込みなどをするのは容易いだろう。日本国は、諸外国からの人間を受け入れはしないが、宇宙から戻ってきた人間は受け入れられる。

 樹喜はじっと考える。AGD無しに今の日本国で暮らすのは、酷く難しい。何をするにも、必ずAGDが必要になる。公共の乗り物や施設を利用するとき。物品を購入するとき。髪を切るときだって、公共の厠を利用するときだって。全ての機械を操作するのにも。それこそ、歩くときだって。

 そして、ふと気づく。あの、古い建物。

(石楠花家なら、或いは)

 樹喜の仮説が正しければ、咲妃はAGDを持っていない。彼女が暮らせるのであれば、他のAGDを持っていない人間も暮らせるのではないか。石楠花家でAGDを使う機会というのは極限られる。全ての作業を手で行っているからだ。屋敷では洗濯機にも、冷蔵庫にも何にもAGDをかざさない。外に出入りする人間は、勿論利用するが、基本的に内勤の人間は、一日使わなくても問題なく過ごせるのではないだろうか。

「…樹喜?」

「あ――ああ、いえ、すみません。少し考え事を…」

 恵琉が首を傾げる。

「何か気づいたことでもあった?」

「いえ、そのような――」

「間違っていても良いから、言ってみてくれる?」

 いえ、と言いかけて樹喜は少し考えてから、仮説を吐き出した。成る程、と恵琉は小さく呟く。自分の出自を考えているのかも知れない。じっと彼女は足下を睨むように見ている。

「でも…うん、そう、かも…」

 舞花が呟く。恵琉が視線をやると、彼女は口を開いた。

「あの…春と、こよみさんのAGDが似てる、って思ったことがあって。AGDって、同じものは無いでしょう…?二人とも、蛇だったんだけれど…とっても似ていて。それを小さい頃に、こよみさんに言ったら、少し慌てたみたいに『わかりにくいけれど違っているところもありますよ』って言われて」

 春とこよみか、と樹喜は頷いた。春はまだ若いが、こよみはもう七十近くなる。そういえば、あまりこよみがAGDを操作しているところを見たことがなかった。手描きの字が現代人にしてはとても上手いと思ったこともあったが、慣れているだけだと思っていた。

「お父様は、知っていたのよね」

「…うん。むしろ、受け入れるっていうことは――知っていた、という以上のことよね」

 恵琉と舞花が、顔を曇らせる。

 ややあって、テツがぱん、と手を叩いた。

「ちょっと情報が少なすぎるな。これだけじゃ何も分からん。――それより、ここには住めないだろ。どうするか考えないとな」

「移動をするのか」

 樹喜が問うと、テツはううんとうめき声を漏らした。

「他に行ける場所があればそっちの方が良いんだけどな…いかんせん…。ここを修復できるならそうして留まってた方が安全かもな」

 修復か、と樹喜は呟く。

「これは、どうやったら接着できるんだ?」

 屋根の破片に触れながらテツが問う。答えたのは恵琉だった。

「白硝子だから…たぶん、熱で溶かしながら形を作るのだと思うんだけれど…」

「――出来そうか」

 テツの言葉に恵琉は首を横に振る。

「天井というのがどうにもね…それに、熱源もないし。普通の熱では駄目だと思うの。たぶん、超高温の――澪熱じゃないと」

 そうか、とテツは答えた。

「とりあえずじゃあ現状維持だな。寝室は大丈夫なんだよな?じゃあそこと――食料庫も無事か。うん。そのあたりでどうにか生活しよう。大丈夫だって。どうにでもなる」

 姉妹は小さく頷いた。テツは言う。

「五分考えても産めないものは、体内に残しとくに限る。そのうちぽろんって解決するだろうからさ」

 不意に樹喜の脳内に、絢乃の言っていた言葉が蘇る。

「そうだ――あの、絢乃様が先程仰っていたのですが…。――ええと、サキムラアキの家に行くと」

「サキムラアキ?」

 心当たりは、と問うと姉妹もテツも首を横に振った。アオイも沈黙のままだ。サキムラアキ、とテツは呟いた。


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