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戦いの後で(1)

 事の顛末を聞いた姉妹達は、不安げに自らのAGDを撫でた。

「――そんな機能が付いているなんて…」

「…後で、ちょっと外で試してみる価値はあるかもしれんな」

 テツはそう言って、四姉妹を順繰りに見つめた。

「整理しよう。えーと、樹喜がノコギリエイだな。これは平成ではまだ居る。その辺の海にもしかしたらいるかもしれない。俺は水族館で見たことがある。色や雰囲気はちょっと違ったけど…でも大体は同じだな」

 樹喜は頷く。テツは続いて、園美のAGDに目をやった。

「園美ちゃんのは…猫か。猫も今居る。もしかしたら外に出たらその辺歩いてるかもしれないぐらいだ。特にこう…攻撃性に優れてるって感じはしないんだけどな。大きさも…少なくとも平成じゃあ大きくないしな」

 それから、と恵琉に目をやる。

「恵琉ちゃんのが、プテラノドンね。これはもう絶滅してる。恐竜の時代だから…えーと、何千年も前にってかんじだな」

 そして、と舞花に目を向ける。

「舞花ちゃんのが…タツノオトシゴか。うん。海にいる。魚類…になるんだっけかな」

「え…本当に、実在したの…?」

 舞花の問いにテツは逆に驚いた顔をする。伝説の生き物だと告げると、彼は何度も感嘆の声を出した。それから、とテツは絢乃に目を向ける。絢乃は俯いたまま、ぴくりと肩を振るわせた。

「…で、絢乃ちゃんが天馬ね。ペガサス…いや、ユニコーンってやつかな。これはこっちでも伝説の生き物って感じなんだよな。馬ってことは乗れんのかな」

 ぽりぽり、とテツは頭をかく。そうして不安げな姉妹達に目をやった。

「――大丈夫だ。なるべく危険のないようにすっからさ。どっちかと言えば、どうにかして雨塩が欲しいっていうぐらいだからさ」

「雨が止んだら外に出てみましょうか」

 そう言ったのは恵琉だった。

「天気を見ながらだけど。外で色々試すのも良いかもしれないわね」

 青い顔のままうなだれているのは絢乃と、そして園美もだった。園美はまだ迷っているのかもしれない。レムズと戦うことを。

 樹喜は姉妹達を見て、そして自分のAGDに目を落とした。守り神、と言っていたか。AGDは確かに“守り神”という名だったが、本当にそうだとは知らなかった。手首を覆うようについている金属のノコギリエイは、どう見ても動きそうな気はしない。

「――これが動く、ねえ…」

 恵琉がこんこんと自らのAGDを指先で叩く。園美が首を傾げた。

「でも今は月油が飛散していないでしょう?どうして出てこないのかしら」

「緊急時、と言っていましたから…。持ち主が何か危険に晒されたときでないと出てこないのかもしれません」

 樹喜の言葉に成る程と園美達が頷く。首を捻ったのは恵琉だった。

「蒼球の日本では皆これを生まれたときから付けているわ。付けることを定めたのは、日本政府。――皆、それぞれのAGDが動くというなら…何のためにこんなものを日本は付けているの?身を守るって…何から?」

「レムズみたいな異星人とか?」

 テツの言葉に、恵琉は息を吐いた。

「そうかもしれないわね。――だから動物なのかしら。人間の力じゃ、太刀打ちできないと…そう思ったのかしら。何だか不思議だけれど」

「…もうやだ…」

 不意に絢乃が呟く。

「もうやだ!もうやだこんなの!アヤ…もう…!」

 そのまま彼女は机に泣き伏す。

「絢乃――」

「怖いもん!レムズも…みんなみんな…!この…AGDだって…!」

 嫌だ、と絢乃は呟いて嗚咽を漏らす。

 その瞬間、彼女のAGDが泣き声を漏らした。樹喜は僅かに目をそらした。今、絢乃のAGDからは精神安定のための振動が伝わっている。もう少しで彼女は落ち着いて、“前向きに”物事に対応出来るようになるだろう。その証拠に、絢乃が静かに深呼吸を始めている。

「――ほんとね。…嫌だわ」

 絢乃を抱いた園美が、小さくそう呟いた。



 結局、夜になっても雨は止まなかった。号泣の後、急に晴れ晴れとした笑顔を作った絢乃が、一心に着せ替え人形で遊び始めるのを、樹喜はただ見ていた。かつては自分もきっとああやってAGDにより“回復”させられていたのだ、と改めて理解する。園美はぼんやりと長椅子で膝を抱えている。舞花は、絢乃にせがまれるがままに着せ替え人形の衣服を作っていた。恵琉とテツは、二人で酒を飲み始めている。

「――樹喜も飲もうぜ」

 小さな猪口を差し出され、樹喜は躊躇った後に受け取る。

「不思議ね」

 小さく恵琉が呟いた。

「未成年飲酒してもAGDが反応しないなんて」

 樹喜は、一口酒をなめると、恵琉の方を見た。日本国では未成年――十八歳未満の飲酒を禁止している。樹喜にはまだ誕生日は来ていない。十七歳だ。

「…確かに」

 初めて舌先に乗せた酒は、甘かった。果実酒だと恵琉が言う。

「姉さんもどう?」

 恵琉の言葉に、園美が暗い瞳を向けた。一瞬躊躇ったような仕草を見せた後、のろのろとこちらへ向かってくる。

「…少し薄めてくれる?」

 恵琉が水を少し足したものを渡すと、園美はそれをゆっくりと口に含み、そして問う。

「緑の人が…私達を呼んだと言ったわね?」

 テツが頷く。

「――それはどうして?雨塩を持っているから?」

 テツは彼女を見返して、そしてアオイに目をやった。

「どうなんだ」

 問われたアオイはガギギ、と顔をこちらに向けた。しかしそれは特に何も言葉を発しなかった。駄目か、とテツが呟く。

 そこで食堂は沈黙する。長椅子ではしゃぐ絢乃の声が、部屋を満たした。

「――まあ、考えてもしょうがねえな。兎に角…今日はもう寝るか。明日また色々考えよう」

 寝る支度を終えて寝室へ向かう姉妹達の後ろ姿を見送る。青の人とは一体何なのか。何一つ分からぬまま、今日、樹喜はレムズを殺した。自らのAGDに視線を移す。艶やかに光るノコギリエイ。生きているものを殺したというのに、何の感情も湧いてこなかった。悲壮感。高揚感。何一つ。

(レムズが化け物のような風貌だからなのだろうか)

 樹喜はぼんやりとそう考える。もしもレムズが人間だったら。テツは躊躇わずに蹴り飛ばして、注射器を刺せるだろうか。そして自分は。


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