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戦いの前に(2)

 夕食の時間になり、ようやく恵琉は操舵室から出てきた。しかし園美とは目を合わせない。絢乃は大人しく一人遊びをしていた。舞花とテツは二人で頭を付き合わせたままだった。きちんと食べなくては駄目よ、と園美に言われ、ようやく二人は顔を上げる。舞花の左腕のAGDは被せものが外され、基盤がむき出しになっている。

「それで…どうなの?AGDは」

 恵琉に問われて、テツは頷く。

「俺は正直、さっぱりでね。作りがやっぱこっちのとは全然違うし。ただ、舞花ちゃんがよく分かってくれてる」

 へえ、と目を丸くしたのは園美だった。

「舞ちゃんって、そう言うのも出来るの?」

「一応…あの、工学も履修しているから…」

 へえ、と園美と恵琉が同時に目を丸くした。樹喜はただ俯いた。舞花がどんな学習をしているのかは知らなかった。樹喜も最低限の単位は全て取ったが、そこに工学はなかった。舞花は自分で望んでそれを取ったのだということだ。

「え、えとね…それで、えねるぎー、の変換は、あんまり難しそうじゃないの」

 うん、と園美が相づちを打つ。

「太陽光の仕組みを…えっと、テツくんにもらって…それを、上手く組み込めれば、動くと思う」

 舞花の言葉をテツが引き取る。

「手元にあるのはこれだけだけど…足りなきゃ探しに行こう。砦の方に行けばたぶんまだ何かしらあると思う。その太陽光発電のパネルを何枚か拝借して、それで上手く付けられるかやってみる。そんな難しくないと思うんだ。多少の配線ぐらいなら出来るからな。明日の朝一からやる。どっちにしろ太陽が出ないと動かないしな」

「――分かった。宜しくね」

 恵琉の言葉に、舞花ははにかんで頷いた。その横顔に、彼女がいつも見せる焦りや悲観は見えなかった。

 ところで、と呟いたのはテツだった。

「このAGDは…ええと、生まれてすぐ、はめられるんだよな?」

 ええ、と園美が頷く。

「ふうん…んで、鎖国を、しているんだよな?」

 もう一度園美が頷くと、テツは何かを考えるように空を睨んだ。

「――…英語は使っていないんだよな。…でも、それだけは英語だ」

 しかしそれ以上、彼は何も口にしなかった。

 さて、と園美が皆を見回す。

「今日はみんな疲れたでしょう。早く寝ましょうね。――あぁ、テツくんが何処で寝るか決めてなかったわね。寝室でいいかしら。寝台も広いから寝られると思うわ」

 園美の言葉に樹喜はぎょっとする。得体の知れない男を姉妹達と一緒に寝かすのか。しかし、テツは笑った。

「流石にお嬢様方にそんな無礼はしねえよ。床でいいよ。砦ではそうやってたから。毛布一枚ぐらいくれれば、嬉しいぐらいだし」

 そう?と首を傾げる園美の横で、絢乃はずっと俯いていた。いつもの明るさは影をひそめている。彼女の長い睫毛の隙間から、何か読み取ろうかと思ったが、それは出来なかった。

 その後、早々に寝室へ引き上げた姉妹達を見送り、樹喜とテツは長椅子に横になった。L字型の大型長椅子は、どうにか男二人が窮屈ながら寝られそうだ。丁度お互いの足をL字の角につけるように寝転がる。アオイは、来たときのままの無言で全く動いていない。

 暗がりの中で数度寝返りを打つ音がして、それからテツが口を開いた。

「――執事サン」

「…樹喜だ」

「ごめんごめん。樹喜ね。…あのさ、俺らのこと、なんでそんなあっさり信じてんの?」

 え、と樹喜は問いかける。テツはじっと樹喜を見つめる。

「レムズを目の前で倒しはしたけど、どー見ても怪しいだろ?もしかして俺が今からお前達全員殺して雨塩を手に入れて…とかって考えないのか?」

「――恵琉様が、大丈夫だと言ってたから」

「あの子か」

 テツは息を吐く。

「どーもあんたらは抜けてるっていうか…不用心な感じがするんだよな。時代のせい?」

 そうかもな、と樹喜は答える。

「AGDのおかげで今の地球――…蒼球の日本には犯罪というものが、基本的には存在しないから」

「へえ」

「産まれながらの犯罪者という人は居ない。環境がそうさせている。ならばそういう環境を作らなければいい、とそういった考えが一般的だから。ここ数百年間は平和なのがその象徴だ」

「随分綺麗な世の中になったんだな。犯罪者がいないのか」

「犯罪を犯す理由も無いしな」

「…そういうもんか? 人間には欲望があるだろ?それを満たすために努力をする。努力じゃどうにもならんくて、諦められなければ罪を犯す。諦められないことを、諦めるようにしてるってことか?それともそもそも欲望が無いのか?」

 樹喜は天井をじっと睨む。自分の欲望。

「――前者だろう。諦めないと言うことは大事かもしれないが、罪を犯してまで何かを求めるのは間違っている」

「…じゃああんたは?あんたの望みは?」

 樹喜は口元だけで笑った。テツには気づかれぬように。

「――お嬢様達が、幸せに暮らせること。ただ、それだけだ」

「そこにあんたが関与して無くても?」

 勿論、と樹喜は間髪を入れずに答える。へえ、と何処か呆けたようなテツの声が耳に残る。彼は何が言いたいのだろうと僅かに苛立ちを覚える。

「幸せって、誰が決めんの。あんたが、幸せそうだなって思えばそれでいいのか?」

「…それは」

「もしあの子らがみんな不幸になったり死んだりしたら――あんたはどうする?」

 樹喜は反射的に起き上がった。布団を剥いで、暗がりの中に寝転ぶテツの顔を睨み付ける。

「――…何かするつもりなのか」

「しないって」

 彼は身体を横たえたまま笑う。

「なんかあんたって不思議だよな。犯罪のない世界に住んでたって割には、妙に用心深いし…その割に偽善的な感じもするし。――あぁ。悪く思うな。あんたのことを、ちゃんと知りたいと思ってるんだ」

「…ちゃんと…?」

「一応同志っていうやつだと俺は思ってるんだ。いざとなれば命を預け合う戦いもするのかもしれない」

「――命?」

「レムズは決して弱小の生き物ではないからさ。…まあ、関係ない星の危機に巻き込んで、悪いとは思ってる。――別に俺が呼んだ訳じゃないけど…うん。一応、翠星を代表して謝るよ」

 樹喜は首を振る。

「…別に、謝って欲しくはない。お嬢様達を守るのが、俺の使命だから。それを遂行するためなら、命は惜しくない」

 ややあってから、テツは頷いた。

「確かにあんたなら…命を懸けて何かが出来そうな気もする。特にあの子ら絡みだったら。ただ…俺がこんな事言うのはおかしいかもしれんけど…出来れば俺は…あんたには命を懸けては欲しくない」

「…どうして」

「あんたにっていうよりは、あの子らも含めて…みんな、だな。――まあ俺ってさ。結構サミシガリヤだから。…やっぱ、知り合いがいなくなるってのはしんどいもんよ」

 樹喜は頷いた。蒼球の方の日本では、不意に命を落とすということはもう殆ど無い。犯罪もなければ、事故もほぼ起こらない。気象や地盤は全て天硝子の外だし、全てが機械制御で安全が確保されている。犯罪はないし、体調の急激な変化にもAGDがすぐに反応して対応出来る。ほぼ全ての病気に対して特効薬がある。現在の主な死亡理由は老衰だが、それすらもAGDが残り時間を正確に把握してくれる。故に、きちんとした別れが可能だ。けれど、翠球の日本では、それが出来ない。彼は、全てを失ったのだ。きっと居たであろう家族や友人を失い、砦にいた同志を失った。何の予告も無しに。

「――…別に、死にたいというわけではない」

 樹喜がそう言うと、うん、とテツは頷いた。樹喜は少し考えてから、それからゆっくりと言葉を紡いだ。

「…僕は、舞花様に命を救われた」

 帝歴時代の日本での命の救済というのが、理解出来ているのか、命を、とテツは繰り返した。

「本当なら…死んでたはずだった。身体もそうだし…たぶん、心も。でも、救って貰った」

「その救って貰った命を捨てるのか」

 樹喜は首を横に振る。

「捨てる訳じゃない。大切なものだ。でも、それを救ってくれた人たちの方がずっと大切だというだけだ」

 そうか、と小さく呟いてテツは寝転んだまま天井をぼんやりと見つめた。

「――同じぐらい大切になればいいのにな」

 樹喜は少し迷ってから、長椅子の自分の居場所へとまた身体を横たえた。

「僕はお前を信じた訳じゃない。――ただ、大切な人が信じろと言うから信じているだけだ。万一お嬢様達に何か手を出したら…彼女たちを不幸にするのであれば、絶対に許さない」

「…分かってるって」

 そう言ったテツの言葉は少しくぐもっていて。樹喜はそのまま目を閉じた。彼を傷つけたという自覚が、肋骨の隙間から胸を抉った。それでも、そう言うしかなかった。それはある種、自分への戒めだった。彼女たちを不幸にはしない。それは静かな誓いのようなもの。


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