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船にて(1)

 樹喜は、そのまま食料庫の中で朝を迎えた。壁越しの少女達の声に起こされ、それでいつの間にか自分が眠ってしまっていたことに気づいた。

「朝ご飯ーっ!お腹空いたよぅ!…あれ、ねえこれなあに?お肉なの?」

「…やだ、姉さん二日酔い?」

「違うわよう…でもお水ちょうだい……あぁ、舞ちゃんありがと…」

「あの…恵琉姉様は…えっと、何飲む?」

「珈琲飲みたいわよね。発熱マグあったかしら」

 樹喜はぼうっとその声を聞く。自分はこれから、どうするべきなのだろう。船はいつの間にか出航している。今更降りられはしないだろう。だとするなら一刻も早く彼女たちの元へ行き、謝罪して指示を貰うべきなのだろう。分かっているはずなのに、身体が上手く動かないのは一体何なのだろう。

「ねー、まだ着かないのぉ?」

 絢乃の言葉に、一瞬妙な沈黙が降りる。それを打破したのは園美だった。

「まだよ。遠くに行くのよ」

「遠くって?沖縄岬よりも遠いの?」

「あ…あのね、絢ちゃん。また、小町ちゃんのお洋服作ってあげる。えっと、どんなのがいいかなっ」

「舞ちゃん本当? あのね、あのね、緑色のお洋服が良いの!こないだのお誕生日にもらった、アヤのお洋服とおそろいのやつ!」

 分かった、と笑う舞花の声がして、樹喜は息を吐いた。舞花は、もう立ち直っているらしかった。それがまた、自分を少し痛めつける。彼女は、もっとずっと弱い存在だと思っていた。守るべき者で、頼りなくて。けれどそんなことはなくて。舞花だけではない。あの日泣き崩れていた園美も。恵琉も絢乃だって、みんなずっと強い。

 このまま、ここにいれば死ねるだろうか。餓死という死に方があるのは知っている。ただそれが本当に可能なのかは分からない。花鳥家で幾度となく食事を抜かれてひもじい思いはしたけれど、死ぬことはなかった。それは、AGDによる通報を恐れた人々がそうなる前に食事を与えたからなのかもしれないのだけれど。

「――舞花様」

 小さく呟いた声は、耳に流れ込む。何の役にも立てないことは分かっていて。それでもどうしても降りられなくて。そうして、ただただ、会いたい。それは自分の、勝手な思い。

 自分の幸せなど要らないと思っていた。なのに、どうしても苦しくなる。どうして、と樹喜は膝を抱く。彼女たちにはこれから幸せが待っている。分かっているのに。どうしても、会いたい。そして――。

 不意に、船体が揺れた。

「――きゃあっ!」

「危なっ…みんな伏せて!」

 がちゃんがちゃんと、壁の奥で音がする。通常、宇宙船は宇宙までの道のりの各所に作ってある磁場に引き寄せられながら進んでいく。磁力で造られた道を、ただ進んでいくだけなのだ。故に、振動することはあり得ない。

(――何だ…?)

「いやああ!おねえちゃああんっっ」

「落ち着きなさい絢乃!姉さん、伏せて!」

 絢乃の泣き声と、恵琉の叫びが交差する。

 樹喜が立ち上がろうとした瞬間、だった。ごん、と低い音がして食料庫の棚が壁に幾度もぶつかる。

(駄目だ危な――)

 ぼん、ぼん、という音と共に水の入れ物が揺れて崩れる。がしゃがしゃと、保存食達が落ちてくる。

(お嬢様…)

 前に進まなくては、と夕べ開いた扉の方へ向かおうとするが、その先が棚や食料によって閉ざされていく。

 どん、と何かの衝撃を感じた。頭に何かが当たった、と思うと同時に目の前が真っ暗になる。自分の意志で瞳を閉じたのかどうかは、定かではない。

 数分ほど揺れたのだろうか。ようやく静かになり、樹喜は息を吐く。けれど目を開けても、そこには暗闇しか見えず、身体全体が酷く重たかった。頬に冷たい感触がして、どうやら水の入れ物が触れているのだと分かる。漏れてくる光に気づくと共に、ようやく身体がどうなっているか理解するに至った。どうやら樹喜は、俯せに倒れたらしい。顔のすぐ横には水の入れ物が押しつけられるようにあり、背の上には何か袋詰めされた米のようなものが乗っているらしかった。

 そして、そのまま意識を失いそうになったとき、だった。ばさり、という音と共に視界の半分以上を塞いでいた何かがどかされる。

「――樹喜!良かった…!大丈夫?」

「…あ…舞、花さま…」

 そこにいたのは、まるで夢のような。少女は顔いっぱいに笑顔を作る。

 舞花は、顔をあげて叫ぶ。

「姉様!樹喜が…樹喜がいるの!」

「――え?何?水は大丈夫?」

「違うの!樹喜が!」

「は?」

 声と共に足跡がして、そうして呆けた顔の恵琉が立っていた。

「――…え?何…で?」

「…樹喜…良かった…えっと…怪我はしていない…?」

「あの…舞花。怪我とかそういうのではなくて…あの…ね」

 恵琉は何度も瞬きをしながら、樹喜をまじまじと見る。

「――何で?」

 樹喜はどうしようもないまま、ただ、出来る限りの叩頭をした。そうして、背に米を乗せたまま言う。

「――申し訳御座いません!」


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