少女とチョコレート
叫ぶようにして、空になった香水の瓶を放り投げた。
何故だ、と。怒りとも悲しみとも知れぬ情動がただ疎ましく感じられ、そうするとまた、如何にもならず何にでもなく放とうとする。
かつて自分を美しく装飾したものは、今や跡形すら残してはいない。であるのにそれは、記憶にのみ深く刻まれ、さらに自分の手にする未来は、尚一層それを浮き彫りにするのだ。
自分の子供が、憎かった。未だ赤子であるけれども。
愛することが、分からないのだ。混在する感情は如何様にも意味を示すのだから、そうであること、愛するとはなどという問いの答えが欲しい訳ではないが。けれども、幾度も頭を抱え悶えども決してわずかな幸福にすら辿り着かず、開けた空間を赤子の泣き声のみが行き渡ろうとする様が、ただただ虚しく感じられ。
『愛はあるか』
それは、強く抱きしめども確認出来はしない。垂れ流された汚物が糸を引き、やがて干からび崩れ落ちるように、如何にもならない、けれどもそうとしかなれない運命を背負わされているだけなのだ。ならばいっそのこと、殺してしまえば良いのであろうかなどと、従おうとも存在せぬ術を、誰か教えてくれはしないか。
無くしたものは余りに残酷で、故に得たものが空疎に思われるから、だから如何にか取り繕うと、幾多にも貼り付け、核心の言葉すらも偽りであったかのように、さながら呪いのように。
思い出される。
少女であった頃、大好きなチョコレートを握り締め笑いながら丘の上まで駆けて行った。そこでチョコレートを食べようと思ったのだ。だが長く握り続けていたそれは、既に溶けてしまい、無くなっていた。幼かった頃の記憶にしては、かくも鮮明でありまた、悲しげであり。
私は、間違っていたのだ。決して愛を語りたい訳ではない。ただただ、愛が分からなかった。好きだからチョコレートを握り締めたのに、それ故に溶けて無くなってしまったのだ。愛が、分からない。私は、少女だったのだから。
作ってしまったから。高が知れた私の人生の隙間なんぞには、到底組み込めもしないなどということは、分かっていたのに。酔えども嘆けども、腹は膨れ上がるのに、あの頃の仲間を、如何にも忘れられず。
けれども、そう言っておきながら、作ってしまったのだ。直ぐには壊れそうにないのに。愛することなど、至極簡易な行為であると目を背けていたから。深くなど無い。極めて浅い。このままでは、再びチョコレートは溶けてしまうというのに。
子供を乗せた車が、坂を下って行く。途中のトンネルに入ると、そこでは多くの男女が愛を交わしていた。皆同じ風な表情を浮かべ、さながら動物がするそれのように、言葉は無く。そんな中に時折、跳ねられたのであろうか、血を流し横たわる女の姿があった。跳ねぬようにと、それらを避けつつトンネルを抜けた先、周りを取り囲む烏か何かに眼球を抉られ、そのまま穴へと落ちて行った。