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第3話

「ふー、いつ来てもここは涼しいけど、耳が痛い……」


 女の子は神社の境内へと続く石段をゆっくりと登っていた。山の中腹に建てられている神社であるが故に、周りの森からは蝉の鳴き声がひっきりなしに聞こえていた。その鳴き声に辟易しながら石段を登り切った女の子を出迎えたのは如月神社の神主である如月冬治(きさらぎとうじ)であった。


「おや、弥生(やよい)さんではありませんか。もう来られたのですね、感心感心」


 箒を持ったままうんうんと頷く神主に弥生は腰に手を当てて、唇を尖らせながら不満を口にする。


「急いでって言ったの、冬治さんじゃないですか、もう」


 ぷいと横を向き不貞腐れた様子を見せる。それに神主である冬治は苦笑しつつ宥めにかかった。


「いやいや、感謝しているんですよほんと。まさか絵美(えみ)さんが風邪でドタキャンになるとは思っていませんでしたから」


 絵美というのはこの日に来る予定であったバイトの女の子で、普段から元気溌剌な様子を見せていた。その印象から病気には無縁に思われていた。

 弥生も風邪というのを聞いた時、ついつい首を捻ったものであった。


「絵美が風邪なんて珍しいですよね。いつもにこにこして活発な感じでしたし、挨拶とかも元気いっぱいでしたし」

「電話で聞いた話ですが、どうもエアコンをつけたまま、おへそを出した状態で寝てしまったらしいです。毎日この暑さですから気持ちは分からないでもないですが、雇い主としては困った事態ですよ、ほんと」


 冬治は肩を竦めて少しだけ困った顔を見せる。

 神社の境内は山の中腹にあることから住宅街と比べると涼しくはあるものの、陽が当たる境内では立っているだけでもじっとりと汗ばんでくるほどには暑い。この境内でさえそうなのであるから街中ではより一層暑さが酷いのは想像に難くない。それ故に弥生も絵美の気持ちが分かったが、流石に迷惑をかけるのはどうかという思いがあった。


「まあ、絵美さんについては自業自得ですので放っておきましょう。それでですね、今日弥生さんにしてもらいたいのは土蔵整理なのです」

「土蔵整理、ですか?」

「ええ、毎年この神社では祭りの時に巫女神楽を奉納しているのは知っていますか?」


 祭りでの神楽という言葉から去年のことを思い出す。

 神主である冬治が朗々と笛を奏でている中で、二人の巫女(冬治の妻と娘)が鈴を鳴らしながら踊る。しゃんしゃんと透き通るような鈴の音とどこか神秘的な感じのする笛の音、それらと見事に合わさった流麗な舞いを見聞きして、うっとりしたのは記憶に新しい。


「はい、確か冬治さんが笛を鳴らして、奥さんと(りょう)ちゃんが踊ってたあれですよね。去年初めて見ました」

「はい、そうですが……。見ていましたか、いやはやお恥ずかしい限りで」


 照れて頬をぽりぽりと掻く冬治に弥生はくすくすと笑う。


「えーっとですね、その神楽に使う道具類が土蔵に片付けてあるのですが、きちんと片付けてなかったせいで何処にしまったのか分からなくなってしまったのですよ」


 あははとあっけらかんとして言う冬治に、弥生はここの神社は大丈夫なのかという思いを持った。が、幸いにして顔に出ることはなかった。そんな弥生の疑いに気付くことなく冬治が続ける。


「それで、それを探すのが今日の整理の目的です。見つかったら西瓜を御馳走しますから頑張ってください」


 にっこりと笑う冬治に苦笑しながら引き受ける旨を伝え、母屋の方に向かう。そして、母屋には寄らずにそのまま土蔵の方へと向かう。すると普段着姿の冬治の妻の久美(くみ)と、その娘である涼子(りょうこ)が丁度土蔵から出てきたところであった。


「あ、弥生おねーちゃーーーん」


 涼子が近付いてくる弥生に気付き、手をぶんぶんと振りながら大声で呼びかける。今年で15歳となる涼子の幼い行動に久美は頭の痛い思いをしていた。

 久美はまだ33歳と若く冬治との熱愛っぷりが玉に(きず)であるが、御近所でも特に親父たちのアイドルとなるくらいに美人である。その娘の涼子も年齢より若干幼さを残しているものの、充分美少女の名を冠するのに恥じない顔作りであった。二人とも卵型の顔つきで、目はぱっちりしており、唇も小さめで且つしっとりとしている。

 しかし、纏う雰囲気は対照的であった。久美のほうは落ち着いた清楚な感じふんわりとしたものがある。それに対し、娘の涼子のほうは元気が有り余っているかのように溌剌として活発な印象を与えていた。


「こんにちは。応援に来ました」

「はい、こんにちは。今日は休みだったのにごめんなさいね。うちの人から説明は聞いたのかしら?」


 ゆったりと喋るため、おっとりとした印象さえ受けてしまいそうな挨拶であったが、弥生は慣れているため特に何の感慨も浮かばずに頷く。


「はい、土蔵整理らしいですね」

「そうなのよ。あの人ったら去年のことなのにもう忘れてしまっていて……」


 頬に手を当てて困ったという体で答える久美。そこに涼子が二人の会話に割って入る。


「お母さん、もうすぐお客さんが来るんじゃなかったの? こっちは弥生おねーちゃんと一緒に探しておくから戻った方がいいよ」

「あら、もうそんな時間? 弥生さん、涼子の言う通りお客様がいらっしゃるから二人でやってもらう事になるのだけど、構わないかしら?」


 至極申し訳なさそうに問いかける久美に弥生はその盛り上がりに欠ける胸をどんと叩いて請け合う。


「任せてください。二人できちんと探しあててみますから」

「そう? それじゃお願いね。涼子、きちんと弥生さんの言う事を聞くのよ。奥は絶対入ったら駄目ですからね」

「はーい」


 久美は弥生に頭を下げた後、涼子に軽く注意してから母屋の中へと入っていった。弥生と涼子はそれを見届けると、さっそく倉庫の中へと入ってみることにした。


「うわぁ、結構ひんやりしているんだね」


 倉庫の中は弥生が思っていたよりもひんやりとしていた。またとても静かで、外では煩いほどの蝉の声も微かに聞こえてくる程度であった。


「土蔵だもんね。涼しいんだけど暗いのはちょっと、ね」


 弥生の呟きに涼子が答える。確かに涼子が言うように暗かった。蔵の中に電燈はなく、明かり採り用の窓からの陽光だけで視界を確保していた。それ故に、土蔵内は常に薄暗い状態となっていた。しかし、そんな土蔵であったが逆に興味をくすぐられた弥生は目を輝かして涼子をせっつく。


「さ、涼ちゃん。何を探せばいいのかな?」

「えーっと。去年使った鈴だけど、弥生おねーちゃん形知ってたりする?」


 これくらいと両手で大きさを示しながら言う涼子に頷きを返す。


「うん、去年の見てたから知ってるよ。涼ちゃんバシッて決めててかっこよかったよ」

「え、そう? あはは、弥生おねーちゃん見てたんだ。なんだか恥ずかしいな」


 涼子は照れながらも土蔵の中に積まれている箱を丁寧に降ろしていく。そして、蓋を開けては閉めるという作業を繰り返していた。それを見ていた弥生も涼子同様に積まれている箱を降ろしては開けて、中身を確かめると閉めるという作業に取り掛かった。

 そうして入口付近にある箱を大概開けた二人はげんなりした顔でへたり込んだ。


「全然ないね」

「うん……、お父さんたら何処に片付けちゃったんだろ」


 既に探し始めてから2時間は経過しており、さすがの涼子も元気に陰りが見えていた。


「奥の方も探すしかないかな?」

「でもでも、お母さんから奥に入っちゃ駄目って言われてるし」


 うーん、と額を突き合わせて考え込む二人。その時、蔵の奥からガタっと音が聞こえてきた。二人はその音に驚き、思わず蔵の奥を凝視する。しかし、奥の方は採光用の窓もなく、ほぼ真っ暗で全くと言っていいほどに何も見えなかった。


「ね、ねえ、涼ちゃん」

「な、何? 弥生おねーちゃん」


 二人は夏だというのにひんやりとしている土蔵の中で冷や汗が垂らす。


「ここの神社ってお化けとかって出るの?」

「ははは、嫌だなー。仮にも神様がいる所なんだからお化けなんて――」


 そこまで言ったところで再度ガタっと音が鳴る。その瞬間二人の体はびくりと震え、思わず抱き合ってしまう。


「おねーちゃん、どうしよう」


 涼子が涙声で聞く。涼子はお化けや幽霊といったオカルトチックなものが大の苦手で作り物のお化け屋敷でさえすぐに気絶してしまうほどであった。それを久美から聞いて知っている弥生は涼子の頭を撫でて何とか落ち着かせようとした。


「きっと、鼠か何かが入り込んだのよ。ほらここって山の中にあるから野生の動物だっていっぱいいるじゃない」


 弥生の言葉と撫でられている感触に涼子の体の震えは次第に収まっていった。しかし、その目に浮かぶ恐怖は未だに拭いきれていなかった。それを示すように、まだひしっと弥生の体を抱きしめたままである。


「おねーちゃーん」

「情けない声を出さないの。もう、そんなに怖いなら実際に見てきてあげるわよ」


 無理矢理涼子をひっぺがして奥へ向かおうとする弥生。その手を涼子がはしっと掴む。


「お母さんが駄目って言ってたんだし、一旦戻ろうよ」

「そんなこと言って……、どうせ、鈴を探すためにすぐに戻って来ないといけないんだよ?」

「うう」


 奥に行くのは怖い。かといって入口であってもこのまま一人でいるのも怖い。二つの相反する恐怖に涼子は苛まれるが、結局そのまま奥へと行こうとする弥生に引き摺られるようにして付いていくこととなった。


「うーん、暗いなぁ。あ、そうだ携帯の明かりを使おう」


 片手を涼子が絶対放さないと言いたげに胸に抱きこんでいるため、もう片方の手をポケットに突っ込み、スマートフォンを取り出す。そしてライト機能をオンにして辺りを照らしてみた。


「うわぁ、奥にあるのって全部埃被ってる。これは絶対とは言わないけど鈴なんてないね。……ん?」


 ふと気になった物に手を伸ばす。涼子は目を力いっぱい瞑っているためそれに気付くことはなかった。


「なんだろう、これ?」


 弥生が手にしたのは古ぼけた一枚の鏡であった。鏡面も埃を被り、光を反射することことが無かったために何であるかが分からなかったのである。


「ちょ、ちょっと、弥生おねーちゃん。もしかして勝手に何か取り出したの?」

「人聞きの悪いことを言わない。落ちてただけよ。ふーむ、鏡かな?」


 焦った様子で尋ねる涼子に、弥生は落ちていた事を強調した上で物を拾ったことを申告する。その申告を聞いた涼子は幽霊への恐怖よりも拾われた物への興味が勝り弥生が持っている物へと手を伸ばした。


「なんだろう、これ……」


 涼子がそう言いながらそれを触った瞬間、鏡面から眩い光が土蔵の中をその光で染め上げるようにあふれ出てくる。突然の出来事に二人は呆気に取られ手の中に収まっている物をまじまじと見つめた。すると何処からともなく中性的な声が聞こえてきた。


『契約者を確認。彼の世界への扉、今開かれん』


 それと同時に涼子の頭の上に次元の穴が開く。それは涼子の体を吸い込もうとするかのようにゆっくりと降りてきていた。

 涼子はその不可思議な現象に体が竦み上がり、逃げることは叶わなかった。そして、涼子は成す術もなく次元の穴に吸い込まれてしまうのであった。その際、すぐ傍にいた弥生も巻き添えにして……。

 その後、弥生と涼子を吸い込むのと同時に次元の穴は地面に到達し、ふっと掻き消えてしまう。鏡は次元の穴に吸い込まれずに中空に浮かんでいたが、次元の穴が消えるのと同時に落下、地面に落ちた際にはガランと金属質な音を立てた。鏡面から出ていた光も徐々に薄れていき、数分後には土蔵はいつもと同じ薄暗さを取り戻していた。




 その後、弥生と涼子の姿が見えず、弥生の両親と如月夫妻は警察に相談。その結果、二人は家出扱いで捜索願が出されることとなった。

読んで下さりありがとうございます

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