第28話
遅くなりました
決闘の翌日。彰一はいつもと変わらずに朝の鍛練を行い、部屋で寝ている愛理を起こしてから食堂へと向かう。行き掛けに部屋で魔力制御の訓練と神術の鍛練をしていた真衣と涼子も誘う。
一同が食堂に着くと菜月が近寄ってきた。彼女は今日は宿の制服である着物と割烹着をつけていた。
「はい、いらっしゃい。あっちの卓座が空いているわよちなみに今日は魚で活きの良いのが入ったからお勧めよ」
「そうか。なら今日はそのお勧めに従おう。焼き魚の方で頼む。二人前だ」
「あ、あたしもお願い、菜月さん」
「私も。あ、でも魚は小振りので良いから」
「はいはい。真衣は小振りっと。それじゃ待っててね」
彰一がお勧めに従い、二人前(愛理の分を含む)を頼むと、便乗して真衣と涼子も同じのを頼んだ。それにクスッと笑いながら菜月は「お母さーん。焼き魚四つ」と声をあげながら厨房へと向かっていった。
彰一達は菜月の示した卓座に座ると他愛ない雑談をしながら料理が来るのを待った。ある時、真衣がポツリと呟いた。
「五十嵐さんいないですね」
その言葉に涼子も周りをキョロキョロと見回して、その姿が見られないことに同意した。
「あ、ほんとだ。でも仕方ないんじゃないかな。負けた直後なんだし」
「うん、まあそうなんだけど、ね。なんというか放っておけないというかなんというか」
ゴニョゴニョと口ごもる真衣に彰一が話しかけた。
「こういうことは本人が乗り切らないと駄目だ」
真衣はシュンとする。が、彰一はそこで言葉を終わらせることなく続きを口にした。
「だが、周りの気遣いというのは何時でも有り難いものだ。時間があれば部屋を訪ねれば良いさ」
真衣は顔を明るくして「はい」と頷いた。丁度そこに料理をお盆にのせた菜月がやって来る。
「はい、お待ち。部屋を訪ねるにしても先ずはうちの美味しい料理を堪能してからにしてね」
ニッコリ微笑みながら料理を配膳する菜月。それもそうだと一同は脂ののった魚料理に舌鼓を打ち食事を堪能するのであった。
昼時、彰一は真衣、涼子、菜月とともに冒険者協会に来ていた。目的は真衣と涼子、二人の登録である。
協会の建物は周りの建物よりも一回りも二回りも大きく、来るものを威圧するかのような雰囲気があった。
「うわ、大きい」
「なんだか市役所を思い出しますね」
もっとも現代日本でより大きな建物を見てきた真衣達にはあまり驚いた様子は見られなかった。その事に彰一は内心驚き感心していた。
「普通はこの建物を見た者は驚くばかりなんだが、あまり驚いてないみたいだな」
「そうそう、貴女達どんなところで暮らしていたのよ」
菜月も同意し、次いで問われた内容については真衣と涼子は互いに困った笑みを見せた。
「それは」
「えっとね、秘密なの」
そして、こう答えられたことで菜月は勝手に二人が領主か、それに値する地位にいる者ではないかと推測した。推測したからこそ彰一が一緒にいることに納得し、追求することを諦めた。
「なら仕方ないわね。教えてもらえるときを待つとするわ」
肩を竦めてから協会の建物の中へと入っていく。菜月の反応が意外だった涼子はポカンと口を開け、真衣も苦笑してしまう。そこに、彰一から声が掛けられた。
「ほら、いつまでも立っていないで中に入るぞ」
「あ、はい」
「あう、待ってよ~」
先を歩く彰一の背を追いかけ二人は玄関の扉をくぐった。
「うわ、広い」
「天井たかーい」
玄関は広く、天井は建物の高さまで吹き抜けになっていた。正面には受付が数多く設けられている。また、それぞれの受付の間には仕切りが置かれていて、真衣はますます市役所のイメージを強くした。
左を向くとそちらには大きな掲示板があり、その前には冒険者然とした者が何人かたむろしている。
反対側の右手には休憩所らしく、椅子と円卓がそれなりに置かれ、割烹着姿の女性達がその間をちょこまかと動いている。
「登録はあっちよ。早く行きましょ」
玄関でお上りさんよろしく、辺りを見回していた二人を先に入って待っていた菜月が急かす。その声で二人は目的を思いだしそそくさと菜月についていった。それに彰一も黙って続く。
「あら? 菜月どうしたの? こっちは登録所よ。依頼受付はあっちあっち」
菜月達が近付いてきているのに気付いた受付の女性が小馬鹿にするように指差した。菜月はそれに青筋を立てることなく、手慣れた感じであしらった。
「はいはい。知ってるわよ。今日は新規登録の若手を連れてきたの」
「なぁんだ。それならそうと早く言ってよ」
「言う前にボケたのは貴女でしょう、まったく……」
二人は気安い会話の応酬を繰り広げていた。それは誰であっても二人の仲は良好であることが見てとれる光景だった。
「で、そっちにいる三人がその若手の人達? なんだか一人若手と言うには厳しそうな人もいるけど?」
その言葉に菜月は顔を赤くするのではなく、青くしてすぐさま訂正した。
「あの人は違うわよ。失礼なこと言ってると厳罰を食らうわよ」
「えー? あたしは誰とは具体的には言ってないんだけどなあ。もしかして菜月さんは誰のことかすぐに分かったのかしら?」
にまにまと人を食った顔でとぼける受付の女性。言われた菜月の方は慌てて否定した。
「そそそ、そんな訳ないでしょうが。何時までも惚けたことを言っているといい加減に怒るわよ」
「くすくす。ごめんねー」
軽く謝る受付の女性にこれ見よがしにため息をついた菜月は、彰一達に女性の紹介を始めた。
「彰一さん、真衣、涼子。こっちが──」
「はい。協会の売れっ子看板娘の柏田奈瑞菜です。気軽になっちゃんと呼んでね~」
しかし、その菜月の台詞は横から奈瑞菜にかっさらわれる。受付に抜擢されていることから分かるように彼女は愛嬌に溢れている。この時も菜月は怒るでもなく少し肩を竦めただけで済ました。
「弥生真衣です。どうぞ真衣と呼んでください。奈瑞菜さん」
「はいはい。如月涼子です。よろしく奈瑞菜さん」
真衣は礼儀正しく、涼子は手を挙げて元気よく名乗り、お互いによろしくと友好を交わす。奈瑞菜は菜月以外の同年代の冒険者が増えることを純粋に喜んだ。
「俺は睦月彰一。こっちも気軽に彰一と呼んでくれて構わない」
そして、頃合いを見計らい彰一も名乗り手を差し出した。しかし、この時の奈瑞菜の反応は今までとは違っていた。
目を見開き、顔を硬直させる。そう思っていると急にあたふたと慌てだして髪や服を弄りだす。更にはその現状を彰一が見ていたことに気付くと顔を真っ赤にして菜月に泣きついた。
「ふぇ~~~~ん。菜月~~~~」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ?」
「だだだだってだって、あの睦月彰一さんなのよ。なんで今日来るってちゃんと言ってくれなかったのよ~~~~」
彰一は差し出した手をそのままに困惑顔で菜月を見た。菜月も何が何だか分からず困り果てて泣きついてきている奈瑞菜を宥めた。
「ほ、ほら。落ち着いて、ね? ね?」
「うぅ~~~~」
「で、一体どうしたっていうのよ?」
菜月が幾分か落ち着いた感のある奈瑞菜に尋ねる。奈瑞菜はその問いかけに対して恥ずかしそうにしていたが、じっと菜月が睨むと観念して蚊の鳴く声で答えた。
「だって睦月彰一だよ。街の英雄のあの睦月彰一だよ。こんなところで会えるなんて思ってなかったよう。うぅぅこんなことならもっと良い服着てくるんだった」
奈瑞菜の言葉に彰一達は顔を見合わせ、次いで笑い合うのであった。
その後、落ち着きを取り戻した奈瑞菜に頼み、登録を開始した。
「それじゃあこっちの紙に名前、住所を書いてね。住所は宿の名前とかでもいいけど、何かあったらお迎えを送る所だから宿を変える場合はなるべく申請してね。あ、もし文字が書けないなら言ってね。代筆するから」
「もしかして、文字を知らない人は多いの?」
代筆するという言葉を当たり前のように言う奈瑞菜の態度から真衣はそう推察した。そして、この問いかけに奈瑞菜は首を縦に振る。
「そうだよ。この街は商業が盛んだから読める人は多い方だけど、農村とかだと村に一人とかそれくらいしかいないの。
あ、冒険者の人には読み書きの訓練があるから強制的に読めるようにしているから安心してね」
現代日本は義務教育のお陰で識字率はほぼ百パーセントという話を聞いたことを思い出した真衣であったが、それでも意外な感は拭えなかった。まだ高校生の涼子に至っては目を真ん丸に見開いて驚きを分かりやすいほどに表していた。
「で、書ける書けないどっちかな?」
しかし、奈瑞菜の答えの催促に気を取り直した真衣はばつの悪そうな顔になって答えた。
「ごめんなさい。書けません」
「弥生おねーちゃんに同じ」
真衣に続いて涼子も答える。奈瑞菜は二人の答えに気を悪くすることなく、にっこり笑うと書く体勢を取った。
「じゃあ、真衣さんからね。確認のためにも名前をもう一度教えて」
この後、真衣の登録用紙への記入は滞りなく済み、奈瑞菜は続いて涼子のも終わらせる。登録場所は現在宿泊している「雅」と記入された。
「あ、推薦者は彰一さんで良いですか?」
「推薦者?」
そう奈瑞菜が問いかけると、不思議そうな顔をする真衣と涼子。しかし、その疑問に答える者はいなかった。奈瑞菜は「しばらく待っててね、すぐ戻ってくるから」と言葉を残して用紙を手に受付の奥へと去っていき、彰一も依頼が張られている掲示板の方へと歩いていった。
残されたのは真衣と涼子と菜月。自然と菜月に二人の視線が集まった。
「菜月……」
「菜月さん……」
更にれんびんを誘う声を出された菜月はため息を一つ、すぐに説明を始めた。
「推薦者というのはね冒険者になるための後見人みたいなものよ。つまり推薦者が登録希望者の力量を認めることでやっと協会に登録できるの」
「なんでそんな面倒臭いことしてるの?」
説明を聞いた涼子がよく分からないと言いたげに疑問を口にする。真衣も口には出していなかったが同じ気持ちであった。
推薦者がいることで登録できる。この決まりは言いかえれば推薦者を得られなければ冒険者協会に登録する事が出来ないということである。そのような決まりでは人数がろくに集まる事がないのではと二人は考えた。
「あたしも母さんから聞いた話なんだけど、昔は推薦者登録なんて決まりはなかったみたい。だからなりたい人がどんどん集まってきたんだって」
「それがどういう理由で推薦制になったのかな?」
うーん、と悩む涼子。
「集まったのはいいけど殆どの人が簡単な討伐依頼とかで命を落としたのよ。で、結果として依頼の達成率が悪かったそうなの。その後色々と揉めたらしいのだけど、何はともあれ今の形に落ち着いたらしいわ」
そこまで菜月が説明したところで奈瑞菜が戻ってきた。その手には二枚の小さな金属板があった。
「お待たせ。……あれ? 彰一さんは?」
「あっちで依頼見てるわ」
菜月が掲示板の方を指差す。それに少し残念そうな顔を見せるも、すぐに真衣達への説明に入った。
「これが二人の登録証よ。無くしたら再発行にお金が掛かるから気を付けてね。はい」
手渡された登録証である金属板にはそれぞれの名前と階級が記されていた。階級は登録したてのために最下位である8級である。
「もしかしたらもう聞いているかもしれないけれど説明するね。まず階級は受諾することができる依頼の限界を示しているの。貴女達二人は8級だから依頼書に8と書かれている物しか駄目ということね」
大人しく聞いている二人、特に真衣はネット小説みたいと変な感心をしていた。それに気付く筈もなく奈瑞菜は説明を続ける。
「で、規定数の依頼を達成できたら昇級試験が受けられるの。これに合格すれば無事に昇級よ。
罰則については依頼破棄と期間外達成で設けられているわ。依頼破棄については受諾後の破棄で特例を除いて必ず違約金が発生するから気を付けてね。それと期間外達成、つまり期限が設けられている依頼でその期限を越えてしまうとこれもまた違約金が発生するわ。他にも報酬が支払われない可能性もあるの期限については依頼書に書かれているからよく確認してね。あとは……」
その後、幾つかの注意事項が挙げられた。それらの内容を聞き終えた二人は了承の意を返し、登録の礼を述べた。
「あはは。良いって良いって。それより彰一さん普段はどんなことを────」
「はいはい、用は済んだことだし、向こうに戻るわよ。彰一が待っているわ」
「あああ、菜月ひどい……」
捨てられた子犬のように目をうるうるとさせる奈瑞菜。しかし、菜月はそれに取り合うことなく真衣と涼子の手を引いてその場を後にした。
菜月に連れられてその場を離れた真衣が気になって後ろを振り返る。そこには真衣の予想に反してぷくっと頬を膨らませただけの奈瑞菜がいた。真衣がそれに驚いていると菜月が前を向いたまま答えた。
「あの子すぐに泣きついたりするけど嘘泣きだから気にしなくて大丈夫よ。それよりほら、彰一が依頼書を手にして待っているわ」
菜月の言う通り彰一は一枚の依頼書を手に真衣達の方を見ていた。三人が彰一に近付くと、持っていた依頼書が差し出された。
「取り敢えずこれを受けてもらう」
差し出された依頼書の数字は6。8級である二人には受諾することができない依頼であった。
「俺もついて行くからな」
それだけで受諾できるのかな? と真衣と涼子が考えていると、菜月が説明不足を補った。
「推薦者が付いていくと二つ上の階級まで受けられるのよ。推薦者になれるのは2級の人からだしね。要は上級者を下位の依頼に回せるから特例措置みたいなものよ」
なるほどと納得した二人が依頼書を持って受付へと歩いていく。事前に話が通してあったために職員にごねられることなく受理されていた。
「それで、今回の依頼って何なのよ?」
「ある村まで物資を届けることだな」
また遠出か、と付いていく気満々の菜月であった。
読んで下さりありがとうございます。
なるべくスピードアップできるよう頑張ります。




