表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

第27話

「決闘、と言ったのか?」

「はい、決闘です」


 間髪入れないさつきの頷きに眉を寄せる彰一。さつきの真剣な様子から冗談の類いではないと分かる。二人の間に緊迫した雰囲気が漂う。真衣や涼子がはらはらと二人を交互に見つめ、決闘という言葉を聞いた野次馬達は興味津々に聞き耳をたてていた。


「断る」


 騒がしいながらも若干静かになった食堂に、その結論は良く響いた。真衣や涼子はほっと胸を撫で下ろしたが、逆に不満を露にした者もいた。


「何故ですか!? 話は聞くと──」

「聞いただろう。その上で出した結論が『断る』というだけだ」


 さつきの言葉を遮るかのように彰一は言葉を被せる。それに一瞬詰まったものの、彼女は引き下がらなかった。


「では何故なのか、理由を教えてもらえませんか? ただ断ると言われても納得できません」


 じっと彰一を見つめる顔には鬼気迫るものがあった。さらには腰を浮かせ、手は腰に佩いている刀へと伸びている。理由が気に食わなければ切り捨てると言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

 対する彰一の方はさつきの癇に障るほど平然とした態度を取っており、彼女の態度を咎めることはなかった。ただ真っ直ぐにさつきの目を見つめている。

 一触即発の雰囲気が続き、野次馬を含めて誰もが息を呑んで事態の推移を注視している。その注目の中、彰一が理由を答えた。


「する価値がない。ただそれだけだ」

「っ!!」


 さつきはその答えに激昂し、心の赴くがままに動いていた。一瞬で抜刀し、彰一の首が切り飛ばす。

彼女はその光景を脳裏に浮かべ、暗い愉悦の笑みを浮かべる。

 だが、現実はその通りにはならなかった。


「やはり、この程度ではする価値はないな」

「くっ」


 彰一が小さく呟き、その内容にさつきが呻く。今まさに刀を抜かんとした彼女の手は、彰一の手によって押さえつけられていた。

 両者の、特に彰一の速さに誰もが驚いていた。唯一、店主のねねだけが当然と頷いていた。

 押さえつけられた状態のままさつきは叫んでいた。


「しかし……しかし、それでもお願いしたいのです!」

「分からんな。結果の見える決闘など恥さらしだぞ? それにその決闘を受けることにどういう利益が俺にあるというのだ? 大体俺よりも強い奴はたくさんいるだろう。そちらを当たれ」

「そ、それは……」


 言葉に詰まるさつきであったが、それでも尚、諦めきれずに必死の形相で睨みつける。その様子にはぁ、とため息を吐く彰一にねねが話しかけた。


「諦めて決闘してやりな。この子はあんたらが特訓に行っている間にやって来て大体の有力者にお願いしているんだよ。で、全部断られて残ってるのはあんたしかいないと。なに、あんたの腕前ならお互い無事に終わらせることだってできるだろう?」

「それはそうだが……」

「それに受けてあげないとその子はあんたにずっと付きまといそうだよ?」


 その言葉に視線をさつきへと向ける。彼女は明らかに絶対引き受けてもらいますという闘志をその瞳に宿していた。

 実際に彼女は決闘を挑んだ相手達に期間の違いはあれど付きまとう行為(ストーキング)を行っていた。結果、依頼を受けたり街から遠出をしたりして全員いなくなってしまっていた。そこに遠出から戻ってきたのが彰一なのであった。

 むぅ、と唸る彰一に思わぬところから援護射撃が飛んでくる。


「あの、彰一さん。受けてあげるのは駄目ですか?」

「うんうん。五十嵐さんにずっと付いてこられても困るし、毎回食事とかがこんな雰囲気になっちゃうと食べにくいよ」


 尤も、その援護射撃はさつきにとってのものだったが。さつきは二人の後押しに感謝し、彰一は苦虫を噛み潰した顔になっていたが、やがて諦めたように頷いた。


「ねねさんや真衣達がそう言うなら仕方がない。決闘の申し出を受けよう」

「本当ですか!?」

「ただし、日時はこちらから指定させてもらう」


 顔を輝かせるさつきと、わあと盛り上がる野次馬達。その盛り上がりとは対照的に少しだけむっつりしていた彰一に、横に座っていた彼の愛娘が純粋な瞳を以て告げた。


「お父ちゃま、がんばってね」


 純粋な願いには流石の彰一も頷くより他はない。優しい笑みを浮かべて愛理の頭を撫でるのであった。






 決闘当日。街の一角にある鍛練場の真ん中に3人、壁際に幾人かの姿があった。

 真ん中にいる3人の内、2人は互いに刀を抜刀した状態で約5間(1間=約1.8メートル)ほど離れて向かい合っていた。その間に立っていたねねが声をかける。


「では仕合を始めるよ。決着はどちらかが戦闘不能もしくは死亡、あるいはそれに準じた状態となった場合、それと降参した場合のみとする。立会人はこのあたし、ねねが務めるよ。両者異論はないね?」

「ああ」

「ええ」


 向き合っている2人が承諾したのを確認したねねは、壁際まで下がると合図を送った。


「それでは始め!!」


 最初に動いたのはさつき。一気に彰一へと詰め寄り、前傾姿勢のまま刀を振り上げる。


「はあ!!」


 そのまま気迫を乗せ、勢いに任せて振り下ろす。一連の動きはさながら風のように疾く早く、必殺の名を冠するに相応しいものだった。しかし、彰一は動揺することなく対応する。


「甘い」


 スッと半歩横にずれながら前進することで避けた彰一は、そのままさつきに足払いをかける。

 技に自信のあったさつきは急に目の前から消えた相手に戸惑う。しかし、彰一が横にずれたことに気付き、すぐに振り向いた。が、足払いにまで注意が行かず、まんまと引っ掛かった。


「きゃあ!」


 そのまま地面に転がったさつきは嫌な予感に駆られる。その予感に突き動かされるがままに転がった。すると、ぶおん、と風の音を立てて足が頭の横を通過する。彰一が間髪を置かずに蹴りを放っていたのだった。

 さつきはゾッとすると同時に毛穴からぶわっと汗が吹き出るような感覚にとらわれる。もし、あそこで転がらなかったら頭は西瓜のように赤い実を破裂させていただろう。容赦のない彰一の攻撃であった。

 さつきは相手から離れるために、そのままごろごろと転がった。そして、ある程度で転がるのを止め、立ち上がると後方へと飛び下がり更に距離を取る。

 彰一はそれを追わずに、自然体ではあるが油断なく気を尖らせたまま見送った。

 両者の距離は始まりと同様に5間。奇しくも仕切り直しとなった。





 その一部始終を壁際で見ていた者達は両者の距離が離れたことでほっと一息ついていた。


「ふはー……真剣を使ってるから心臓に悪いよ」

「そうね。やってあげては、とは言ったけれどまさか真剣だったなんて」


 涼子が止めていた息を吐いて少し青い顔で言う。それに同意した真衣も顔色が少し悪い。

 これに対して盛り上がっていたのは旅館「雅」の従業員達だった。


「いやー、あの嬢ちゃんもやるねえ。方々に申し込んでいただけあるわ」

「ふん、あの程度では彰一さんには勝てないわよ」

「お、菜月も分かってるじゃないか。成長したな」

「あ、当たり前でしょ」


 晃介の言葉に菜月は顔を赤くしてそっぽを向いた。単純にやり取りだけを見て言った台詞であっただけに恥ずかしかった。


「ほらほら、また動くよ。菜月は良く見ておくんだよ」


 ねねの言葉に菜月は反射的に彰一達へと顔を戻していた。その他の真衣や涼子、晃介も同様に彰一達へ顔を向けその行く末を黙って見守った。


「お父ちゃま、がんばれ」


 唯一人、愛理だけは父へ小さな声援を送っていた。



「来ないのならこちらから行くぞ」


 自分に対して隙を窺っていたさつきに彰一はそう宣言し、歩を進める。ゆっくりと一歩一歩優雅とも言える歩きでさつきへと向かっていく。

 行くと言っておきながら悠長に歩いてくる彰一に虚を突かれた彼女は動くに動けなかった。


「いつまで呆けているんだ?」


 その馬鹿にするような言い様にかっと頭に血が上ったさつきは烈拍の気合いを乗せて斬りかかる。


「ハアァァァァァァァア!!!!」


 今度は横薙ぎに繰り出す。しかし、彰一は進むのを止め、ほんの一歩後ろに下がることで避ける。そうして進行を足止めされた彰一に再度刀が襲いかかった。


「避けられることは承知していました!」


 さつきが叫びながら刀を切り返していたのである。しかし、それも彰一は一歩下がって避ける。


「そうやって避けるだけですか!?」


 それを追うように続けて切り返しを放っていく。しかし、それら全て、彰一は後方に下がることで避けていく。


「くっ! 馬鹿に、馬鹿にしないでください!!」


 顔を真っ赤にさせ、息を切らしながらも刀を振るう。だがその斬撃は初めに放った斬撃よりも大振りで、鋭さもよっぽど鈍くなっていた。そのような斬撃で彰一を捉えられるはずもなく、空を切っていくばかりであった。





 一連の動きを見ていたねねがポツリと呟いた。


「また彰一のやつはえげつない戦略に出たもんだね」


 その声は多分に同情の色を孕んでおり、たまたま聞こえていた涼子が不思議に思い、尋ねた。


「えげつないってどういうことなの?」


 その問いかけに答えたのはねねではなく、晃介であった。


「そりゃ、刀で打ち合うことをせず、攻撃も加えない。さらには最小限の動きだけで避けていく。これだけされたら実力差を嫌というほど見せつけられていることになるわな。

 あの子も実力はあるだろうが、だからこそ屈辱だろう。そういう意味で、えげつない、さ」

「彰一さんは何でそんなことを……」

「多分諦めさせるためじゃないか? 元々乗り気じゃなかったとはいえ、相手は女性だし何より美人だしな。怪我をさせちゃ大変だ」


 その言葉にその場にいた女性陣がピクリと反応する。それに気付いたねねは、彰一に見え隠れする女難の相に同情した。




(当たらない! 何で、何で当たらないの!?)


 繰り出す斬撃を全てかわされ続けているさつきは決闘の目的も何もかもを忘れ、ただがむしゃらに尚も刀を降り続ける。上段からの袈裟斬り、下段からの逆袈裟、他にも突きや体術も混ぜ合わせて攻め続けるが全て駄目。


 彼女は持って生まれた剣に対する天錻の才に慢心せず、ひたすらに剣を振ってきた。元々剣術が好きであったさつきは、すぐに道場で才能を開花させた。しかし容姿も整っていたが故に剣術小町と揶揄され、剣の腕ではなく容姿ばかりが褒められた。彼女は叫んだ。


「見た目だけじゃない。本当のあたしを見て!」


 それでも見てもらえない、認めてもらえない。男は剣の腕ではなく容姿を目的に近寄る者ばかり。いつしか彼女は何も言わなくなった。ただ黙々と剣を振るのみ。親から止められても鍛練をしない日はなかった。そうして今では村で彼女に敵う相手は誰もいなかった。


(負けられない! あたしの日々を馬鹿にしたこの男なんかに!!)


 価値がない。そう言いきった男は自分を否定する。積み上げてきたものが消えてなくなる。自身に襲いかかる不安をなくすためには目の前の男を切り捨てるしかない、と強迫観念のような思いに駆られる。

 だが、現実として目の前の男には一切が通じない。どんなに奇をてらっても引っ掛からない。どんなに虚を突いても動揺しない。たかが擦り傷すら与えられない。


「はぁ、はぁ」


 始まってもう10分は経っている。その間振り続けたがために腕に力は入らず、最初の頃のような切れは見る影もない。それでも彼女は震える手を叱咤し、一撃を加えんと彰一目掛けて振り下ろした。


「もう無理だろう」


 その声に続くようにガキンと硬質な音がさつきの耳に届く。何の音か分からず、混乱しているさつきは相手が初めて刀を切り払っていることに気付いた。そして、手に違和感を覚えた。


(軽い?)


 相手が残心を取ったままであることを良いことに自身の手を見やる。そこにはあるはずの物がなかった。


(え? 何故、何故? どうして刀がないの?)


 混乱しているさつきに彰一は足払いを仕掛ける。簡単に転がった彼女にスッと刀を首元に当てた。


「あ……」

「そこまで、勝負あり」


 さつきの呟きは遠くから聞こえてきたねねの制止の声に掻き消された。

 彰一は声と同時に刀を引き、そのまま血払いして鞘へと納めた。

 急いで近寄ってきたねねは、未だ転がったままのさつきへと声をかけた。


「ほら、大丈夫かい? 立てるようならあそこに落ちている相棒を拾いに行ったげな」


 ねねが指差したところには刀が転がっていた。言われるがままにふらふらと立ち上がり回収するさつき。

 しかし、刀を手にしたところで、その場にへたりこんだ。そのまま鞘に納めることすらせず、泣きそうな声て呟いた。


「あは、は、負けちゃったよ。完璧に負けちゃった」


 勝者である彰一は何も言わずに彼女の様子を眺めていた。しかし、すぐに振り返り、近寄ってきていた愛理達の元へと向かった。


「お父ちゃま、すごい、かっこよかった」

「そうか、ありがとう愛理」


 飛び込んでくるように抱き付く愛娘の頭を撫でる。少女は嬉しそうに目を細め、くすぐったそうに身をよじった。

 彰一はというと、続いてやってきた真衣や涼子、それに菜月へと顔を向けた。


「あの、彰一さん。勝利おめでとうございます。それで怪我とかは……」

「ああ、ありがとう。怪我の方は心配ない。向こうもこちらも怪我はないからな」


 そうですか、と胸を撫で下ろす真衣の横から菜月が皮肉げに口を挟んだ。


「そうは言うけど最初の蹴り、あれは殺す気満々だったじゃない。どの口が『怪我はない』なんて言えるのよ。ただの結果論じゃない」

「そう言うけど、菜月さんだってもっと反撃しろーなんて言ってたじゃん」

「あ、あれは別に……み、見ててもどかしかっただけよ」


 涼子の突っ込みに頬をほんのり桜色に染める菜月。それに一同は軽く笑い声をあげた。

 彼女達は表現の仕方はそれぞれではあるものの彰一の勝利に安堵しているのは明らかであった。真剣を使った勝負であるだけに、一歩間違えれば帰らぬ人になるのではと心配していたのだった。そこに無傷での勝利という望外の結果に気持ちのたがが外れても仕方のないことではあった。


「しょ、彰一殿」


 一同の笑いはその声に中断された。彰一は感情のない顔で振り返り、真衣や涼子は心配の色を浮かべ、菜月は敵愾心を明らかにして顔をしかめた。

 彰一が振り向いたことで声をかけた当人はゆっくりと頭を下げた。


「お相手ありがとうございました」


 言い終え、顔をあげたさつきは虚ろな表情であった。彰一はその表情を心配することなく気掛かりな事だけを尋ねた。


「刀は無事だったか? なるべく損傷がないようにしたつもりだが」

「あ、はい。九郎丸に大事はありません」

「なら、いい。これに懲りてもう決闘なんて挑むことの無いようにな」


 話は終わりとばかりに背を向ける彰一に待ったの声はかからなかった。心配そうにしていた真衣達も彰一に促されるままに一緒にこの場を後にした。

 ねねや晃介も宿の仕事に戻るために立ち去った。その際にさつきに今日のところは仕事は無しとだけ告げていた。




 やがて鍛練場にはさつき以外誰もいなくなっていた。そして、鍛練場には悲痛な叫びが木霊した。

読んで下さりありがとうございます。

決闘らしい戦闘シーンにならず、期待されていた方には申し訳ないです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ