第25話
二週間も空いてしまい本当に申し訳ありません。今暫く忙しいですが今回のようなことはないようにいたしたいと思います。
「うう、気持ち悪い……」
「それはこっちの台詞よ……もう。それより何でまたあんな大きな水球を作るのよ」
「多分、無意識に力が入っちゃったのかな?」
「はあ、もういいわ。それより早く乾かないかしら」
水球の直撃を喰らった真衣と菜月の2人は馬車のところへと戻り、服を脱いだ上で焚き火に当たっていた。
その焚き火は水球を見た彰一がすぐに用意したものだった。当の彼はというと苦笑しながらも手際よく焚き火を起こし、きちんと乾かしとけという言葉を残して去っていっていた。
「しかし、あれが火属性とか土属性とかじゃなくて良かったわ。もし火なら焼け死んでいたし、土なら圧死といったところね」
「うう、ごめんなさい」
「冗談よ。よく考えたら真衣の魔力量は常人とは違うもんね」
縮こまって謝る真衣に菜月は苦笑して手を振る。それでさっぱりと水に流した彼女は改めて悪かったところを指摘した。
「……とにかく、今回の駄目な点は2つ。一つは魔力量。単純に陣を描くときに魔力を込めすぎてたのね。出すときに……そうね、さっきの十分の一位でするようにしたらいいわ」
「分かったわ」
「ん、二つ目は発動後の操作ね。魔法で作り出したものはね、結局は魔力をもとに作成しているのだから自分で管理しないと駄目なの。ほったらかしていると今回みたいなことになって大惨事よ。さっき火とか土のことを出したけどあながち冗談ではないのよ」
「う、気を付けます」
「ん、よろしい」
きちんと耳を傾けたことに満足した菜月はそこでニヤリと人の悪そうな顔を浮かべた。
「そ、れ、よ、り! こんな美女2人が裸になってるんだから、彰一のやつ、何処かから覗いているんじゃないかしら?」
「えぇ!?」
その言葉に真衣は慌てて胸を手で覆い、辺りを見回す。しかし見通しの良い平野部では隠れるところは全然なかった。
「もしかして……」
ふと真衣が思い至ったのは馬車の影。だが、彰一が去っていった方角とは反対側に位置していた馬車に隠れられるわけがないと思い直す。そこで愛理の方を見やると、そこには愛娘と戯れていて、全く真衣たちに気を払っていない彰一の姿があった。
おちょくられたことに漸く気付いた真衣が菜月を睨む。しかし、その視線など何処吹く風と、菜月は不敵な笑みを浮かべていた。
「なるほどなるほど。真衣と彰一の関係ってその程度なのね。よく分かったわ」
「……悪趣味じゃない?」
「そう? ごめんなさい」
ムッした様子で言い返す真衣に、それでも余裕を崩さない菜月。その余裕綽々な態度に一瞬怒りの炎が灯る。しかし、そこで真衣はあることに思い至った。
(もしかして菜月も彰一さんのことが……)
そう考えると今度は真衣が余裕の笑みを浮かべだす。それを怪訝な思いで見ていた相手に一石を投じた。
「あたしとの関係は確かに菜月の思っている通りかも知れないけれど、そういう菜月なんてほとんど相手にされてないじゃない」
「む、どういうことよ」
真衣の物言いにカチンと来た菜月は語気を荒げる。目も鋭く眇められていたが、真衣の余裕は崩れることはなかった。
「菜月が何しても彰一さんは涼しい顔をしてるじゃない。これこそ相手にされていない証拠じゃないの?」
「む、そ、そんなことはないわよ」
「本当に?」
真衣が疑わしげに半目で見つめると、菜月はわたわたと慌てだしながらも肯定する。その様は何処か追い詰められた風であった。
「当たり前じゃない。こ、この前だって彰一の秘密を教えてもらったんだし。つまり、信頼されてるってことでしょ。単なる被保護者であるあなたとは違うということね」
他言無用というだけで秘密ではなかったが、菜月はそう解釈していた。そして、それ故に真衣たちより一歩先に進んでいるという思いがあった。だから真衣も慌てるのだろうと想像していたのだが、それに反して真衣の態度は落ち着いたものだった。
「ふうん、良かったわね」
むしろ、落ち着いているというよりは冷めているというべき態度の真衣は先を促した。
「それで?」
「それでって……え?」
「だから、それで菜月はどうしたいのよ?」
「ど、どうしたいってそんなの……うう」
真衣に問われどうしたいのか考えたところで顔が赤くなり黙りこんだ。しかし、真衣はそこで追撃にでた。
「つまりは菜月は結局彰一さんのことが好きて付き合いたい。そうなんでしょ?」
「はう!」
びくんと肩を震わせる菜月。その仕種は肯定しているのと同じであった。それに気付いた菜月はもうどうにでもなれとばかりに開き直ることにした。
「ええ、ええ。そうですよ! 好きですよ! 付き合いたいですよ! でも、それの何が悪いのよ」
「悪くなんかないわよ。ただやり方が気に食わなかっただけ。競争相手の気持ちを量るのに自分だけ気持ちを隠すなんて狡いのよ。菜月だって同じことをされたら怒るでしょう?」
「う……」
真衣の指摘に思い返してみると確かに自分のしたことをやられたら怒るだろうと思う菜月。その考えに至ると頭がだんだんと冷えていった。そして、自然に言葉がこぼれ落ちた。
「ごめん」
「ん、分かってくれたらいいわよ」
真衣はにっこりと笑って赦した。それに菜月は気まずそうな顔で再度ごめんと言った。
「よし、じゃあこの話はお仕舞いね」
真衣がそう言うと菜月ははっとした顔で声をあげた。
「待って」
その彼女の言葉に真衣は不思議そうに尋ねた。
「どうしたの?」
「肝心要の真衣の気持ちを聞くのを忘れていたと思って。真衣は彰一のことどう見ているの?」
その真剣な表情は菜月の気持ちを如実に語っていた。競争相手であるのかどうか、はっきりさせておきたい。しかし、それを答える真衣の表情は困ったものとなっていた。
「うーん」
「……もしかして言えないの?」
言外に責めている口調に真衣はゆるゆると首を振った。
「そうじゃないわ。気持ちならはっきりしている。好きだし、心惹かれるところがあるのは間違いないわ。でも……」
「でも?」
言葉に詰まった真衣を促す。彼女はほんの少し考える素振りを見せた後、正直に話しだした。
「でも、今の私と涼子にはあの人しかいないの。詳しい事情は話せないのだけど、それはあの人も認めていて今しばらくは面倒を見てくれることになってるのよ。今でさえこうして迷惑をかけている状態で告白なんて……」
その少々思いつめている告白を菜月は鼻で笑い飛ばした。
「はっ。何を言うかと思えばそんなこと考えてたの?」
「そんなことって何よ!」
先ほどとは逆に真衣が目を鋭くさせ睨みつけ声を荒げる。だが菜月には全く効果がなく、未だに彼女は馬鹿にしたような目で真衣を見つめていた。
「だってそうでしょう? 相手との関係なんて1日で変化することだってあるんだから。なのに、いつまでもぐちぐちぐちぐちと。女なら当たって砕けてみなさいよ!」
「それができたら苦労しないわよ! そこまで言えるのは菜月の立場が軽いからでしょ! 一緒にしないで!」
互いに目をつり上げ、相手を睨み付ける。どちらもそれ以上は何も言わなかったが、険悪な雰囲気が漂い始める。そうして暫く睨み合っていた両者だったが、どちらからともなく苦笑を浮かべあった。
「ふう、ここでこんな言い合いをしても何の得もないわね」
菜月がそう言うと真衣も頷きを返した。
「ふふふ、本当にね。……でも」
その言葉の続きを菜月が引き継ぐ。
「でも? ……そうね。でもあたし達の考え方はお互いに認めない、認められない。でも……ううん、だからこそ相手としては不足はないわ」
「負けないわよ」
「ふふん、こっちこそ尻込みしてる人なんかには負けないわ」
不敵な笑みを湛え合う2人。そこには先程まで存在していた険悪な雰囲気はなく、ピリッとした緊張を伴いながらも心地よい雰囲気があった。
そして、話はここまでというように菜月が乾かしていた服を手に取った。
「じゃ、続きをやりますか」
同じように真衣も服を手に取り、着ながら頷いた。
「そうね。とりあえずまだ水で練習かしら?」
「勿論! 火や土なんて暴発したら死んじゃうんだからね。風は目に見えにくいし分かりやすい水が基本よ」
2人は服を着終わり立ち上がる。そして、再度練習場所へと歩きだしていった。
この日一日で出来たことは真衣側では水魔法の発動と制御、涼子側では神力の制御だけであった。
「ということは明日も鍛練をして明後日に帰るのね?」
既に恒例になりつつある彰一の料理を食べながら菜月が聞く。それに彰一が頷いた。
「そうだ。一応涼子の方が明日である程度の目処がつきそうなのでな」
「ふーん、ま、こっちも鍛練できるに越したことはないから構わないわよ。ね、真衣?」
「ほむ、ほへはほうへす」
急に水を向けられた真衣は食べ物を口にしながらつい答えてしまっていた。しかし、口にものがある状態では相手に伝わないのをすぐに察知して急いで飲み込んだ。
「んぐんぐ、はぁ、確かに明日も頂けるなら嬉しいです」
真衣の答えに彰一は一つ頷くと結論を伝えた。
「では、明日一日も鍛練に費やし、明後日の朝イチで戻ろう」
「はーい」
各々が返事をし、食事を再開する。大人たちが話している間も喜色満面で食べ続けていた愛理がまず食べ終わった。
「ごちそうさまでした」
「ん、お粗末様でした」
手を合わせて食べ終わったことを知らせるとそのまま食事中の父親の膝へともたれかかる。一日中父親に構ってもらえて愛理はひどくご機嫌であった。
その近くでは同じように食事を終えたタロとブチがじゃれ合っていた。
そんな一家団欒の様子を、特に愛理を羨ましく見つめる三対の目。
(いいなぁ膝枕。あ、でも私だと膝枕してあげる方がいいのかな)
(むう、彰一さんの膝かあ。あんな風に無邪気にいけばあたしもゲットできるかな?)
(……何だか最大の障害になるのは愛理ちゃんな気がするわ)
三者三様な考えを思い浮かべながらも夜は更けていくのであった。
翌日、先日同様に彰一は朝の鍛練を菜月に見られながら行い、それが終わると朝食の準備に取りかかった。そうして、美味しそうな匂いが辺りに漂ってきたところで真衣たちが起き出してきた。
「あなたたちなんて格好なのよ……ほら、起きなさい!!」
半分寝ながらで上着がはだけていた真衣や涎が口の端に垂れていた涼子を菜月がきちんと起こし直してから食事を始め、その後、別々に別れての鍛練に入った。
その夜。
「じゃあ基本は大丈夫になったんだな?」
「はい! これからはバリバリ活躍しますよー!」
満面の笑みで力瘤を作って見せる涼子。その腕に瘤は全くなかったが、気持ちは良く伝わってきていた。
『バカを言うんじゃない。まだ風属性のみで、さらには一種類だけなのだぞ』
しかし、そのやる気に水を差される。その風鳴りの言葉にぶーと唇を尖らす涼子の姿にしかし、さらに言葉が送られる。
『だが、これで自分の身は自分で守れるだろう。少なくとも足手まといとはなるまい』
遠回しに誉めていることに気付かず涼子は尚も不貞腐れていた。が、彰一は風鳴りの意図を正確に読み取り、驚きを以て相棒の言葉を受け止めていた。
「ふむ、風鳴りがそこまで言うのなら安心できるな。真衣達の方はどうだ?」
未だ頬を膨らませている涼子の頭を撫でながら真衣と菜月に話を振る。涼子が嬉しそうに目を細めて撫でられているのを白い目で見ていた菜月が質問に答えた。
「こっちは基本までは押さえられたわ。四属性の基本魔法の発動と操作ね。応用についてはこれからこつこつとやっていってもらうしかないわ」
「ほう……魔法の習得には時間がかかると聞いていたがそこまで進んでいるとはな。凄いな」
手放しでのお褒めの言葉に顔を赤くして俯く真衣。それに菜月は涼子の件で白くなっていた目をより軽蔑した目に変える。ところが、すぐにその顔が熟れた桃のように鮮やかなピンク色に染まった。
「……あんた、なにやっているのよ?」
「うん? いやなに真衣の鍛練に付き合ってくれたお礼としてな」
答えた後もまだ頭を優しく撫で続ける彰一を鋭さが鈍くなった目で菜月は睨み付けていた。しかし、その様子は明らかに照れ隠しにしか見えず、迫力は少しもなかった。
「よし、今回の鍛練の目的は達成できたようだな。では、明日早朝に街に戻るぞ」
「はい」
「はーい」
「分かったわ」
3人がそれぞれ返事をしたところで食事は終わりとなった。
翌朝、予定通り街へ向けて出発した一行は来たときと同じぐらいの時間をかけて街へと戻った。既に日が暮れかかっていて危うく街の外で一泊する羽目になるところだったのは皆が肝を冷やしていた。
それでも、何とか街中へと入れた一行は宿屋「雅」へと向かった。そして、その入り口で揉め事が起こっていたことに顔を見合わせた。
「だ、か、ら! 今はいないって言っているだろうが!!」
「では何時になったら戻ってくるというのです? もうかれこれ三日は待っているのですよ!?」
「何度も言っているだろう? それは分からないんだと。それでも明後日には戻ってくるということなのだからそれまでは大人しく待っていてくれ」
「では、高名な『割り姫』との手合わせを……」
「それこそ駄目に決まっているだろうが!! お前、俺をバカにしてるのか?」
言い争いをしていたのは宿の主人である倉城晃介と見知らぬ人物であった。2人の言い争いに埒が明かないと判断した菜月が間に割って入った。
「父さん、何してるのよ。いい加減にしないと店の迷惑よ。そっちのあなたも一緒。用事があるのかもしれないけれど、ある程度の分別は持ちなさいよね」
「……すまない」
謎の人物は謝ると素直に引き下がった。相対していた晃介も菜月の苦言に頭を下げた。
「お、おお、すまん。と、菜月か。今戻ったのか。ん? ということは彰一もか?」
「彰一殿だと!?」
晃介の言葉に謎の人物が過剰反応を見せる。それを見てあちゃーと手で額を叩く晃介。謎の人物はそんな晃介の行動など放って今だ馬車の御者席にいる彰一のもとへと進み出た。
「彰一殿とお見受けいたす。お願いがあって参りもうしました」
彰一はその言葉に嫌な予感を感じていた。
読んでくださりありがとうございます。
謎の人物については次回で




