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第24話

非常に遅くなりすいません。暫くは間が空くと思いますがどうかご了承ください。

 雷豹に襲撃された翌日。彰一は日課として自身に課している早朝の鍛練へと出ていた。傍らには刀置き台の上に風鳴りが置かれている。彰一の手にあるのはただの鋼鉄製の刀。刀身の長さや厚さ、太さ、更には柄の太さなど殆ど風鳴りと同じにあつらえてある。

 それを上段から振り下ろす。下ろし終わったところで手首を捻り、今度は切り上げる。振り切ったら、そこでまた捻りを戻し、上段から振り落とす。その動きを何度も何度も繰り返す。

 その速さはゆったりとしたものであったが、流麗なその動きは観るものを魅せるほど洗練されていた。


「……」

『……』


 彰一も風鳴りも無言。ひたすらに刀が空を切る音だけが響いている。虫の音すら存在しない、存在できない雰囲気であった。

 そのような鍛練の様子を隠れて眺めている影があった。彰一が選んだ場所で、珍しく生えていた背丈の高い草の茂みに身を潜めていたのは菜月その人である。


(なんだか朝早くに出かけていったから何事かと思ってこっそりついてきたんだけど……綺麗)


 父の、そして母の鍛練を見て育ち、目の肥えている菜月にとっても彰一の動きは素晴らしかった。一つ一つの動作に淀みがなく、また決して体幹を崩さない体捌きは見事の一言に尽きた。

 その芸術的といえるほどまでに昇華されている鍛錬をじっと眺めていると、不意に彰一の動きが止まった。


(どうしたのかしら?)


 その突然の行動を不思議に思っていると、彰一が動き出した。だが、今までの動きとは違い、まるで乱戦を想定しているかのように縦横無尽に跳びはね、転がり、そして、切りつけていく。一転して荒々しい動きになったものの、それでも菜月は彰一から目が離せなかった。


(凄い……彰一の他に誰もいないのに あいつの動きから相手の姿が見えるわ。あ、また1人切り伏せた!)


 菜月の母であるねねは、冒険者協会(ギルド)から頼まれて、道場を開いている。2、3日に1度のペースではあったが。そこでよくねね対門下生という一対多の乱取りを何度も見ていた。その経験と彰一の動きが合わさって、相手の幻影を見てとることができていた。

 暫く見惚れていると、ふとおかしなことに気が付いた。彰一の身体の所々が赤く染まってきているのである。不思議に思った菜月が思い返していると、今度は彰一の脇腹が赤く染まる。それを見た菜月はある事に思い至った。


(もしかして、幻影に斬られたから血が滲んでいるっていうの? そんな事あるのかしら……)


 菜月は催眠術(魔法の一種)で操られた人間がただの木の棒を熱せられた鉄の棒と思い込まされ、それを当てられた瞬間に火傷を負ったという話を人伝に聞いたことがあった。それを思いだし、もう一度赤く滲んだところを見返す。

 彰一の脇腹はつい先程幻影に斬られたところである。では、とその考えを元に、よくよく見直してみると赤く染まっているところは幻影に斬られていた所ばかりであった。

 

(話には聞いていたけどそんなことってあるんだ……あれ? ということは彰一は斬られたら血が出ると思い込んでいるってこと?)


 その考えに至るとゾッとした。つまりは下手すれば致命傷すら再現してしまうのではないか、と。さらには即死してしまう可能性だってあるのではないか、と。そう思うと、ぶるりと身体が震える。そしてその震動で茂みが僅かにがさりと音をたて、揺れる。それに思わず頭を伏せる。


(やば! ばれちゃったかな。でも、本当に小さな音だったし風と勘違いしているかな)


 そろそろと頭を上げ、彰一の様子を窺うと、乱舞を止め肩で息をしながらも静かに納刀。そうして暫く息を整えた後に菜月のほうに振り向いた。


(あれ? なんでこっちに……ってどんどん近付いて来てる!)


 明らかに自分目指して近寄って来ている彰一に彼女は慌てふためいていた。しかし、今さら逃げる事も出来ず、万が一自分ではなかったら恥ずかしいためずっと隠れていた。そして、目的が自分でない事を祈った。しかし、彼女の願いは叶えられることなく、彰一が話しかけてきた。


「いつまでそこに隠れているんだ。見学したいなら堂々としておけ。それと、俺はもう戻る。菜月も早く戻らないと飯抜きにするからな」


 言い終えると、風鳴りのところに戻りはいとうし、刀置き台を片付け始める。

 菜月はずっと前から見つかっていたことに恥ずかしくなり茂みの中から這い出た。そして、あらかた片付けた彰一の横に行くと、気になっていたことを尋ねた。


「ねぇ、その傷どうするの? 愛理ちゃんや真衣達が心配するんじゃない?」

「ああ、これか。これはな……風鳴り」

『いい加減傷を負わないように出来ないのか、全く』

「ふぇっ!? だ、誰?」


 突然聞こえてきた声にびっくりする菜月。慌てて周りを確かめるも、当たり前のように誰もいない。かなり不安げな顔になっていて、彰一は悪いと思いながらもつい吹き出してしまった。


「ちょっと! 人が怖がってるのを見て何を笑っているのよ」


 ジト目で睨みつける菜月。


「ああ、すまない。そういえば何も言っていなかったな。今喋ったのはこいつさ」


 腰にはいている刀を抜くと、菜月の前に掲げるようにつき出した。彼女は一瞬何を指しているのか分からなかった。しかし、すぐに目の前の刀のことを指していることに気付き、怪訝な表情を浮かべた。


「こいつって刀じゃないの!? あなた、もしかしてあたしのこと馬鹿にしているの?」


 すると、彰一は首をふるふると振り、風鳴りを促すように手を軽く揺すった。その意図を正確に読み取り、風鳴りは菜月へと語りかけた。


『こうして話すのは初めてだな。私の銘は風鳴りと申す。世に云う"知性ある剣"の一種と思ってくれて構わない。彰一共々以後よろしく頼む』

「あ、は、はい……って、ええ!?」


 風鳴りに気のない返事をしたかと思うと、すぐに大きな声をあげる。迷惑そうな彰一に気付き、謝る。


「あ、ごめん。でも"知性ある剣"て……」

「なんだ、見たことなかったのか? まあ、いい。今はこの傷のことだったな。風鳴り、頼む」

『全く……心配をかけたくないのならきちんと避けられるようになっておけ。……構築』


 ぶうん、と音と共に小型の円陣が浮かび上がる。その光景に菜月が口を開けてポカンとしていると、風鳴りの言葉が続く。


『展開』


 陣の中に描かれていた紋様が輝きだす。


『癒しの風発動』 


 その言葉を引き金に、色鮮やかな翠の風が彰一を包みこむ。その色は人を安心させるような暖かみが感じられた。数十秒ほど経つとふわりと空へと舞い上がり溶けて消えていった。

 風に包まれていた彰一はというと傷が完璧に消え去り、服に付着していた血までもが綺麗になくなっていた。


「……す、凄い、凄いじゃない!!」


 興奮した様子の菜月へ彰一から釘を刺された。


「言っておくが、今のは他言無用だぞ」

「う……分かったわよ。あぁ、でももったいないなぁ」

「別にもったいなくない。それじゃあな」


 菜月の言葉を一刀両断に切り捨て、すたすたと馬車の方へと歩いていく。その背をみながら今更ながらに彰一の言葉を思い返していた。


「他言無用……他言無用ね。うふふ」


 他言無用のことを教えてくれたということは、つまりある程度の信頼を得られたということである。その事実に彼女は頬が緩むのを押さえきれなかった。


「うふふ……んん? あ、ちょ、ちょっと! あたしも戻るわよ!」


 しかし、そこで置いて行かれたことに、はたと気付き急いでその背を追いかけるのであった。





「真衣、魔力はどう?」

「うーん、昨日の半分くらいかな……」

「あれの半分てどんだけよ……ま、そこまで溜まったなら魔法も試せるかな」

「ほんと?」

「実際に出来るかは別だけどね」


 朝食時、どこか上機嫌な菜月が魔法の試行を提案した。先日の気持ち悪さもなくなった真衣はその提案にすぐさま飛び付き、このあとすぐに試してみる運びとなった。

 これを横からつまらなさそうに見ていたのは涼子である。彼女も風鳴りから神術を習っていたが、二日目のこの日ではまだ実践させてもらえなかったのである。


「ぶう、いいないいな。真衣おねーちゃんだけずるいー」

『涼子、昨日の光景をもう忘れたのか。きちんと段階を踏んで身に付けないと、いつか自分があの光景の中にいることになるぞ』

「う、そ、それは嫌」


 風鳴りの神術で引き起こされた無惨な光景を思い出し顔を青くしながら首を振った。


『なら、文句を言うな』

「はーい」


 不承不承ではあったが従う意を見せた涼子に満足した風鳴りは飴を投入する。


『今日の訓練が上手くいけば明日には一つ二つは試行できるだろう。つまり、明日出来るかは涼子自身の頑張り次第ということだ』

「ほんと!? よーし、頑張るぞ!」


 見事に飴に乗せられ不満げな顔はどこへやら、意気揚々とご飯を食べ始める。その様子に彰一だけでなく、真衣や菜月も呆れた顔を見せていた。

 その後、和やかな(?)雰囲気のまま朝食を食べ終わり、前日に引き続いて二手に別れた。魔法の訓練をする真衣と菜月。神術の訓練をする風鳴りと涼子、それに付き合うように彰一と愛理、さらには2匹の魔獣達。それぞれがお互いに干渉しあわないようにするために離れた場所へと移動していた。


「さ、それじゃあ魔法試してみるけど、やり方分かる?」


 菜月の問いかけに真衣はゆるゆると首を振る。当たり前のことではあったため、特に問題視せずに菜月は一から説明を始めた。


「ん、じゃあやり方を簡単にだけど説明するわね。まずはこんな風に指先から魔力を出すの」


 言いながら指先の"蓋"を外し、溜め込んでいた魔力を外へと出した。


「魔力を意識できるようになったから見えてると思うんだけど……大丈夫?」

「うん、見えてるよ」

「そう、良かった」


 安心したかのように微笑みを見せる。しかし、それはすぐに引っ込み真面目な顔へと戻った。


「話を戻すわね。で、この時魔力は垂れ流すんじゃなくて何て言うんだろ……そう糊みたいにして固めておくの。ほら」


 菜月が指を見えやすいように真衣へと突きだす。彼女が出した魔力は自身の言う通り中空に霧散することなく指先に留まったままだった。


「これで後は魔力を絵具にして陣を描くのよ。紋様は一応基本みたいなものがあるから、最初はそれを使うといいわ」


 菜月の指が陣を描く。その中には簡単な地図記号のような紋様が刻まれていた。


「そして最後は呪文を唱えたら終わり。こんな感じね……水球!」


 菜月が呪文を鋭く唱えると陣が発光し、次いで陣と入れ替わるように水でできた直径30㎝ほどの球が浮かび上がった。


「どう? あ、ちなみに魔法で作った物はある程度自分の意思で操れるの。飛んでけ! みたいに」

「あっ!」


 真衣が唐突に声をあげた理由。それは水球が菜月の「飛んでけ!」という言葉に従い、物凄い勢いで飛んでいってしまったことだった。さらに運が悪いことにその水球は一直線に魔物2匹と戯れている愛理へと向かっていた。


「うん?」


 それに全く気付いていない菜月がすっとんきょうな声を上げている間も水球は止まらなかった。そして、そのまま当たる、というところで彰一が割って入った。魔力で作り出した水であったため、彰一の身体に触れた途端、蒸発するように掻き消える。


「ほ、良かった」


 真衣が胸を撫で下ろしていると、菜月が少し青くなった顔で尋ねてきた。


「ね、ねえ。もしかしてあたしやっちゃった?」

「うん……だって、ほらあれ」


 真衣が指差した先では彰一がじろりと睨んでいた。慌てて菜月がペコペコと頭を下げる。それにこれ見よがしにため息をついてから、愛理へと向き直った。


「あーあぶなかった。危うくあいつのご飯食べられなくところだったわ」

「ん、もう。そんなこと言ってると本当に食べられなくなるわよ。彰一さん、愛理ちゃんのことすごく大事にしてるし」

「分かってるわよ。後できちんと謝っておくわ。それより、基本は分かった?」


 菜月が聞くと、真衣は微妙な顔になった。


「大体のところは。ただ魔力を糊状にするやり方とか紋様とか全然分からないわよ」


 真衣の指摘におお、と手をポンと叩く。


「ごめんごめん。まず糊状にすることだけど、これは簡単。ただそう念じながら出してみると出来るわよ。そうだ、試しにやってみたら?」

「糊状、糊状……ん!」


 ぶつぶつと呟いた後、気合いを入れてから魔力を少しだけ出す。すると、にょろっという感じに魔力が指先から顔を出す。一応の成功に何度も頷く菜月。


「やっぱり真衣は筋がいいわね。この辺りは結構もたつくものなんだけど……じゃ次は紋様ね」

「うん、どんなのを書けばいいの?」

「さっきも言ったけれど、基本があるの。そうね、大体四大属性と二極属性の6つね。今回は火とかは危険だから水と風にしておきましょうか。よく見ててねこれが水」


 言いながら指を動かし先程と同じ紋様を描く。それは太陽のもとでも見えるくらいに明るく輝いていた。


「後で風をやるとして、今は水のこれを描いてみて」

「分かったわ」


 菜月に促され慎重に中空でなぞるように描いていく。


「出来た!」


 嬉しそうに真衣が言う。陣の形は所々いびつに歪んでいたが、菜月が描いた紋様と同じものが描かれていた。


「うん、じゃあ発動のための呪文を」


 その指示にコクりと頷き、真剣な顔で陣を見つめ深呼吸をしてから呪文を唱えた。


「すぅーはー、水球!!」


 この時、真衣は無意識に気合いが入っていたため使う魔力が多すぎた。慣れていれば気付けたであろうが初めてでは致し方のないことであった。

 結果、超特大の水球が出現した。その大きさは三階建てのビルほどであった。

 さらに真衣は操作する認識がなかったので空中に出現した水球はそのまま地面に向かって落下した。


 つまりは真衣と菜月のところへと。


「ちょ! 真衣、きちんと操作して!」

「うえ?!」


 菜月の叫びむなしく、二人に超特大の水球が直撃するのであった。


読んでくださりありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願いします

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