第23話
「ちょっと、彰一! 大丈夫だったの!?」
彰一と涼子が馬車まで戻ると、血相を変えて菜月が近寄っていく。同じように近寄って来ていた真衣は涼子の方へと向かっていた。
「見ればわかると思うが? とりあえずは問題ない。大丈夫だ」
「大丈夫って……相手は雷豹だったのよ! お母さんみたいに特級じゃないと相手になるはずないじゃない」
「そうは言うが、実際相手にして来て無事だったからこうして戻って来ているんだ」
「それは……そうなんだけど……ねぇ、どうやって雷豹を倒したの? 遠くからだったからあまり分からなかったんだけど……」
「それはまだ教えられん。」
どうやって雷豹を相手にして無傷で戻ってこれるのか。それを明かさない彰一に対して不信の念が生じる。それはほんの些細なものであったが、菜月の心に異物として針のように刺さったままとなっていた。しかし、彰一はそんな風に菜月から疑われているなどと露にも思わず、逆に菜月に問いかけた。
「それより、そっちこそ何もなかったか?」
彰一の問いかけにギクリとして顔を背ける菜月。彰一は彼女のその仕草から不用意な事をしてしまったんだろうな、と予想を付けるもそれ以上追及することはしなかった。
「まあ、いい。とりあえず今日はかなり早いが訓練はここまでにしよう」
「もうやめちゃうの? こっちはちょっと先にしておきたい事があるんだけど」
彰一の提案に首を振る菜月。そんな彼女の言い分を聞いて彰一はある条件を付けた。
「なら、俺もそれに付き合わせてもらう」
「なっ! あたしが信用できないって言うの!?」
「そうじゃない。だが、先程の雷豹はそっちが出した魔力に反応してたようだし、万が一を考えてな」
「わ、わかったわよ」
魔力の事を強く言われると、自分がやらかしたヘマを思い出し何も言い返せずに菜月は渋々と承諾するしかなかった。
「また行く前に声を掛けてくれ」
そのまま馬車の中へと入ろうとしている彰一に菜月は待ったを掛けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あたしからも聞きたい事あるの!」
「まだあるのか……手短に頼むぞ」
少し面倒臭そうに振り向くが、態度はもう話すことはないと言いたげであった。それに一瞬ムッとするも彰一が戻ってきたときから気になっていたことへの興味が勝り、怒鳴りそうになったのをぐっと堪える。
「分かったわよ。あたしが聞きたいのは唯一つ。さっきからあなたが抱いて猫じゃらしで遊んでいる子猫の事よ」
菜月の言う通り、彰一は戻ってきたときには子猫を抱き上げていた。そして、抱いている手とは反対の手には猫じゃらしがあり、それを使って延々とあやしていた。
「こいつか? 先程拾って来たんだ。こうしてあやしてないとすぐ噛みついて来てな。困ってるんだ」
「はー、こいつこんなに可愛いのにヤンチャなんだ……って、そういうことじゃないわよ!」
彰一の心底困ったという表情に騙されかけたが、すぐに首を振って突っ込みを入れる。
「む、どういうことだ?」
本気で分かっていない彰一の様子に菜月は聞く気がガクンとなくなっていった。しかし、ここできちんと聞いておかないと後悔すると思い、自分で自分を叱咤した。
(ここであたしが聞いておかないと絶対にお母さんに叱られるわ。頑張れあたし!!)
「だから! その子猫にしか見えない魔物は雷豹なのよね!?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
軽く肯定し、それどころか何も問題はないという態度に頭が痛くなる。調教師でもないのに何故捕まえてくるのか。菜月にはその考えはまったく理解できなかった。
「それ、どうするのよ……」
「ふむ、そうだな。とりあえずは愛理に見せて懐くようなら育ててみるか、駄目なら今日の晩飯だな」
愛理に懐くとは到底思えず、晩御飯になったところを想像する。しかし、この可愛らしい子猫を食べるのかと思うと、菜月には耐えられそうになかった。
「どっちにしても晩御飯にはしないで」
それだけを言うと菜月は手を振った。これ以上話しても無駄だと判断したのであった。
その仕草に彰一は肩を竦めると、幌の中へと入っていった。菜月はその背中を見ていたが、愛理に懐いたらどうしよう、と不安になりその後を追った。
「ふわ~~、可愛い~~!!」
菜月が中に入るのと丁度に、愛理の嬌声が彼女の耳朶を打った。その声に驚いた菜月が愛理のほうを見やると、雷豹の子供が声をあげた当人に甘えている姿があった。その光景に愕然として膝から崩れ落ちる。
彼女がふと彰一のほうを見ると、少しだけ憐れんだ目を向けて来ていた。しかし、すぐに菜月の視線に気付くと、愛理のほうへと視線を戻した。
「お父ちゃま、この子もつれていっていい?」
「ああ、そこまで懐かれたら仕方ないな。愛理、タロ同様にきちんと面倒を見れそうか?」
「うん!」
愛理は満面の笑顔で父親の問いに答えた。そうして、父親から渡された猫じゃらしを使って雷豹の子供と戯れようとした。と、その時その猫じゃらしを雷豹が掴む前に踏みつける足があった。
「ウゥゥゥゥワウ!!」
小さな足で踏みつけながら威嚇の声を上げたのはタロであった。雷豹の子供にばっかり愛理が構うのが面白くなかったのであった。口からは炎が漏れ出ており、その威圧感は子供ながらのものであったが、同じくらいの大きさの相手には充分通用しそうであった。
しかし、雷豹の子供も負けてはいなかった。
「フウゥゥゥニャア!!」
タロに向かって威嚇を返す。その時、体表からは小さな雷が放電され、ばちばちという音を立てていた。こちらも子供ならではの威圧感ではあったが、同じくらいの大きさの相手には充分通用しそうな程度であった。
お互いに相手が自分と同等程度と判断。その威圧を高めていく。それがある一定の線を越えたところで両者は痺れを切らした。
かくして、二頭の魔獣(の子供)による愛理争奪戦が開始された。
「ニャアアア!」
先制を決めたのは雷豹の子供。その俊敏な身のこなしから繰り出される猫パンチが猫じゃらしを踏みつけているタロの足を襲う。
しかし、タロもさるもの。その猫パンチを視認するや否や瞬時に足を引き上げ、猫パンチを避ける。そして、その足を下ろす勢いを借りて、低姿勢になっている雷豹に突進した。
「ワゥワァァ!」
その突進を雷豹は繰り出した体勢では避けることができず、まともに喰らい吹っ飛んでしまう。しかし、なんと吹っ飛ばされ空中を舞っている間に姿勢を整え、音もなく着地。両者は再び睨み合いを始める。
「クウゥゥゥワウ!!」
「ニャアニャア!!」
お互いに威嚇の声をあげ、緊張が高まっていく。そして、限界に達したのは両者ともに同時であった。
「ワウ!!」
「ニャ!!」
互いに相手に飛びかかり丁度中間点で激突。その後は上下を激しく入れ換えながらの取っ組み合い。ゴロゴロと馬車の中を転がりながら相手の尻尾や四肢、身体に噛みついていく。
と、それを続けているとある人間の足にぶつかる。2匹が邪魔をするなと睨みを利かせて見上げると、そこには両手をプルプルと震わせている愛理の姿があった。
「タロちゃんもねこちゃんもけんかは――」
すうっと大きく息を吸い込み、愛理最大級の声で叱りつけた。
「ダメエエエェェェ!!」
その声に、その怒りにびくりとして、2匹は縮こまった。それでも、むすっとしている愛理に慌ててかけ寄り、足元で甘えだした。
「もう、ケンカしちゃダメだよ?」
その甘える姿が可愛らしく、ついつい語気を緩めてしまう。2匹は愛理の言うことを理解しているかのようにこくこくと頷いていた。
その光景に驚きのあまり、指差しながらも口をパクパクさせている菜月に彰一は諦めろと肩を叩く。それを受けて気を取り戻した彼女は感心したように呟いた。
「あ、愛理ちゃんて凄いのね。というか魔物の言葉が分かるのかしら……」
「さあな」
「さあなって、あなたの子供でしょう。そんないい加減なことでいいの? もし分かるなら凄い力じゃない!」
「それは愛理が大人になったときに考えれば良いことだ」
興奮しだした菜月に取り合うことなく彰一はタロと雷豹と戯れる愛理を眺めた。
(やはり、縁の能力が継承されているのか……もっとも縁の場合は魔物ではなく動物だけだったが)
今は亡き妻がよく動物たちと戯れているところを見ていた彰一は愛理の姿に懐かしさを覚え、瞼が熱くなる。菜月に悟られないようさりげなく目を拭っていると、愛理から楽しげな声が飛んできた。
「お父ちゃま~。このねこちゃん、おなまえは~?」
愛理の尋ねにそういえばと思い返す。拾った時に一緒にいた涼子も名前を付けようとはせず、逆に置いていくようにと、それだけを繰り返していた。彰一も噛みつかれ、猫じゃらしであやすだけで精いっぱいだった上に下手をすれば晩御飯となっていたので名前を付けていなかった。晩飯にならずに済んだのは愛理のおかげ。故に彰一はタロの時と同様に愛理に名前を付ける事を勧めた。
「愛理が名前を付けて構わないよ」
「ちょ、彰一!」
「はーい」
慌てる菜月を余所に、愛理はご機嫌な返事を返す。それにもうどうにでもなれと開き直った菜月は彰一に乱暴に声を掛ける。
「もういいわ。あたしは先に外に出てるから早く出て来てね」
「分かった」
彰一の返事を聞くとすぐさま馬車の外へと跳び降りる。その足で真衣の元へと向かっていった。それを見送っていると愛理の父親を呼ぶ声が聞こえてくる。彰一は気持ちを切り替えて愛理の元へと歩いていった。
「真衣、そろそろ訓練に戻ろうと思うんだけど大丈夫?」
真衣と涼子が少しくたびれていたところに菜月が声を掛けた。その声にのろのろと上げた真衣の顔にはひどい疲労が浮かんでいた。
「ああ、菜月……うん、大丈夫よ」
声にも疲労が滲んでおり、一体どうしたのかと菜月は驚いた。しかしすぐに理由に思い至る。真衣は戻ってくる直前まで魔力をかなり放出していた。魔力の放出は個人差もあるものの大体の人が虚脱感に見舞われる。真衣もその例にもれず、というよりは例よりもひどく効果が表れているのではと当たりをつけた。
「しんどそうだけど、これは一時的なものだから我慢してね」
「うう、それは聞いてたから分かってるけどそれでもつらいわ」
真衣と菜月の会話についていけていない少女が一人。魔力をその身に宿さない少女はおろおろと二人の間で視線を彷徨わせる。それを勘違いした菜月は宥めるように涼子に説明した。
「真衣は今魔力の漏れを防ぐための訓練をしているの。でも、それが上手くいかなかったから、まず体中の魔力を外に出すことにしたのよ。あなたも知っていると思うけれど魔力というのは何故か身体から抜きすぎると体調を悪くしてしまう。勿論個人差はあるんだけど……残念なことに真衣は重い方だったということね」
「じゃ、じゃあ、真衣おねーちゃんは大丈夫ってこと?」
不安げな涼子を安心させる笑顔で菜月は頷いた。
「ええ、今日はこれ以上酷くならないわ」
「よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろす涼子。しかし、真衣の様子からあまり長いこと訓練はさせられないと判断した菜月は出発の旨を告げた。
「それじゃあ早く行きましょうか。貯められるようになったら幾分か楽になるから」
そう言って真衣を立たせたところで、彰一も顔を出した。
「ん、丁度出発するところか。涼子、俺もこの二人についていくから、すまないが愛理のことを頼む」
「はーい、真衣おねーちゃん、頑張ってね」
「うん、ありがとう。行ってくるね」
手を振って応援してくる涼子に一時の別れを告げ、彰一、真衣、菜月の3人は馬車からそれなりの距離があるところに来ていた。そこは先程まで真衣達が訓練していたところであった。
「あれ? さっきまで溜まっていた魔力がない。彰一、何かした?」
真っ先に自分を疑う菜月に苦笑しながらも、その通りであることを伝える。実際のところは彰一ではなく風鳴りであったが、それを言うことはなかった。
「むう、溜まっていた魔力を散らすなんて……あなた何者?」
どんどん膨らむ不審の念。自然と視線も険しいものとなる。2人の(といいつつ菜月の)雰囲気に緊張が漂う。真衣は成り行きを心配していたが、しかし菜月は大きなため息と共にそれらを追い出した。
「まあ、あなたが何者なんて今はどうでも良いことね。また別の機会に聞かせてもらうわよ」
「仕方ないな」
ねね譲りの鋭い視線に感心しつつ、彼女の提案を受け入れる。その返事にひとまず満足したのか、ふんと、鼻を鳴らすと真衣に指示をだしていった。
「じゃあ、さっきのと同じだけど……」
その後、真衣は魔力の漏れに蓋をするのに成功。その続き、魔力を用いた魔法の実践については明日以降に見送られることとなった。
読んでくださりありがとうございます。
雷豹の子供の名前についてですがこれだ! というのがありましたらぜひ教えてください。
最後に遅くなりすみません。精進します。




