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第22話

 真衣と菜月が魔力制御の訓練を始めた頃、二人からは離れたところに彰一達の姿があった。彼らは彼らで涼子の神術の訓練を行おうとしていた。


「さて、じゃあ風鳴(かざな)り。頼んだぞ」

『任せておくがいい。涼子、準備はいいか?』

「うん、いつでもばっちこいだよ!」


 風鳴りの問いかけに元気よく返事をする涼子。それを尻目に彰一は風鳴り用の簡易組み立て型の刀置きを設置し、その上に風鳴りを(うやうや)しく置いた。


「じゃあ、涼子。俺と愛理は横で見ているから風鳴りの言う事をきちんと聞いて頑張るんだぞ」

「はーい」


 それにも元気よく答えたが、すぐににんまりと顔を崩してある提案を行った。


「彰一さん、もしきちんと使えるようになったらご褒美くれますか?」


 小悪魔っぽくおねだりする涼子に呆れながら彰一は頷いた。


「まあ、ちゃんと使えるようになったらな」

「ほんと!! よーし、頑張っちゃうぞ!」


 やる気に満ち溢れる涼子の姿に彰一が微笑ましい思いで見ていると風鳴りが心配そうな声で聞いてきた。


『構わないのか?』

「ああ、やる気に繋がるなら別に構わないさ。勿論俺に出来る範囲になるがな」

『そういうことじゃないが……彰一が構わないなら私からは何も言うまい』


 何か引っかかる言い方をする風鳴りに首を傾げつつも、愛理を連れてその場を離れる。そうして訓練の邪魔にならない所に付いたところで愛理からも上目遣いにおねだりされた。


「お父ちゃま、あそんで、あそんで」

「きゃんきゃん!」


 愛理のおねだりを援護するようにタロが彰一の周りをグルグルと回りながら吠えたてる。


「そうだな。今日は目一杯遊ぼうか」

「わーい!」

「きゃうきゃうん」


 愛理は喜びのあまり、タロと同じように彰一の周りをぐるぐると回りはじめる。ただそれだけでも楽しげであった。







「愛理ちゃんいいなあ」


 彰一に抱っこされ何やら楽しそうに話をしている愛理を羨ましげに見つめる。

 神主である涼子の父は日々忙しそうにしていて、彰一のように娘を構うことはことは余りなかった。代わりに母からは花嫁修行と称した家事手伝いを嫌というほどさせられていた。両親からの愛情は確かにあったがああいった団欒に憧れを抱いていた。

 そうして、ずっと眺めている涼子に風鳴りが呼び掛けた。


『羨むのは大いに結構だが、あまり5歳児に焼きもちを焼いていると呆れられるぞ』

「ななな、なにいってるのよ! 愛理ちゃん相手に嫉妬なんてする訳ないじゃない」

『ならいいのだが』

「もう、ただあんな風にしてもらったことないなあって思っただけだよ~だ!」


 実際は少しだけ愛理に嫉妬していたので間違いではなかったが、あっかんべーをして誤魔化す。5歳児に嫉妬しているなどみっともないにもほどがある。

 風鳴りはというと、子供っぽい態度をとる涼子に、少しだけ寂しさの色があることを敏感に感じとっていた。故にそれ以上何かを言うことはなかった。ただ、訓練の開始だけを告げる。


『では、そろそろ始めるぞ。心の準備は大丈夫だな?』

「ふん、大丈夫に決まってるよ。ばっちこーい!」


 涼子は大きく手を振り回し、大丈夫なのを示す。半ば投げやりな態度であったが、風鳴りは気にせずに訓練を開始した。


『では、まず神力を感じ取る訓練から始める』

「えー、敵をばんばんやっつける魔法とかじゃないの? ブーブー」


 不満そうに唇を尖らせる。彼女の脳裏には風呂場で溶解石(スライム)を吹き飛ばした冒険者の魔法や討伐時の魔法が浮かんでいた。しかし、それらを切って捨てるかのような鋭さで風鳴りは否定する。


『駄目だ。まず神力の制御が出来ていないととてもではないが、君が言う魔法、もとい術は教えられん』

「ちぇー」

『ふむ、私としてはここで止めてもなんら構わないのだが……』

「……ごめんなさい。真面目にやります」


 目に余る態度の涼子に風鳴りが忠告すると、案外素直に謝った。涼子自身、自分の態度が悪いことは自覚していたのであった。風鳴りはため息をつきたくなったがそれを押さえ込み、指示だけを出す。


『いいか、まずそこに自分が一番集中出来る体勢で座りなさい』

「こう?」


 今度は素直に言うことを聞き、足を組み合わして座禅の形をとる。正座でもよかったが涼子は正座が苦手だったのと、地面に座るということで足が痛いと思い却下していた。


『姿勢はどんなものでも構わない。集中できればそれでいい』

「じゃあこれで」


 少しだけほっとした涼子に風鳴りは続けて指示を出した。


『では、目を閉じて自分の内側に意識を向けてみなさい。そこに神力があるはずだ』


 言われた通りに目を瞑り、身体の内側へと意識を向ける。始めはなにも感じなかった。そもそも神力があるというだけでは何が神力なのかが分からない。すぐにそう文句を垂れるも、風鳴りは涼子の泣き言に一切取り合わず、こう答えるだけであった。


『自分で探ってみろ。必ずなにか異質な力を感じ取れるはずだ』


 助言とも言えない助言に、涼子はほとほと困ってしまった。

 しかし……。


「あれ、なにこれ?」


 風鳴りに言われた通り一心に自分を省みること10分。涼子は小さな違和感を感じ取った。それは本当に些細なものであったが、一度感じとるとその違和感はどんどん膨らんでいった。違和感はいつの間にか明るく輝きだし、気付かなかったのが馬鹿らしくなる程に涼子の内を照らし出していた。


「もしかしてこれが神力? なんだかあたしの中心で明るく輝いてる感じがする……」

『ふむ、輝きを感じ取れたなら及第点だろう』

「ほんと!?」


 涼子が明るく顔を綻ばせた。短い付き合いのなかでも風鳴りがお世辞を言うような気質でないことは理解していた。だからこそ、誉められたことは嬉しかった。


『では、どれぐらいの大きさ、明るさか分かるか?』


 風鳴りに問われ、もう一度身体の中に意識を向ける。涼子の体感としてだが、煌々と()()光る何かが身体の中心に居座っているように感じられた。その大きさは涼子自身の身体と比べ、ハンドボールほどの大きさであった。


「うーん、明るさは結構凄いよ。何で気付かなかったのか分からないくらいに明るいの」

『ふむ、大きさは?』

「うーんと、これくらい」


 手で円を作って見せる。その大きさに風鳴りが何か言う前に、さらに涼子が説明を続けた。


「あ、でもね、その周りにも小さいけど光るものがあるの。赤いのと緑のと黄色いの。輝きは同じくらいだけど大きさは違うよ」

『何? 一番大きな光の何色だ?』

「青いよ」

『なるほど』


 その言葉を最後に押し黙る風鳴り。無言の時間が過ぎていく。涼子は話さなくなった風鳴りを不安げな顔つきで見守っていた。彼女は自分が何かいけないことでも言ったのではないかと思っていた。

 しかし、そんな涼子の考えは外れ、暫くすると、やや興奮気味に風鳴りが口を開いた。


『やはりそうとしか考えられんな。凄いな。全くもって凄いことだ。私の考えが正しいならば、だが。涼子、光っているのは赤、青、緑、黄の4色だな?』

「う、うん」


 怒られるかもと思っていたところでの誉め言葉に戸惑いを隠せなかった。しかし、風鳴りはそんなことは些細なこととばかりにさらに話を続けた。


『4色ということは4属性の神術が扱えるということだ。勿論私が教えられるのは風のみだが、恐らく火、水、土のも操れるに違いない』

「??? どういうこと?」


 頭に疑問符を浮かべ、問いかける。それに、はたと気付いたかのように風鳴りは説明をすっ飛ばしていたのを理解した。そしてすぐに、少しすまなさそうな声で謝った。


『いや、すまない。柄にもなく興奮してしまったようだ』

「う、ううん。それは別にいいんだけど……どういうこと?」

『それはだな……』


 そうして、風鳴りは神力について軽く説明しだした。

 神力というものは魔力と違い、その指向性ははっきりしている。火なら火、風なら風とその力を他の属性で使うことは出来なかった。それは神々自身が役割を決められており、その力以外の力を必要としなかったためである。例えば風鳴りも、風の神から力を与えられているために風の神術しか使えない。


「はー、そうなんだ。でもあたしは幾つかの色があるよ?」

『そこが凄いところなんだ。つまり涼子は多属性の神術が扱えるということになる』

「ふーん、そんなことよりあたしは早くその神術とやらを使ってみたいよう」


 しかし、風鳴りの力説は涼子には届かず、そんなことで終わってしまう。それに内心苦笑しながらも彼女の意見に従った。


『……まあ、いつか理解するだろう。それより使い方だな。まずは──』


 その時、風鳴りは異常な魔力量を検知した。発生場所を確認すると、それは真衣達のところであった。そして、続いて遠くから動物の遠吠えが聞こえてきた。そちらは涼子にも聞こえていた。


「ね、ねえ。今のって……」

『うむ、少し面倒なことに……いや、良い機会だ。とりあえず彰一を呼んできてくれ』

「う、うん」


 不安げな顔ではあったが、問い返すことなく小走りに彰一の元へと走っていった。それから数秒と経たずに彰一を連れて涼子は戻ってきた。彰一の方も遠吠えを聞いており、愛理を馬車に戻らせてから風鳴りのところに向かっていたのであった。


「風鳴り、どういう用件だ? 俺としては逃げるのを考えていたんだが」

『いや、今回はそこの彼女に攻撃型神術を見せる良い機会だ。大半は私がやるから処理を頼む』


 その提案に彰一は嫌そうな顔を見せた。


()()をやるつもりか。まあ、危険度を理解させるのには良いかもしれないが……」


 しかし、彰一はぶつくさと文句を言いながらも風鳴りを腰に佩いて涼子に振り返った。


「涼子、あそこに群れがあるのが見えるか?」


 彰一が指差した先には、遠くて見えにくかったが小さな黄色い点が数十固まっていた。それらは徐々に近付いて来ていたが、まだ豆粒ほどの大きさしかなかった。涼子は眼を(すが)めて何とか見つけると彰一に向かって頷いた。それを見た彰一が何でもないかのようにその正体を教えた。


「あれらは雷豹と言ってな。殆ど森から出ない魔物だ。強さは……一人で相手をするなら特級、複数人であったとしても全員が準一級、できれば一級でないと討伐出来ないとされている」


 ふむふむ、と頷いていた涼子であったが、理解する途中で首を傾げた。


「あれ? 彰一さんて準一級だよね。昨日聞いたら菜月さんは4級って話だし……あれ?」


 理解していくにつれどんどん顔が青ざめていく。半分涙目になった状態であたふたと慌て始めた。


「ええ、逃げないと! でもでも真衣おねーちゃんと菜月さんがいないし。それに追いかけられたら……」


 まさしく右往左往しながら慌てふためいている彼女を見て彰一は笑いを堪えるのに苦労していた。そして、涼子にまるでピクニックに行くかのよう気軽さで涼子の言うことと反対の事を告げた。


「よし、じゃあ今からあれらを討伐しに行く。風鳴りの神術を見る貴重な機会だからな。どんな事をするのかよく見ておくように」

「ええ! あれらって……無理無理、絶対死んじゃうよ。今からでも遅くないから逃げよう」

「駄目。さぁ行くぞ」


 嫌がる涼子を引き摺り、雷豹の群れの前まで出る彰一。その時、後ろの方から真衣の声が聞こえてきた。


「涼ちゃん! 彰一さん!」


 その声に大丈夫というように手を挙げ、風鳴りを抜き放ち正眼に構える。横にいた涼子は諦めの表情で近付いて来ている雷豹の群れを見ていた。そうして待っている内に彼我の距離はどんどん縮まっていく。ある程度の距離(約1km程)まで近寄ると、雷豹は戦闘態勢を整え、行軍速度を上げて凄まじい速度で彰一達へと駆けてくる。

 その速度に涼子が(おのの)き慌てて彰一のほうを見やると、風鳴りが詠唱を始めていた。


『術式構築』


 ブウンと音を立てて円い魔法陣が描き出される。涼子が初めてみた時よりも精妙で巧緻な紋様が描かれていた。その大きさも前回のが3メートル程だったのに対し、今回は5メートルはあろうかというほどの巨大さであった。


『展開』


 涼子がそれに見惚れていると、風鳴りの次の声が聞こえてきた。陣は眩いほどに光り輝き、辺り一面が緑色で照らし出される。昼にも関わらず、その色ははっきりと見て取れるほどに強く照らしだしており、当り前のように陣を直視することは出来なかった。更には風が陣に吸い込まれるように、びゅうびゅうと吹き(すさ)ぶ。涼子は少し恥ずかしがりながらも風に飛ばされないように彰一の体にしがみついた。

 既に雷豹の姿は目の前まで来ていた。そのあまりの勢いにしがみ付いている涼子の身体がぶるっと震える。しかし、反対に彰一の身体は全く身じろぎせずにじっと陣を、その先にいる雷豹達を見ていた。そして、残り100メートルほどというところで、風鳴りが神術を解き放った。


『嵐斬発動』


 風鳴りの言葉と共に吹き荒れていた風が集束し、一気に打ち放たれた。雷豹達も彰一達に近付いて来ていた事もあり、凄まじい音を伴ってあっという間に雷豹達に襲い掛かる。その結果、(もた)された光景に涼子は信じられない気持ちで一杯になった。


「うそ……凄い……」


 風鳴りが放った嵐斬は雷豹達に達するや、彼らの身体を微塵に切り裂いていった。血飛沫が豪風にあおられ宙に舞う。まるで赤い霧のように見える。悲鳴も風の音によって掻き消され、ただ、虐殺の光景だけが広がっていた。

 やがて、風が収まると、その場に残っていたのは四肢を斬り飛ばされ、身体も所々で切り刻まれた雷豹達の姿であった。細切れにされているその光景に涼子は思わず後ろを向いてしゃがみ込んで吐いてしまう。その様子を見ながら彰一は風鳴りに話しかけた。


「相変わらずの威力だな。こうなるのが分かってて黙って見せるなんて趣味の悪い」

『これほどの威力だからこそだ。何の前知識もなしに体験しないと、いつか力に溺れてしまうかも知れん。真衣のとは違って涼子の神術は彰一、お前にも有効なんだからな』

「確かに、ある意味この光景を思い出せれば抑止力になるとは思うが……」


 そこまで話したところで、彰一は涼子に話しかけた。


「涼子、今から俺は後始末に行くが、どうする? 無理に付いてくる必要はないが、神術がいったいどういったものなのかを知る機会ではある。来るか来ないかは自分で決めろ」


 吐く物もだいたい吐き終わった涼子は胡乱気な目で彰一を見つめた。ここからでさえ悲惨な光景であるのに、近寄ったらどれほどのものとなっているか。それを懸念するも、彰一の「神術がどういったものなのかを知る機会」という言葉に奮起した。


「い、行く」


 そうして、よろよろと立ちあがると彰一の後について覚束ない足取りで歩いていった。

 近くに来ると、よりその悲惨さが際立っていた。辺り一面まさに血の色に染まり、草原の色とも言える緑は全く見当たらなかった。内臓もそこら中に散らばり、肉片に至っては踏まないで済むところがないほどに散乱していた。


「うう」

『涼子、よく見ておくと良い。この光景は神術の引き起こしたものだ。つまり涼子も鍛錬していけばこの光景と同じものを作りだす事が出来るということだ』


 その言葉にぴくりと肩を震わせる。風鳴りは自分の言葉がきちんと届いた事を知り、この事がいい方向に働く事を祈った。

 その時、彰一が小さな鳴き声に気が付いた。


「ナ~ナ~」


 立ち止まって耳を澄ませると、赤く染まった場所のすぐ近くからであった。その場所は風鳴りの神術の範囲外であったが故に免れた場所であった。彰一は風鳴りを構え、涼子にその場で待っておくように手で合図する。涼子の返事を待たずに歩み寄っていく。何があっても対処できるように心構えだけはきちんとしていた。しかし。


「これは……」


 彰一は驚き、困惑した声を上げた。彰一の目の前には小さな雷豹の子供がちょこんと座っていたのであった。

読んで下さりありがとうございます

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