第20話
「別にもっと楽しんでくれててよかったんだがな……ん?」
愛理を寝かしつて戻ってきた彰一はそう言うなりじっと二人の顔を見つめだした。一体何を気にしているのか分からなかった二人だったが、じっと見つめられるのは少し恥ずかしかった。その後、一つ頷くと彰一は何も言わずに厨房のほうへと向かっていった。一体何だったのか、全く分からなかった真衣と涼子が首を傾げていると、その背中に声が掛けられた。
「あれえ? さっきまでいたのに彰一のおバカは何処行ったんだい?」
二人が後ろを振り返ると、そこには上機嫌のねねと仏頂面の菜月が立っていた。
「ねねさんと……従業員さん」
真衣が菜月の名前で詰まると、上機嫌だったねねの表情が一変した。にこにこして、垂れ下がっていた目尻が一瞬で跳ね上がり、こめかみには青筋が浮き立っていた。
「菜月!」
名を呼ばれた菜月がびくっとなる。真衣も涼子も目の前で突然切り替わったねねの雰囲気に圧倒されてしまっていた。そんな二人には気付かず、ねねは菜月を睨みつける。
「あんたは従業員として客の前に立ったのに挨拶一つしてなかったのかい!? 全く、これでよくきちんと務まっていると言えたもんだ。ほれ、挨拶しな」
ねねの言葉に少しだけムッとなりながらも菜月は真衣と涼子の前に進み出た。
「……菜月、倉城菜月よ。この旅館『雅』の従業員をしているわ」
よろしく、とは言わない、仲良くしようとしていない菜月の態度にぴくりと眉を動かすねねであったが、注意することは出来なかった。菜月のその態度に苦笑しながらも真衣が自己紹介を返したからである。
「あはは、私は弥生真衣です。えっと……とりあえず冒険者志望です。どうぞよろしくお願いしますね」
「はーい! あたしは睦月涼子でーす。弥生おねーちゃんと一緒で冒険者志望でーす。あたしもお願いしまーす」
真衣に続けて元気よく涼子も自己紹介をする。その天真爛漫な様子にねねは笑顔を見せた。
「いやはや、18歳にもなってきちんと挨拶すらできないうちの娘とは天と地の差があるね。こうなったらこの子を追いだして、二人をうちで引き取ろうかね」
「お母さん!!」
ただでさえ釣り目がちな目を更に釣り上げて菜月が睨む。しかし、ねねはどこ吹く風とばかりに無視をして、真衣達に話しかけた。
「で、今回の討伐の見学はどうだったい?」
「あ、はい。思ったのはいつもあんなに命がけなのかな、と。いつもあれほど危険だと私達でやっていくのは難しいのかなって、涼ちゃんと話していたところです」
菜月を気にしつつも、ねねの問いに素直に答える。すると、ねねは少しだけ困ったような、失敗したような顔をして弁解しだした。
「いや、今回のは特別だったわよ。あれほどの大物は滅多矢鱈と出てくるものじゃない。そうだねぇ、それこそ10年に1度とかそれくらいの頻度の魔物さ。普段の依頼はもっともっと易しいよ」
「あ、そうなんですか?」
「そりゃそうさ。死亡率が高い仕事なんて誰も就きたがらないしね。今回だってあれほど被害が出るとは思ってなかったくらいだよ。あたしの勘も鈍ったもんだ」
逝ってしまった者達を想い浮かべたのか、ねねは自嘲の笑みを見せながら遠い目になった。自然、真衣や涼子、菜月も死んだ者達を悼む気持ちになっていた。喧騒からぽつんと取り外されたように、少しだけしんみりとした雰囲気が場を包む。
「おまたせ……と、なんでこんなにどんよりしてるんだ?」
その時、彰一がお盆に幾つもの団子やおにぎり、そしてお茶などを乗せて戻って来ていた。明らかに他の円卓にある物とは系統が違う品々であった。他の円卓に用意されていたのはこれでもかと大量の酒のつまみである。それと対照的に彰一の持ってきた料理は酒なしでもおいしく頂けるものばかりであった。彰一はそれらを次々に円卓に並べていく。
「あの、彰一さん?」
真衣が戸惑いながら尋ねる。しかし、彰一は普段通りの調子で答えた。
「ほら、酒のつまみばっかであまり食べてないんだろう? 君らが食べやすそうなのを見繕ってきた」
「でも、あたし達あまり食欲が……」
「食欲がなかろうが、きちんと食べておくのは冒険者の基本だ。それに」
「それに?」
「もう一人のほうは別の意見みたいだぞ」
彰一が並べながらも涼子のほうを指差す。真衣が釣られそちらを見ると、今にも涎をだらだらと流しそうな表情で並べられている品々を見つめている涼子の姿があった。その様子につい呆れてしまう真衣。
ぐう~~~~。
次の瞬間に大きなお腹の音が響いた。周りにいた者達は目を丸くしていたが、発信源になった女性――真衣は恥ずかしそうに俯いた。
「ははは、ほら、やっぱり身体は正直だな。さ、遠慮せずに食べるといい」
促され、料理の前へと座る。隣には涼子も座っていた。そして手を合わせて頂きますをしてからおにぎりを一つ頬ばった。涼子も同じようにおにぎりへと手を出している。そして一口含んだ瞬間目を丸くした。
「もぐもぐ……おいしい!」
「……おいしいです。お母さんや私が作ったのとは全然違う」
その言葉を聞いたねねが諦めの表情でたそがれていた。菜月はそんな母の反応に首を傾げながらも同じようにおにぎりを手に取り、一口含む。次の瞬間、真衣達同様に目を丸くしていた。
「むぐ……なにこれ。うちのお店で出してるのより美味しい!」
そのまま二口、三口と頬張る。真衣と涼子に至っては既に料理の虜になっており、夢中で味わっていた。
「ん~~、ほれもおひしひ(これもおいしい)」
「涼ちゃん、口に入れながら喋っちゃ駄目だよ。でも確かにおいしい~」
「お米とかはうちで使ってるやつの味だけど……ここまでおいしく出来る料理人なんていなかったはず。お母さん! どうなってるの!?」
ねねは諦めの表情のままに肩を竦めて、彰一を指差す。その意味が分からずに眉間にしわを寄せるが、しかし、おにぎりを頬張るは止めなかった。すると、ねねは溜め息と共に爆弾発言を投下した。
「……それを作ったのはこいつだよ」
その言葉が耳に届いた瞬間、ぴたりと三人の動きが止まる。
「彰一さんが」
「この料理を」
「作った?」
三人の見事な(?)連携はそれだけ動揺している証拠だった。自分達より上手な訳がない。女性として負けてはならない部分だ。そういった思いがぐるぐると渦を巻いている。しかし、彰一はそれらを木っ端微塵にするかのように何の気負いもなく頷いた。
「そうだ。俺が作った。まぁ、手慰み程度だがな」
手慰み程度で負けている自分達は一体何なのか。三人とも経緯はそれぞれだが、皆料理を幼いころから習ってきていた。それなりの自信と自負を持っていたのに、ここでそれが粉々に砕かたことで崩れ落ちる。驚いている彰一にねねは肩をぽんと叩いて、首を振るのであった。
その後、三人が落ち込みながらも、それでも出された料理に次々と手を出し、大体満腹になったのを見計らってねねが話を切り出した。
「それじゃ本題のほうに入ろうかね。なんだか無駄に時間を食った気はするんだけど……まあ、仕方ないね」
じろりと彰一をねめつけるが、全く堪えていないのを見て溜め息と共に進行を優先する。なので、ねねは彰一から真衣と涼子に視線を移した。
「それで、さっきも聞いたけど冒険者になるのかい、ならないのかい?」
真衣と涼子は少しだけお互いの視線を交差させると、真衣が代表して自分達の意思を示した。
「私達は冒険者としてやっていこうと思います。今回みたいなつらいことがあったらどうしようもないかもしれないですけど」
てへ、と可愛らしい笑顔を見せる。そこまではっきりとした宣言をするとは思わなかったねねと菜月が意表を突かれたような顔になっていた。
「いやいや、そんな急に決めなくても大丈夫なんだよ?」
「いえ、彰一さんに付いていくためにも冒険者にならないと駄目って言われてますし」
「そうそう。それにあたしはラノベとかで興味もあったし、ね」
真衣の言葉にねねは再度彰一をねめつける。その圧力に押されてではないが、彰一が理由を述べる。
「冒険者にするのは単にそっちのほうが都合がいいからだ。俺はこの体質だからな。一緒にいれば街を転々とする羽目になるのは目に見えている。だったら何かあった時のための保険みたいなものを、な」
「……言われてみれば、旅をするなら冒険者の認可証があれば色々と便利ではあるのは確かだけどね。あんたはまだ風来坊みたいなことをしてるんだね」
ねねが呆れ声で言うと、彰一は少しだけ影のある声で答えた。
「一時は定住していたんだ。ただ、その村で火災が起きて、それが予想以上に大惨事となってしまってな。縁もその時に……それで、結局再建もされず村自体を破棄することになった」
「そうかい……悪いこと聞いちまったね」
縁という人物が誰なのかはねね以外誰も分からなかったが、彰一の大切な人というのだけは何となくではあったが感じ取れた。その中で真衣は初めて会った時に彰一が口走ったことを思い出していた。
(私ってそんなにその縁って人に似てたのかな……彰一さんはその事をどう思ってるんだろう)
そう思い、彰一の横顔を眺めるが、読みとれるはずもなかった。そうしている内にねねが話を戻した。
「ま、彰一の事は今は関係ないしね。それより、真衣、涼子、あんた達の事だよ。結局冒険者になるということでいいんだね?」
「はい」
「うん」
少しの気負いもなく肯定する二人にねねは深いため息を吐いた。と、その時、菜月が少しだけ白けた顔で口を開いた。
「あなた達、少し『冒険者』というものを甘く見てない?」
「菜月?」
自分の娘の突然の発言にねねが不思議そうな顔を見せた。彰一も今まで黙って話を聞いていた菜月が口を開くとは思っていなかったために二人を庇う事が出来なかった。
「冒険者は一歩間違えれば死ぬ危険だってあるんだ。それをあなた達は分かっているの?」
「ちょっと菜月、言いすぎじゃ――」
「大体、このしょ、彰一って人に付いていきたいからって……あたしだって今回は……」
そこで何を思い出したのか、顔を真っ赤にして彰一のほうをちら見する。その視線に彰一が気付くと慌てて視線を逸らし黙りこんでしまった。その反応からねねや涼子にはピンと来るものがあった。
「今回は、どうなさったんですか?」
真衣は何も分かっていない顔でのほほんと尋ねる。それにねねは危うく噴き出しそうになってしまう。真衣の隣にいる涼子も澄まし顔を装っていたが、内心笑い転げていた。
「今回は、えと、あの、その……」
「菜月も死にかけたんだよねえ。晃介から聞いたけど油断が過ぎるんだよ、全く。まあ、実体験故の忠告かもしれないけどねえ」
ねねがぴしゃりと言い切った後につまらなさそうに呟くと、菜月はばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。その行動にも笑いそうになるのを何とか堪えながら、彰一に確認を取りだした。
「そういえば彰一。この子たちにも魔法を教えないといけないんだろ?」
「真衣のほうはそうだ。特に魔力制御については急務と言ってもいいほどだ。それはねねさんも分かるだろう?」
「そうだよね。これほどまでに魔力を垂れ流しにしてるんだからやっぱその辺りからになるわね」
真衣が肩身が狭そうに縮こまると、ねねが安心させるように大丈夫と優しく語りかける。しかし、その目は菜月のほうを向いており、菜月は嫌な予感にかられた。そしてその予感が的中する。
「そこでものは相談なんだけど、その魔法の指導。この菜月にやらせてもらえないかい? ああ、旅にもつれていって構わないから」
「ちょっと、お母さん! 何を勝手に――」
「まあまあ」
手を前に出して抑えるよう身振りで指示し、そのまま少し離れたところまで連れ出す。そして、万が一にも彰一に聞こえないように小声で囁いた。
「あんた、こんなことで文句言ってるとあの二人に彰一を取られちまうよ」
「なぁっ!」
反射的に大声を出してしまい、彰一達がねね達のほうに不審な目を向けてくる。その視線とねねの指摘とで頬に熱を持ち始めているのを自覚しながら菜月は反論しだした。
「そ、そんなの関係ないじゃない。ななななんであたしがあのしょ、しょう……」
しかし、途中で湯気が出るのではと思えるほどに顔を真っ赤にして止まってしまう。明らかに気がある態度にクスクス笑いながらねねは菜月を諭しだした。
「あんたは分かりやす過ぎるんだからあまり意地を張らないほうがいいよ。とにかく、あんたがあの二人に勝つには今からでも接点を多く持たないといけないのはわかるでしょ?」
「う、うん……」
肯定しつつもまだ恥ずかしがり、乗り気でない様子にねねは情けなさを感じながら話を続ける。
「それにうちの女系は代々男を自分から仕留めにいってたしね。かくいうあたしだってそうさ」
ねねの言葉にえっ? という顔を見せる。それに苦笑してしまう。
「世間一般では逆になっているからねあんたが戸惑うのも無理はないけど事実さ。あたしの母さん、つまりはあんたのお祖母さんだってそうだったし、そのまた上もずっとそうさ。だから」
ずいっと顔を近付ける。その目に宿る色は本気のそれであった。
「あんただって彰一を自分から捕まえればいいんだよ。なあに、あんたはあたしの自慢の娘なんだから大丈夫さ」
「本当に大丈夫かな……」
「自信を持つことだね。素材はあの二人に負けてないんだから後は頑張り次第さ」
「……ん、分かった」
菜月の返事に満面の笑みを浮かべ、すぐに彰一たちのもとへと戻る。後ろには菜月がついてきていた。
「ああ、もう終わったか。それでどうなったんだ? こちらとしては指導してもらえるならかなりありがたいが」
彰一が尋ねると、菜月がゆっくりと彰一の前に立ち、告げた。。
「し、仕方ないからあ、あたしがやってあげるわよ! 感謝し、しなさいよね!」
言葉は偉そうで尊大に聞こえたが、その態度は顔を真っ赤にして目線はあらぬ方向に。そして、声もどことなく嬉しそうであったためその気持ちを勘違いするものいなそうであった。実際にねねや涼子は笑っており、真衣はムッとしていた。
「む、ああ、そのよろしく頼むな」
彰一だけは菜月の態度の理由がわからず戸惑っていた。
こうして、真衣の指導を菜月がすることに決まったのであった。
読んでくださりありがとうございます。
そろそろ忙しい時期も終わりますので執筆スピードは上げてまいりたいと思います。どうかこれからもよろしくお願いします。




