第2話
ずしゃ、という音と共に魔物が切り裂かれ、その体が崩れ落ちる。切り裂いたのは一人の男。その周りには他にも大体10匹分の魔物の死骸が転がっていた。
「ふう、これで終わりだな」
『そうだな。低級のものだけだったが、思ったよりも数が多かった』
「愛理が待っている。少し強行軍になるが、村へ急ごう」
血払いを行い、納刀した男は魔物の死骸から耳だけをはぎ取り、革袋へと収める。そうして残った部分には全く目もくれずに村に向かって走り出した。
そうして走ること数十分。男の目の前には村が見えてきていた。この時期は麦の収穫が出来るために村は活気に満ち溢れているはずであったが、今は全ての家で窓や戸は閉ざされ、閑散としていた。
男はそれに少しだけ顔を歪めながら、村の中で特に大きな建物に向かう。扉を開けると、すぐそばに小さな女の子が立っていた。女の子は男を見るなり顔を輝かせて飛び込んでいく。
「お父ちゃま!!」
「おっと。寂しくさせて悪かったな」
男は女の子──愛理の頭をくしゃっと撫でるとそのまま抱き上げる。そして、その状態でカウンターで肘をついて寝ている男のもとへと向かった。
「おい、起きろ。起きて仕事しろ」
軽く頭を叩かれた男は寝ぼけ眼のまま顔を上げる。
「ああ、彰一か。一体どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも……依頼を終えたから戻ってきたんだ。ほら、これがその証明だ」
呆れ顔のまま、腰に吊り下げていた皮袋を放る。カウンターの上に落ちたそれを拾い上げると、男はカウンターの奥へと引っ込んでいった。
「お父ちゃま」
「ん、どうした?」
「あいりね、いい子にしてたから、またおはなししてほしいの」
「そうか、いい子にしてたのか。だったら約束通りお話をしてあげる」
「うれしい。ありがとうお父ちゃま」
そんなことを話していると奥から男が戻ってきた。その手には先程のとは違う皮袋が握られていた。
「お待たせ。想定してたよりも数が多かったから少しだけ色をつけてある。確認してくれ」
愛理を抱いていた男――彰一は愛娘の頭を一撫でした後地面に下ろした。そして、皮袋を受けとると中身を確かめるために中身を机の上にあける。袋から出てきた銀貨は55枚。依頼では50枚となっていたため、端数分が男の言う色であった。確認を終えて、袋の中に銀貨を戻しながら彰一が礼を言う。
「これは結構奮発してくれたものだな。こちらとしても助かる。ありがとう」
「いやいや、こちらこそありがとうだ。流石にあの魔物の質、数でこの報酬量だと食い付きが悪くてな。だからと言ってこの村にいる新人に任せられる相手じゃなし。もう専任を呼ぶかって話になっていたから大助かりさ」
「単に相性のいいやつを選んだだけだ。気にするな。それより例の件はどうなっている?」
彰一が少し声を潜めて尋ねると、相手の男は曇り顔を見せた。
「あーそっちは無理だった。やっぱりこういう田舎ほど信心深くてな。全く進展できなかった」
「そうか、分かった」
ある程度分かっていたことではあったが、それでも落胆を感じないではいられなかった。壁に貼ってある月表が、ふと目に留まる。
「もうかれこれ二週間か……そろそろ潮時だな」
「……そうか、次に移るんだな?」
「ああ、あまり長居しても村の人たちの感情が良くなることはなさそうだしな。それに」
視線を月表の横にある依頼の紙が貼ってある掲示板へと動かすその掲示板に張られている紙はほんの数枚であった。
「もう、あらかたの依頼は片付けてしまってやることがなくなった」
「そうだな。掲示板一杯に討伐依頼やら採集依頼が貼ってあったのに、もうすっからかんだ。これが一人でやったんだっていうんだから世の中ビックリだよ」
手を大きく広げて楽しげで嬉しげな声で男が言う。しかし、顔を見るとそれほど嬉しそうではなかった。
「すまんな、力になれなくて」
「いや、お前はよく尽力してくれたじゃないか。それでも村が受け入れてくれなかったのは残念なことだが。まあ、もういいさ」
「そう言ってもらえるとありがたい。それより次の行き先はどうするんだ?」
「いや、地図をみて考えようかと思っていたが……」
「じゃあ、ここなんてどうだ?」
男は地図を取り出してある一点を指差した。
「永瀬か」
「ああ、ここでの依頼で金は唸るほど手に入れただろ。折角なんだし愛理ちゃんを連れて観光するのも悪くないんじゃないかい?」
「かんこう?」
自分の名前が呼ばれた愛理が見上げながら可愛らしく尋ねる。それに彰一ではなく、受付の男が頷いた。
「そうそう、美味しい物を食べたり、綺麗なところを見たり、ね」
「おいしいもの!!」
「他にもお父さんが一緒に遊んでくれるかも」
「あそぶの!!」
目をキラキラと輝かせる愛理を見て、彰一はふっと仕方なさそうに笑った。
「……じゃあ観光しに行くか。お前の策略通りになったが一応礼を言おう。次は永瀬にするよ」
彰一は愛理を抱き上げると、そのまま出口へと向かう。その背中に受付の男からの声が追いつく。
「おう、またいつでも遊びに来てくれや。というか、また依頼が溜まりだしたら来てくれよ、絶対だぞ!」
手を挙げて返事して、振り返ることなく彰一は出ていった。
彰一の最愛の相手――縁が亡くなったあの忌まわしき事件から三年。彰一と愛理は各地の村を転々としていた。自分達が定住できるところがないか、ただそれだけを求めていた。しかし、その努力が実ることはなく、今回も叶うことはなかった。
「じゃあ愛理、明日は朝早くに出発するからな。ばいばいする人がいるなら今から挨拶してこようか」
「はーい」
愛理と仲良く遊んでいた家に挨拶に行き、準備を整える。そうして、翌日に村人たちの見送りなく彰一達は出発するのであった。
現代日本、S県某所にて。
「おかあさーん、バイト行ってきまーす」
少し幼い顔つきではあるものの、18歳と大人の女性の仲間入りをする入口にいる大学生の女の子が元気よく声をかける。その声にぱたぱたと母親がエプロンで手を拭きながら玄関に出てきた。
「あらあら、今日は休みじゃなかったの?」
昨夜のうちに聞いた予定では休みとなっていたのにバイトに出かけるという女の子に首を捻りながら聞く。それに対して女の子はうんざりした口調で理由を母親に教える。
「今日出てくるはずだった担当の子が風邪で倒れたんだって。で、手が足りなくなったから近くに住んでいる私にお声が掛かったの」
仕方ないと言いたげな声の調子ではあったが、女の子は別にバイトが嫌ではなかった。女の子がしているバイトは神社での雑務に関するもので、掃除や売り子などその役割は多岐にわたる。初めは巫女服を着られるということからやりだしたバイトであったが、今はその雑務をこなすのが楽しく積極的にバイトに参加していた。だからこそ、表面上は面倒臭がっていても実はうきうきしていたのであった。
「あらあら、車には気をつけてね。それと熱中症にも気をつけてね」
母親はのんびりとした口調で言うと手を振って笑顔で女の子を見送った。
「はーい、行ってきまーす」
女の子は元気よく挨拶をすると、玄関の外へと飛び出した。すでに大学初めての試験は終わり、夏休みの真っ最中。アブラゼミがみーんみーんと忙しなく鳴いている。空を見上げると太陽の光を遮る雲が何一つない晴天であった。陽の光を遮るものがない日は暑い。だが、女の子は暑さをものともせずに楽しげな足取りで神社へと向かうのであった。
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