第19話
「いろいろ言いたい事もあるだろうけど、今はとにかく飲んで騒ぎな! 溶解石討伐乾杯!」
「乾杯!!」
ねねが音頭を取って、その宴は開始された。場所はねねたちの宿屋「雅」に併設されている酒場。ここに今回の討伐に参加した者たち全てが集まっていた。
溶解石を討伐した面々はまず、死者を弔い哀悼の意を示した。その後、冒険者協会のほうに寄り討伐完了の報告を行った。報告を受けた協会はすぐさま警報解除を行い、街全体に安全宣言を告知。人々は避難の準備を取りやめ、安堵とともに喜びを露わにした。
夜であるにも拘わらず、街全体に開放的な雰囲気が漂う中、協会も冒険者達に労いと感謝の気持ちを込めて参加費無料の宴を開催した。それに全ての冒険者達が飛び付き、冒頭の流れとなっていた。
「いやー、あれは俺も死ぬかと思ったよ」
「馬鹿いっちゃいけねぇ。お前さんにはまだまだ貸しがあるんだから返してもらうまで死なせねぇよ」
「そういうお前だって――」
「げはははははははは。細かいことはいいから飲め飲め」
それぞれ各自仲の良い者たちに分かれて騒ぎ出す。そんな中、各集団から引っ張りだこになっていたのは冒険者志望の真衣や涼子、また現役冒険者の菜月など、若くて美しい(可愛い)女の子達であった。菜月のほうは既にこういったことに慣れていたので適当にあしらっているが、真衣や涼子はてんやわんやしていた。
「よう姉ちゃん達、どうだ? 俺らと一緒に組まねぇか?」
その時、ある冒険者が軽い勧誘を行った。しかし、これを引き金に場が一変する。
「おいおい、子猫ちゃん達はこの僕が先に目を付けていたんだ。横からかっさらう真似は止してくれたまえ」
「馬鹿いっちゃいけねぇ。彼女達の世話をしたのは俺らなんだから俺らの所に来るのが筋ってもんよ」
それぞれ別の円卓から二人の男が険しい顔で出てくる。その二人の雰囲気に釣られ、ワイワイガヤガヤと騒々しくも和やかな雰囲気が、いつの間にか一触即発な雰囲気に変わっていた。互いが互いに牽制し合い、睨みあう。近くにいた者達は不安げな表情で見やり、それぞれの冒険者の仲間、知人とおぼしき者達も止めようとするも振り払われてしまう。
「はいはい、お待ちどうさん」
と、その時、発泡酒のジョッキを数杯持ってきたねねが三者の真ん中にどん、と力強く置いた。その突然の登場に三人の意識が一瞬ねねに集中する。
「あんたら、ここで暴れたら強制労働確定だからね」
それを利用してぎろりと一睨みする。三人は同時にその身をぶるりと震わせ、赤い顔を少し青くしてぶんぶんと縦に振った。今回の討伐でその実力を理解できないはずがない。逆らうことは出来なかった。三人の頷きを確認したねねはにっこりと笑うと、追い打ちとばかりに一言付け加えた。
「ああ、それとこの子たちはあたしが面倒見るからね。あんたたちは寄ってくるんじゃないよ」
「ええ~、そんな~」
合わせるように三人のうち一人がおどけた悲鳴を上げる。それに固唾をのんで見守っていた周りは大爆笑し、一気に元の騒々しい雰囲気に戻った。おどけた当人はげらげら笑いながらも手を挙げて軽く謝り、自分が飲み食いしていた所へと戻っていく。残り二人もやれやれと肩を竦めて真衣達に頭を一つ下げてから自分達の仲間の所へと戻っていった。そうして周囲の意識が自分達から外れたところで真衣がそっとねねを見上げた。
「あの」
「ああ、いいよいいよ。それより、いきなり変な雰囲気にしちゃってごめんよ。あの馬鹿どもには後でお仕置きしておくからさ」
苦笑いしながら手を振る。案外よく響いたねねの言葉にびくりと背筋を伸ばした者が三名ほどいたが、それも盛り上がりのネタにされ、喧騒の中に消えていった。真衣はその冒険者に心の中で軽く謝りながら、ねねに再度話しかけた。
「あの、ねねさん。先程はありがとうございました。どう答えたらいいのか分からなかったところでして\……」
「ああ、もういいって。あれだろ? 彰一に面倒見てもらうつもりなんだろ?」
ねねの指摘に頬を赤らめる真衣。その反応に内心ほくそ笑みながら、うんうんと神妙な顔で頷く。
「前に聞いた話だと、助けてもらったって話だもんね。まさに白馬の王子様。そりゃあ彰一に傾くってもんだ」
「あううう」
耳まで真っ赤にしながらうろたえる真衣。涼子のほうはねねが来てからずっと神妙な顔をしてかちこちにその体を固くしていた。前はもっと元気に気安く話しかけてきてくれたのを覚えていたねねは真衣にこっそりと耳打ちする。
「真衣ちゃん、何であの子あんなに大人しいんだい? 前の時はもっと元気が良かった気がするんだが……」
「あー、それはですね……」
真衣はその時のことを思い出しながら話しだした。それは溶解石討伐の時であった。
「うわ、弥生おねーちゃん、あれ見てよ。凄い動きしてる」
「うん、ねねさん凄いね。単なる宿屋の女将さんかと思ったらあんなに凄い人だったんだ」
その二人の会話を聞き付けた晃介が少しだけ誇らしげに語りだした。
「ねねは今でこそ引退して宿屋の女将をしているが、若い頃は冒険者協会最高峰の特級に位置していて『割り姫』なんて二つ名もあったんだ」
え? という顔を浮かべる二人に晃介は話を続ける。
「ちなみに等級は上から特級、一級、準一級、二級、三級と続いていって八級までの合計10階級ある。その中でも特級は特別な審査もあって成れる者はほんの一握りと言われている。彰一ですら今は準一級なんだからその凄さは良く分かると思うが」
ふわ、と感嘆の吐息が二人から洩れるが、そのうち涼子のほうはすぐに青い顔をしだした。
「どうしたの?」
「あう、弥生おねーちゃん。あたし、何気なく失礼なこと言った気がするんだけど」
「はっはっは。どうせ店の外見のことだろう。野郎ならぼこぼこにされているが、君みたいな可愛い子なら笑って許すだろうさ」
晃介は軽く笑ってそう締めくくった。
「と、いう風に教えられてからずっと心配してるみたいです」
「ふうむ、晃介の言う通りなんだがね。でもまあ、折角だし弄らせてもらおうかね」
人を食ったような笑みを浮かべると、ゆっくりと涼子に近付いていった。それに気付いた涼子はびくりとする。その額を脂汗が滑っていった。
「涼子ちゃん」
「ははは、はい」
多分にどもりながら返事をすると、ねねはにっこりと笑って端的に用件を告げた。
「あたしのこの店をぼろいと言ったのをそんなに気にしてるのかい?」
「はう!」
途端に顔を青くしてしまう涼子。くちもパクパクさせてまるで金魚のようだとねねは面白がった。
「うう~~~ん? 聞こえないな~~~」
「あうあうあう、ごめんなさいぃぃぃ」
唐突に謝るとそのまま泣き崩れてしまう涼子。流石に予想外な出来事にねねも戸惑ってしまった。すると、先程まで個々で騒いでいた面々が一様にねねを責めだした。
「あーあ、泣かせちゃった」
「姉御は怖いんだから近寄っちゃ駄目だって」
「さっきは自分で面倒見るって言ってたのはそういう事をするためなのか」
「見損なったぜ、姉さん」
周りからの思わぬ口撃に一瞬怯むねねだったが、すぐに威勢を取り戻した。
「なんだいなんだい! 龍の首を取ったような態度で。文句があるならこれで白黒つけてやろうじゃないかい」
そうして指をパチンと鳴らす。すると、すかさず晃介となぜか彰一が発泡酒のジョッキをそれぞれ片手に3つずつ。合計12杯持ってやってきた。その展開に大盛り上がりを見せる冒険者達。
「さぁ、一番手は誰だい!」
「よっしゃ。ここは俺が行こう!!」
ねねの呼びかけに一人の冒険者が前に出てジョッキの前に座る。ねねはにや~と笑うとジョッキを手にした。相手の冒険者も同じ表情を浮かべてジョッキを手にする。その間にも晃介と彰一の手でジョッキが次々に運ばれて来ていた。
「んじゃ、いざ尋常に……勝負!!」
「応とも!!」
お互い一気に飲み干していく。ものの数秒で全部を呑み終えた二人は次のジョッキに手を伸ばす。そしてまた数秒で飲み干していく。周りはやいややいやと大騒ぎになり、涼子のことは皆の頭の中から消えていた。
涼子の横に座って様子を見ていた真衣はねねの行動に苦笑していた。するとそこに愛理とタロがやってきた。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
涼子を下から顔を覗き込み、首を傾げながら尋ねる。その足元ではタロが元気よく吠えていた。
「ほら涼ちゃん。そろそろ嘘泣きは止めておかないと。愛理ちゃんが変に真似しちゃうでしょ」
真衣の指摘に愛理が不思議そうな顔を見せる。すると、むくりと涼子が上体を起こした。その表情はしてやったりと言いたげに少し歪んでいた。
「まさか、こんな簡単に引っ掛かるとは思わなかったよ。あ、愛理ちゃん。おねえちゃんは大丈夫だよー」
けらけらとした表情に愛理は唖然としていた。タロも同様に吠えるのを止めてただ涼子を見つめている。そんな二人の頭を微笑を浮かべながら撫でると、涼子は視線をねね達のほうにやった。
「うわ、盛り上がってるね。それはそうと彰一さんは?」
「あれ、そういえば……何処にいるんだろう? さっきまでねねさんのところでジョッキ出ししてたけど。愛理ちゃん、お父さん何処にいるか知らない?」
愛理は真衣の問いかけに力なく首を振った。
「ううん。お父ちゃま、はじまったときはいたけどどっかいったの」
真衣と涼子は互いに顔を見合わせる。
「彰一さんが愛理ちゃんほったらかしにするなんて珍しいね……」
「ほんとにね。愛理ちゃん、お姉ちゃん達と一緒に待っていよっか」
愛理が涼子の提案にこくりと頷いた時、丁度その話題の人物が現れた。
「愛理!」
「お父ちゃま!!」
名前を呼ばれた愛理が嬉しそうに父の元へ駆けていく。その後をタロが尻尾を大きく振りながらついていっていた。彰一は足もとまでやってきた愛理を抱き上げると、抱いているのとは反対の手で愛理の頬を軽く抓る。
「一体どこに行ったのかと探したぞ。全く……戻ってくるまでどっか行ったりしたらいけないと言っただろうに」
そこまで言うと、抓っていた手をそのまま頭に動かす。そして撫でながら真衣達のほうを見やる。
「真衣、涼子、二人とも面倒を見てくれたみたいだな。ありがとう」
「いえ、ほんの少しだけですよ」
「感謝してくれるなら、どうです? 今夜一緒に……」
「ちょっと涼ちゃん!」
真衣は耳を少し赤らめて咎めるように名を呼ぶ。言った本人も恥ずかしそうに耳を真っ赤にしていたが、攻めどころとばかりに意志の強い目で見つめる。しかし、彰一は全く相手にしなかった。
「馬鹿なことを言ってるんじゃない。それより、もういいのか? いろいろ話を聞く機会だったろうに」
「そういう彰一さんこそ、今回の立役者なのに皆さんのところに行かないのですか?」
真衣が尋ねると、彰一は苦笑して手を振る。
「俺が行ったら皆楽しめないだろうからな。ねねさんから話があるらしいから残っているが――」
彰一の腕の中では愛理がすでにウトウトし始めていた。足元にいるタロも丸くなって寝る体制になっていた。
「まぁ見ての通りだ。とにかく俺は一旦愛理とタロを寝室に運んでくる。もしねねさんが来たらすぐ戻ってくると伝えておいてくれ」
「あ、はい」
「は~~い」
二人からの返事に彰一は一つ頷くと、足元にいるタロも抱き上げて酒場を後にする。残された二人はどうしようかと悩みだしたが、それはすぐに解決された。
「ねぇ、あなた達。さっきまでここにいた男の人はどこに行ったの?」
二人の背後から女性が声を掛けてきたからである。二人はねねが来たとばかりに思って振り返ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。その面立ちに覚えがある故に首を傾げる二人。そんな様子に少しいらっとした様子で再度尋ねる。
「ちょっと聞いてる? さっきまでいた人はどこに行ったのよ」
その言葉にはっとして、慌てて彰一から言われていることを伝える。すると、女性は小さく舌打ちして、悪態を吐きだした。
「母さんが言うからこうしてやってきたのに……折角従業員の仕事も休みなのにな」
従業員の仕事という言葉に真衣はあっと声を上げる。女性のほうはちらりと真衣を見ただけで、特に何も言わなかった。その事に少しホッとしつつ記憶の映像を漁る。
「弥生おねーちゃんどうしたの?」
「あ、うん。あの人、ここの従業員さんだよ。ほら昨日ここに着いた時に最初に対応してくれた人」
「あー、言われてみると確かに。服も髪型も違ったから全然気付かなかった。でもそんな人が彰一さんに何の用があるんだろ?」
「さぁ、分からないよね」
女性――菜月は勝手に別の円卓から発泡酒とつまみを取って来て、一人で飲み始める。酒場のはじっこで一人ポツンと居るのは非常に目立ったが、不思議と誰も近寄ることはなかった。
真衣達がそれを呆然と見ていると、対戦相手を全て潰してきたねねが赤い顔をしてやってきた。涼子がそれに気付き、そっと今までねねがいた円卓を見やる。そこには酔い潰れた冒険者達が死屍累々と倒れていた。その後片付けを晃介がてきぱきとこなしていた。それを見て、急性アルコール中毒なんじゃないかなとぼんやりと思う涼子であった。
「お、菜月。きちんと来てたんだね」
ねねが名前を呼ぶと、菜月は発泡酒を飲みながら手を挙げる。それに何度か頷いた後、辺りを見回し、そして素っ頓狂な声をあげる。
「なんだい? 肝心の彰一がいないじゃないか。あいつはどこに行ったんだい?」
「あの、彰一さんなら……」
真衣が菜月にしたのと同じ話を手短にすると、ねねは仕方ないとばかりに溜め息を吐いた。
「ま、そういうことなら待つとするかね。ああ、あんたらももう少し楽しんでいたらいいけど、彰一が来たら話があるから一緒に来ておくれね」
そう言って、娘と同じように別の円卓から発泡酒とつまみの皿を取ると、菜月の前に座る。そうして何事か話しだした。声は小さめであるために内容は分からなかったが、菜月がその話に少し表情を険しくして言い返す。それにねねが更に言い返すと、菜月の顔が動揺した様子を見せた。顔は赤かったが、酒精とは別のように見えた。
「ん? ずっと待っててくれたのか?」
と、その時彰一が戻ってきた。
読んで下さりありがとうございます。
これからもどうかよろしくお願いします。




