表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

第18話

遅くなりすいません。

 溶解石(スライム)。彼の魔物が何故そう呼ばれているのか。永瀬の街を襲った忌まわしき事件の際、彰一が溶解石の元へと向かった後に涼子はその疑問を口にしていた。それに答えたのは討伐の際にずっと守ってくれていた晃介であった。引退したとはいえ、長年の冒険者生活から経験豊富で博識な彼は分かりやすく説明してくれた。


溶解石(スライム)なんだが、あの粘液ばっかりの体を見ると、みんな同じように首を傾げるんだよな。何処に石があるんだよってな。でもよ、実はあの名前、かなり的を射てるんだぜ」


 元々、溶解石(スライム)という魔物は、分類の上ではその名が示す通り石の魔物となっている。しかし、あの粘液の塊である魔物のどこに石があるのか。そういった疑問に彼はこう答えた。それは「核」と呼ばれている部分である、と。

 より正しくは「核」と呼ばれている部分こそが、溶解石(スライム)なのである。では、あの大量の粘液は何なのか。


「まあ、少し話は長くなるが、一から説明するとこういうことだ」


 魔物というのは、その身に魔力を過剰に取り込んだ結果、その生態が変質してしまったものを指す。この魔力による変質はなにも生物だけに限らず、命の宿っていない無機物にも引き起こされる。

 例えば、今回の溶解石(スライム)の場合、長い年月を掛けて、石に魔素が溜る。そして、それが徐々に圧縮され魔力へと変換されていき、また魔素が溜りだす。この流れが繰り返されていくことで、魔力が蓄積し、その石は性質を捻じ曲げられ、魔物──溶解石(スライム)へと変貌する。

 このようにして魔物化した無機物には、原始的であるが知性が発生する。そして、原始的な知性故に本能に従い行動しだす。つまり、生存に必要なもの──彼の魔物の場合は魔力──を求めて行動するのである。この時、自由に行動できるよう、魔物達は様々な方法を選びとる。それは生まれ出でた環境に左右され、自力で行動するもの、周囲にあるものを使うものなど様々であるが、殆どの場合周囲にあるものを用いることを選択する。溶解石(スライム)の場合、周囲に存在していた水に魔力を流し、一時的ではあるものの、その本体に纏わりつかせ、自由自在に操りだす。これが粘液の正体である。獲物を攻撃する時は硬化した水に、獲物から魔力を吸収する時は消化液に、と多種多様な使い方をする。

 通常は魔力量の関係からそれほど大量の水を操ることはなく、粘液(操っている水)を含めた大きさも精々30cmから50cmと小さい。動きも鈍く、粘液を飛ばす事も出来ずで、全くといっていいほどに脅威ではない。たまに見かける大型が討伐対象に上がるだけである。それだけに今回の溶解石(スライム)はかなりの規格外と言えた。





「と、いうわけだ。分かったか?」

「うん、とっても分かりやすかった。でもおじさん、一つ疑問があるんだけど」


 涼子が少し不安げな顔で尋ねる。


「そこら辺に落ちてる石とかも魔物になっちゃうならそこら中に魔物が溢れちゃうことにならない?」


 その疑問に晃介は笑って答えた。


「ははは、確かに涼子ちゃんの言う通りだわ。石とかが魔物になるならこの通路とかだって魔物になっちゃうわな。でも、あまりそれを心配する必要はないんだ」

「え? どうして?」


 あっけらかんとした様子に心底不思議そうな顔を見せる涼子。そんな彼女に晃介は大丈夫な理由を述べる。


「石とか岩とかの無機物は魔物化するのに必要な魔力量が生物のそれと比べてもかなり多いことが分かってるんだ。そうだな、例えば俺の魔物化するのに必要な魔力量を1とするだろ? それに対して……うん、この小さい石がいいか」


 そう言って直径3cmほどの小石を拾い上げ、涼子と真衣に見えるよう掲げる。


「この小石の場合だとな、ざっと10は必要になる」

「ええ!? そんなちっちゃい石ころなのに目茶苦茶魔力がいるんだ!」


 予想よりも多い量に涼子は驚きの声を上げる。その黄色い声は地下水道に良く響き渡った。真衣が少し咎めるような視線を送るが、それ以上に周りで休んでいた冒険者達が睨みつけてくる。前線にいる彰一や魔物は気にしていなかったが、変に注意を引くな、とその視線は物語っていた。その無言の圧力に涼子が怯えるのを見た晃介は、すぐに冒険者達を睨み返して大人しくさせた。


「全く大人気ねぇ。そんなに相手を刺激したくないなら、もう帰ればいいのによ。どうせ彰一が行ったんだからすぐに片がつくさ」


 全幅の信頼を置いている発言に真衣がおずおずと質問する。


「あの、どうして彰一さんが出たら終わるんですか? この通り、愛用の武器も私達に預けたままですし……」


 そう言って、預かっている風鳴りを見せる。その隣にいた涼子も同意を示すようにこくこくと何度も頷いている。晃介は一瞬意表を突かれたかのように目を丸くし、そしてすぐににんまりと人の悪い笑みを浮かべた。


「そりゃ、彰一の奴が――」

『あまりここで話すことではない。その話自体は宿に戻ってからでも出来るはずだ』


 晃介の台詞を遮り、風鳴りが忠告する。その言葉に晃介はハッとして、辺りを見回した。皆へたり込んでいる上に、先程睨まれたことであからさまに見ている者はいなかったが、ちらちらと視線を飛ばし聞き耳を立てている者は多かった。それに気付かされた晃介は場にそぐわない明るい笑い声をあげた。


「あはは、風鳴りの言う通りだな。さっきの話については宿に帰ってからだ。今は彰一の雄姿を見ているといいさ」


 そういって、魔物と彰一のほうへ目をやる晃介。その不自然な態度に疑問を覚えながらも二人は言われるがままに視線を移した。






「後は任してくれればいい。そこで休んでな」


 そう彰一は菜月に言うと、気軽な足取りで溶解石(スライム)のほうへと歩き出した。その背中に菜月の声が掛かる。


「ちょっと、何しようというのよ。無理よ。あれを倒すのは無理なのよ。悔しいけど、あれは――」

「任せろと言った」


 揺るぎない自信を感じさせるその声に、菜月はドキッとし、黙りこくった。そして、気付いたときには咎めるタイミングを逸したことを自覚し、呆然とその背中を見送った。

 背後で菜月がついてくる気配もないことに彰一は安堵していた。()()()()()()()()()()()()()とはいえ、それは自分に限ってのこと。菜月まで守りながら戦えるとは思っていなかった。

 そうして溶解石(スライム)に近付こうと一歩踏み出そうとした時。


「アアアァァァァァ!!」


 反対側である地下水道の奥から雄叫びが聞こえてきた。その声は地下水道に響き渡るほど大きなもので、空気がびりびりと震動していた。奥側にいる冒険者からは歓声が上がり、入り口側にいる冒険者からは新手なのかとどよめきが走った。そんな中、聞き覚えがあった彰一は険しい顔を見せる。


「ねねさん……まさか()()を!」


 その呟きと同時に溶解石(スライム)に踊りかかる影に見えた。その影は相手が出す触手を時には避け、時には打ち払い、時には蹴り飛ばす。豪速で射出される触手に対して、縦横無尽に動きながらも余裕を持ってその全てをいなしていた。

 彰一を含め、その場にいた冒険者は全員その動きに見惚れてしまう。あまりにも芸術的なほどの動きは冒険者が目指す先の一つといっても過言ではないほどのものであった。その攻防がどれほど繰り広げられたか。あまりの攻防の速さに時間の流れが置き去りにされていた。

 しかし、その攻防が繰り広げられている中で、一人の男性の悲哀に満ちた声が彰一の耳朶を打った。


「彰一! 頼む、ねねを止めてくれ。あのままだと、あいつが……」


 その男――晃介の声にハッとなった彰一は、ねねに執拗に攻撃を繰り返す溶解石(スライム)の後ろへと駆けていく。その彰一の後ろ姿を見ながら真衣は晃介に尋ねていた。


「あの、ねねさんすごいですよね。()()()()()みたいなものもつけてますし、負けるとは思えないんですけど……」


 しかし、晃介はその言葉に首を振った。


「あの状態になったねねはそうそう負けはしないさ。ただな……」

「ただ、なんですか?」


 晃介は悲痛な思いを胸に、今も触手を避けているねねを見つめる。彼女が動くたびに赤いオーラが残像のように見えていた。晃介はおもむろにそのオーラを指差した。


「あれはねねの『魔人化』という()()だ。魔力を半物質化してその身に纏って戦うんだが、魔力を身に纏っているせいか魔力の浸食が激しいんだ。このままだとねねが魔物化してしまう」

「そんな!」


 真衣が、涼子が反射的にねねのほうを見やる。今も赤い残像を残しながら高速で動きながら触手を捌いている。と、そこに後ろから彰一が走り込んでいるのが見えた。


「彰一さん、いけー!」


 思わず涼子が声援を飛ばす。それに反応したかのように溶解石(スライム)が動く。しかし、それは涼子の声援があったからではなかった。彼の魔物は全方位を知覚出来る故に、その彰一の接近に気付いていたのである。そして、気付いていたからこそ触手を高速で飛ばす。


「ああ、触手が!」

「彰一さん!!」

「危ない!!」


 真衣や涼子、菜月らから悲鳴が上がる。しかし……。


「無駄だ」


 放たれた触手が彰一を貫くことはなかった。彰一に触れた瞬間にぱしゃと音を立ててはじけ飛んでいた。


「む、鬱陶しい」


 彰一は触手の水で濡れた髪が垂れ下がってくるのを無造作に払い除ける。その濡れた髪以外の被害、怪我等は見受けられなかった。


「え?」


 その光景を見ていた全ての冒険者、そして真衣と涼子から驚きの声が上がる。ただ一人、晃介だけは驚くのではなく、平常のままであった。

 相手の溶解石(スライム)もまた、その不可思議な結果に戸惑っていた。相手(彰一)の体に触れた瞬間に、自分が通していた魔力が掻き消された。溶解石(スライム)は魔力が消えたことから目の前の出来事をそう判断した。

 そして、原始的な知性なりに、いや原始的な知性であるからこそ、起きた現象を真摯に受け止める。自分を誤魔化さずにありのままを理解する。しかし、理解したが故にどう対処するかの判断が鈍ってしまった。そこをねねは見逃さなかった。


「隙あり!!」


 声と共に勢いをなくした触手の槍襖を潜り抜け、溶解石(スライム)に接近する。そしてその魔力に覆われた両手を重ねた状態で溶解石(スライム)の体(粘液)へ密着させる。


「喰らいな! 『魔雷衝(まらいしょう)』!!」


 技名が叫ばれると同時にねねの両手から雷が発生。それは爆発へと繋がり、地下水道に轟音が響き渡った。しかし、その技は溶解石(スライム)の粘液を吹き飛ばしはしたものの、核を破壊させるまでは至らなかった。ねねは舌打ちしてすぐに後退しようとしたが、相手のほうが上手であった。無事に残った粘液ですぐさま反撃に打って出たのである。


「くぅ」


 再度ねねと溶解石(スライム)の攻防が繰り広げられる。しかし、ねねのほうはとある理由で動きに精彩を欠いており、数を捌くうちに傷が増えていっていた。


「ねね!」


 晃介の悲鳴が木霊する。そして、そのままねねの動きが段々と緩慢になり、足が止まった。その隙を逃さず溶解石(スライム)は今までで一番大きな殺傷力のある触手を射出。それを見ていた冒険者達から絶望の声が上がった。


「無駄だと言っただろう」


 しかし、その触手がねねを貫くことはなかった。彼女を貫こうとした触手は彰一の体に当たり、ただの水へと戻されていた。彰一はねねの体を抱きしめたまま、ねねの容態を確認する。


(やはり、魔力による魔物化が進んでいる……。ここは晃介に恨まれようとも応急処置をしておくしかないな)


 意を決した彰一は魔物化の影響でぼうとしているねねの顎に手をやり、上を向かせた。その仕草から何をしようとしているのか分かった真衣が顔を真っ赤にし、涼子はぶすっとなる。菜月も胸の内にもやもやしたものが生まれ、ぷいと横を向いてしまっていた。他にも冒険者達はそれぞれ様々な反応を示していた。

 そんな中、彰一はねねに軽く口付けを行う。しかし、軽くだからといってすぐに唇を離すことはせず、十数秒その行為を続けていた。

 その間、溶解石(スライム)は触手の一撃をまた防がれたことに大いに戸惑い、攻撃するべきかどうか悩んでいた。それが結果的に彰一達の行為を傍観することに繋がり、何か仕出かすということはなかった。

 彰一がゆっくりとその唇を離す。その時にはすでに、ねねの眼の焦点は正常に戻っていた。


「あらいやだ。こんなおばさんに欲情されてもね」

「……笑えない冗談だな。真衣や涼子達も見ているんだぞ。後始末を考えるだけでも憂鬱だ」

「あらあら。そっちはあたしが何とかしてあげるから。あんたは()()を何とかしてくれな」


 ねねはにこやかにそう言うと、彰一から体を離す。そしてすぐに移動を開始しようとして最後に彰一に振り向いた。


「結局、保険のつもりだったのに頼ることになってすまないね。あんたの能力の事も……」

「構わないさ。こうやって前に出たのは状況に流されたのもあるが、自分の意思だ。気にしないでくれ」


 ねねはその言葉に一瞬苦い顔をみせたが、すぐに表情を崩してにやりとする。


「じゃあ、後は頼んだよ。嬢ちゃん達のことはとにかくあたしに任せな」


 言い終えると、素早く溶解石(スライム)から離れるように、冒険者達の元へと向かう。それを見届けることなく、彰一は溶解石(スライム)に向き合った。


「さぁ、そろそろ終わりにしようじゃないか」


 彰一が鋭い眼光で相手を射抜きながら言う。溶解石(スライム)はびくりと粘液を震わし、次いで触手による攻撃を繰り出した。それは正確無比に彰一へと飛んでいくが、全て彰一に当たると同時に水に戻り、彰一に傷を与えることはなかった。


「無駄だ。お前ももう分かっているだろう?」


 彰一はそのまま溶解石(スライム)に無造作に近付いていった。その間も休む暇もなく触手が放たれるが、意に介さず突き進んでいく。ただ延々とぱしゃ、ぱしゃと水のはじける音だけが連続して奏でられる。

 その光景を冒険者達は呆然と見ていた。自分達の仲間を次々と殺害していった触手。それを全く歯牙にもかけない様子に得体の知れない恐怖を感じ取っていた。

 あいつは違う。俺たちとは何かが違う。何かがおかしい。俺たちとは異質な存在。

 そういった気持ちがありありと読みとれる表情を見ながら晃介やねねは苦い思いで彰一を見守り、真衣や涼子はただひたすら彰一の無事を祈って見つめていた。

 様々な想いが場を満たす中、彰一は溶解石(スライム)と並んで立っていた。辺りには放たれた触手から戻った水が大量に散っていた。何回、何十回と繰り返し、すでに効果がないと本能で理解していても恐怖から行わずにいられなかったのである。


「お前は俺たちの住む領域まで入って来てしまったんだ。悪いがここで狩らせてもらう」


 そう言うと、溶解石(スライム)へ肉薄し、その粘液の中へ手を差し込んだ。粘液がぶるぶると震え、手を入れた所からは水がどぼどぼと流れ出ていた。そして、彰一が目当ての物を掴んだ瞬間、粘液の塊が全て水へと戻り、ちょっとした洪水を引き起こした。


「ぬわ!」


 その急な流れに堪えることができずに彰一は少しだけ水に流された。その様子を見ていた真衣や涼子から悲鳴が上がるが、すぐに彰一が立ち上がったことで場にほっとした空気が流れた。そして、彰一が手にした物を掲げたことで、ねねがすぐさま討伐宣言を行った。


溶解石(スライム)討伐完了だ!! さぁ、戻って街の皆に知らせるよ」


 わあ、と歓声が上がり、冒険者達は肩を叩きあってお互いの無事を喜び、討伐完了に安堵した。

読んで下さりありがとうございます。

よろしければご感想・評価のほうよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ