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第17話

「まずは陣形を整えるよ。(じん)から(はく)まではこっち、奥側に集まりな。それ以外は逆の入り口側だよ。幸い相手の動きは遅い。素早く陣形を整えな」


 ねねの指示が飛ぶ。それを受けた冒険者達がそれぞれ動き出した。現在の状況は通路の真ん中に落下してきた溶解石(スライム)を冒険者達が囲む形となっていた。しかし、これはねねの想定していた形ではなかった。また、全方位という有利さはあるように見えたが、溶解石の場合は前後という概念がないためにあまり意味がなかった。それに、今も天井から粘液が滴り落ちてきており、どんどんその大きさを増している。これでは逆に各個撃破される可能性がある。それを危惧したねねは冒険者達を両側に動かした。しかし、それに呼応するように溶解石(スライム)も身体を震わしなにがしかの行動をしようとしていた。


「ねねさん、あいつが動き出そうと……」

「既に移動した者は魔法で援護しな。特に氷系を使って固めちまうんだ」


 応、と野太い声が響く。移動を終えた冒険者達が次々に魔法を詠唱していく。しかし、紋が重ならないようにするために広い通路であっても前に出れるのは3、4人ほど。しかも移動してくる者達の通り道も開けておかなければならず、実際は2、3人しか詠唱できていない状態だった。それでも足止めには効果があるようで、明らかに敵の動きは鈍っていった。


「よし、後はこれで……」


 もう後は氷で固めるだけ。そう思って安堵した冒険者に向かって、溶解石(スライム)が動く。通路の幅一杯にまで大きくなったその身に残された、まだ氷漬けにされていない粘液の部分から触手を形成。弾丸のごとき速さで撃ち出した。それは狙いたがわず冒険者の頭に当たり、そのまま貫いていった。


「は?」

「え?」


 突然の凶事に周りはついていけず、呆けた顔で頭がなくなった味方を見やる。触手はぐるぐると崩れ落ちようとしている身体に巻き付き、獲物(冒険者)を本体のほうへと素早く移動させる。それを呆然として見ていた味方にねねが怒鳴った。


「攻撃の手を緩めるんじゃないよ! っ!」


 そう声を張るねねの身体にぞくりとした感覚が駆け抜ける。その感覚に突き動かされ険しい目を相手に向ける。悪寒は当たり、その動きを見た彼女は慌てて警戒の声をあげようとする。


「くる──」


 しかし、それが間に合うことはなかった。そして、それを敏感に聞き取った冒険者達の行動も時すでに遅かった。

 一瞬攻撃の手が緩んだ隙を突いて溶解石(スライム)はさらに二本、三本と触手を撃ち出した。それは先程と同じく冒険者達の頭を容易く貫いていく。


「う、うわああああ、ぐぅっ」

「へ? へぎゅ」


 悲鳴をあげなんとか避けようとして、しかし逃げられず貫かれる者、状況についていけずにそのまま貫かれる者。

 普段は後方から魔法で打ち倒す戦法をとっていた冒険者達は、咄嗟に動くことも満足に出来ずに次々と倒されていく。ねねは歯噛みしながらも斧を手に飛び出し、仕留めた獲物の身体に巻き付いて本体に運ぼうとしている触手を切り落とした。


「ねねさん!」

「ほらほら、前衛組は前に出てさっさと触手を切り落とすしな! これ以上みっともない真似を見せんじゃないよ」


 ねねの指示に慌てふためいていた雰囲気がピシッと引き締まる。その間にも触手は射出されるが、それはねねが切り落としていく。触手の射出速度は高速で目視もままならないにも関わらず、彼女は余裕のある動きで対応していた。と、その時反対側である入り口側からも悲鳴が上がった。


(ちぃっ。あっちにも犠牲が出たね。でもあっちには彰一がいるし、晃介もいる。多分菜月もいるし、なんとか踏ん張ってもらわないとね。それよりも……)


 ねねはちらりとその手に握る斧へと目を落とす。今手にしている斧は、今回の討伐のために冒険者協会から渡された新品の斧である。急な準備のために単なる鉄製だが、職人による錆止め、切れ味向上の付与が為されているはずであった。しかし、既に刃はボロボロ。もう後数回か触手を切れば、使い物にならなくなってしまうのではないかと思えるほどである。


(こいつぁヤバイね。晃介には止められているけど()()をするしかないかな)


 ほんの少し、時間にして2、3秒ほど迷い、すぐに決心する。そして、決心してからの行動は早かった。


(しょう)(かく)、あんた達は結界の準備。(ろう)(えん)、あんた達は結界が出来上がるまで触手の撃退。あたしは少し抜けるからぬかるんじゃないよ!!」


 名前を呼ばれた4人はねねが名前を覚えるほどには優秀で、今回の討伐でも特別に呼ばれた者達だった。


「へいへい、まったく(あね)さんは人使いが荒い……」

「でも、無事に終わったらお店で奢ってくれるかもよ?」

「なら、ここで死ぬわけにはいかぬな。あいつの店の酒は絶品なんだ」

「……お前だけは死ぬことはない、馬鹿だから」


 4人は返事の代わりにぼやきを漏らしながら行動に移る。ねねが他の者達に指示をだしている間にも、どんどん触手は飛んできていた。しかし、それらを朧と、焔と呼ばれた2人が危うげなく捌いていく。その後ろでは翔と鶴が次々に紋を描き結界を構築していっていた。


「ほらほら、他の者は今まで通りあいつを凍らすんだよ」


 4人以外には継続しての攻撃を指示し、ねね自身は陣形の後方へと下がる。そこで複雑な紋を編みつつ、溶解石(スライム)の向こう側へと想いを向けた。


(晃介ごめんよ。またお前に心配をかけちまうけど許しておくれ)






 一方、ねね達と溶解石(スライム)をはさんで反対側、つまり入り口側にいる者達は苦戦を強いられていた。

 こちらの集団に指示を出しているのはねねの娘である菜月である。しかし、菜月の指示が悪いという訳ではなかった。こちらの冒険者達ははじめ、バラバラに動き、ろくな働きも出来ていなかったのである。それに業を煮やした菜月が一喝、見事にまとめあげた。そして、そのままなし崩し的に指揮を執る羽目となっていた。


「あー、もう。きちんと防御と攻撃に別れるの。このままだと全滅しちゃうわよ! ほら、そこのあなた! あなたは防御用の壁を作る。気休めだけどないよりかはまし!」


 未だおろおろと辺りを見ているだけで何もしていなかった男は菜月の指示で漸く動き出す。他にも何人かは菜月の指示を受けて初めて動いていた。その明らかに経験不足の動きに溜め息がついて出る。


「はあ、なんでこうなるのよ。くそ親父はド素人の保護にいっちゃうし、頼みの綱の母さんはあっちだし……」


 菜月は溶解石(スライム)の向こう側にいる母に届かぬ視線を送る。

 菜月側の冒険者達の動きが遅いのは仕方のないことであった。ねねが指示した範囲は偶然ではあったが、古強者(ベテラン)新参者(ルーキー)を見事に分けてしまっていた。その結果、菜月側は相手に対しての初動が遅れに遅れ、犠牲もねね側より多く出してしまっていた。最初の反撃でねね側、菜月側合わせて10人は犠牲が出ていた。


「とりあえず今はもっているけど……」


 菜月の視線の先には菜月が魔力の大半を注いで構築した土壁があった。触手の攻撃に慌てた菜月が後先考えずに構築してしまったのである。しかし、咄嗟にしたことであったが、予想外に時間が稼げていた。それは入り口側の冒険者達にとって行幸であった。気持ちを落ち着け、態勢を整える時間となったのである。

 だが、溶解石(スライム)も指を咥えて見ているだけではなかった。土壁を突破しようと触手を何度もぶつけていた。ゴリ、ゴリと触手が当たるたびに壁が削られる音が聞こえてくる。その音は不吉な予兆にしか思えなかった。何人かの防衛の強化に割り振られた冒険者が壁を強化しているが、元々そんな魔法を使ったことのない新参者(ルーキー)である。魔法というにはお粗末なもので、効果が全然期待できなかった。しかし、菜月はそれを承知で檄を飛ばす。


「それでいい、それでいいんから。もっと全魔力を捻りだすくらいにして強化していって!」


 しかし、菜月は削られる音からもって2、3分、下手すれば数十秒で穴をあけられると当たりをつけていた。そんな不安を内心抱えながら菜月は攻撃側に分類した10人ほどの冒険者達を見やる。そして、呆れと共に自分が彼らを過大評価していたと自覚する。


「あー、見事に母さんの指示を無視しているわね……」


 そこには、それぞれが好き勝手に属性を選び、紋を描いている冒険者達の姿があった。ねね側から聞こえてきた凍らせるという指示は既に頭から抜けているかのように、炎属性が半数も見受けられ、他にも土属性や風属性などで、凍らせるための氷属性を選んでいる者はいなかった。


「今から止めて氷系を……って無理か」


 今から切り替えさせても魔法を詠唱しきれるほどの時間が稼げるとは思えず、泣きたい心境になった。が、自分が構築した壁はこれ以上触手の攻撃を防ぐことは出来ない。今の状況では、せめて向こう(ねね)側の邪魔をしないことくらいしか選択肢がなかった。


「みんな! 壁が崩れたら触手が飛んでくるわ。それに向けて今準備している魔法を放つのよ。いい? 機会は一度だけだからね。順番も、炎、風、土の順に合図するからそれだけは守ってね」


 応、や、任せろ、といった威勢のいい声が返ってくる。その調子のいい様子に頭を痛めながらも、菜月は壁のほうを注視する。壁からはガツ、ガツという音が先ほどよりも重く響いて来ている。後ほんの少し。そう判断を下した菜月は号令をかける。


「炎を選択した者は発射用意! 残りの風、土も続けていくわよ」


 菜月はどんな些細な変化でも見逃さない、と壁に集中する。冒険者達も後は放つだけの状態で壁を睨む。その状態でさらにガツ、ガツという音だけが響く。

 そして、すぐにその瞬間は訪れた。壁の土がパラパラと落ちる。


「! 来るよ!!」


 その言葉と同時に壁に穴が開く。その大きさは人一人が軽々と通れそうなほどであった。その大穴から間髪入れずに大量の触手が飛び出してくる。


「今、第一射放て!」

「オラァ!!」

「タアァァァ!」


 しかし、予想よりも大きな穴に驚くことなく、菜月はすぐさま号令を下す。その指示に従い、各冒険者が全力で魔法を撃ち出した。冒険者が放った魔法は穴から出てきた触手全てを焼き尽くし、その勢いのままに本体へと飛んでいく。


「まだよ、第二射放て!」

「テヤアアア!」


 穴の向こうからジュウジュウと粘液が蒸発する音が漏れてきていた。が、菜月は楽観せずに続けて次を指示していた。初めに魔法を撃った冒険者は既に下がっており、二射目の射線を遮るものはない。故にそのまま風魔法が放たれた。


「最後、第三射放て!」


 さらに待機していた土魔法の使い手である冒険者達が菜月の指示で魔法を撃ち放つ。それは狙い通りに壁向こうへと向かっていっていた。しかし、菜月はその結果を見ることなく、最後の指示を出した。


「穴を再度塞ぐわ。みんな、頑張って」


 穴を塞ぐ指示を受け、残りの冒険者は最後の魔力を振り絞った。菜月も残り少ない魔力を用いて再度土壁を構築する。そうして、殆どの冒険者は魔力が空っぽになったことで虚脱感に襲われていた。菜月も虚脱感に襲われていたが、現状を省みて、ある判断に迷った。そして、この中で唯一頼れるであろう父親のもとへと向かおうとした。その時。


「え?」


 轟音を立てて壁が崩れ落ちた。慌てて振り返った菜月の目に、もうもうと上がる煙と無数の触手がのたうっている光景が飛び込んできた。


「あ、ああ」


 へたりこんでいる冒険者達から絶望に彩られた声が上がる。菜月自身もその光景が信じられず、頭が真っ白になってしまっていた。


「菜月!!」


 晃介の声が響く。その声で彼女がはっとしたときすぐ目の前まで触手が迫ってきていた。それを見たとき彼女は、ああ、死ぬんだ、とただそれだけが頭に浮かび、きつく目を閉じた。すぐにパシャという音が聞こえてきた。そうして1秒、2秒と経った。


「あ、れ?」


 既に自分は死んでしまったのか。ここはもう死後の世界なのか。そんな思いが胸をよぎり、恐る恐る目を開ける。目に映るのは漆黒の髪を、その服を水に濡らした男性の背中。いったい何がどうしたのか分からない菜月は目を白黒させていた。すると男から気遣うように声が掛けられる。


「大丈夫か? よく頑張ったな」


 顔は見えずとも、その声音から優しげな表情をしているのは簡単にわかった。菜月は自分が助けられたことを理解し、頬がかあっと熱くなった。


「あ、ありがとう」


 恥ずかしさから小さくなった声で礼を言う。目の前の男性からフッと笑う気配が伝わってきた。そして、すぐに菜月から離れ、敵に向かって歩き出した。その背中に菜月が呼び掛ける。


「ちょ、ちょっと。何するつもりなの?」


 男はそれに答えず、しかし足を止める。そして、前を向いたまま菜月に言い放った。


「後は任してくれればいい。そこで休んでな」


 男──彰一はちょっとそこまで、といった感じで溶解石(スライム)に向かって歩き出した。


 

読んで下さりありがとうございます。

これからもどうかよろしくお願いします。

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