第16話
「なあ、彰一。巻き込んでおいてなんだが、大丈夫なのか?」
「なんで今さら聞くんだ? もうここまで来たら引き返せないのは分かっているだろう」
「そりゃ、そうなんだがな」
彰一は、現在ある団体と共に地下水道を歩いていた。その地下水道は小型の船での行き来にも使われており、水道の幅は広く設けられ、脇の通路も大きめに作られていた。また、河から直接水を引いているため、常に小さく波立っており、通路に水が当たる音がひっきりなしに聞こえていた。
そこを彰一と共に歩く一団の中にはすでに引退していた倉城晃介とその妻ねね、現役の冒険者である娘の菜月、さらには冒険者予定の真衣と涼子の姿もあった。
彼らは溶解石討伐の任を与えられた一団であった。倉城夫妻は引退しているとはいえ、その実力が折り紙つきなのは誰もが認めるところで、今回もこの一団の統率者を担っていた。また、菜月もあまり冒険者活動をしていない(宿の仕事優先)のだが、かなりの実力を備えているのは有名であった。特に魔法を使った時の依頼は好成績を収めていて、今回も討伐の主戦力として期待されていた。他にも魔法に優れている冒険者が集められたのが今回の討伐隊であった。
彼等は周囲を警戒しながら溶解石を探していた。
事の起こりは街中に街中に出された第一種警報であった。銭湯での事件の後、街の権力者たちはすぐに冒険者協会に調査を依頼。それを受けて何人かの冒険者たちが捜査した結果、敵――溶解石は地下水道に隠れているのが判明した。これで警報も解除できるだろう、と誰もが思った。しかし、事態はそれほど簡単に終わるものではなかった。遭遇時に数人の冒険者たちが犠牲となっていたのである。また調査に出向いた冒険者は口を揃えてこう言った。
「あれはもう溶解石ではない」
大きさやその身に蓄えた魔力の量など通常の溶解石とは一線を画していた、と。その報告は重く受け止められ、警報が発令、大規模な討伐隊が組まれることとなった。
その後、討伐の話は倉城夫妻の元へも流れてきていた。引退したとはいえまだまだ実力は他の追随を許さないほど上位に位置している二人を放っておくのはもったいないとの判断である。それを聞いた倉城夫妻は最初渋い顔を見せた。
「私達は引退してそれなりになるし、相手は溶解石だろ? 晃介ならともかく、あたしにとっては相性が悪すぎるよ」
ねねは自分の武器が斧であること、相手が溶解石であることを合わせて冷静に考え断ろうとした。しかし、冒険者協会の幹部は士気高揚につながるからと懇願し、最後には街が滅びるから何とかしてくださいと泣き落としまでしだした。これには流石に参ったねねはあることを条件に討伐隊への参加を表明。ねねが参加するなら、と晃介も重い腰を上げるのであった。幹部はペコペコと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! それで、条件とは一体何でしょうか?」
幹部が恐る恐る尋ねると、ねねはにっこりと笑ってこう答えた。
「そりゃ決まってるさ。彰一、睦月彰一を参加させな。それが出来たら必ず参加してやるから」
聞けば、彰一なる人物は冒険者教会に所属している冒険者でたまたまこの街のこの宿に滞在中とのこと。喜び勇んで幹部は彰一の元へと走り、頼みこんだ。
「君が参加するだけであの『割り姫』が参加してくれると言っているんだ。それで街が救われるんだ。頼む、特別報酬も用意するから!」
土下座するような勢いで頭を下げる幹部に、しかし彰一はにべもなく断った。さらに唖然とする幹部に彰一はすぐに街を出ると言いだした。だが、運命の女神は幹部を見捨ててはおらず、思わぬところから援護がやってきた。
「彰一さん。その依頼受けてもらえませんか?」
真衣である。彼女は思いつめた表情で彰一に討伐隊への参加を勧めた。その表情を見て彰一は言葉に窮する。
「うん、あたしも彰一さんに参加してもらいたいです」
涼子まで同じように参加を勧めてきたことで、彰一は進退窮まった。その涼子も真衣と同じように思いつめた表情を見せていた。二人が同じ表情を浮かべていることから面白半分で参加を勧めている訳ではなさそうなのを理解した彰一は嫌々ながらも引き受けた。
「二人が言うなら仕方ない。引き受けよう。代わりに愛理を必ず安全な場所で保護しておいてくれ」
「分かった。約束しよう」
返事をしながらもほっとしたような表情の幹部の横で、彰一は愛理に「お留守番」をお願いしていた。
「愛理、お父さんはこの人たちと一緒に化け物退治にいってくる。だからお留守番頼んだぞ」
「あい、いってらっちゃいお父ちゃま。がんばってね」
「愛理の応援があれば百人力だ」
愛理の無垢な笑顔の応援に気合いを入れる彰一に周りは苦笑していた。
こうして彰一は娘の愛理の身の安全と引き換えに溶解石討伐に参加することとなった。そして、彰一が参加するということで倉城夫妻の参加も確定し、討伐隊はその日のうちに招集、結成された。
溶解石は地下水道に巣くっており、時間が経てば経つほど犠牲が増える。そのため、討伐隊はすぐに出発することとなった。すでに日は傾き、鮮やかな赤が河を照らしだした時間であった。
「しかし、まさか二人がついてくるとは思わなかったな」
彰一の横にいた晃介がそう呟いた。晃介の言う二人とは真衣と涼子である。彼女達は今回彰一に頼みこんで討伐隊に随伴していた。
彰一が準備しだした時に自分達も行くと申し出たのである。その要求は即座に却下されたが、どうしても行きたいと何度も懇願し諦めることはなかった。彰一はかなり渋ったが、最後にねねの、許可してはどうか、という言葉で折れたのであった。しかし、随伴する条件として風鳴りを所持し、必ず二人一緒にいること。彰一、若しくはねねの指示に従うこと。部隊の真ん中で行軍することなどを出していた。
そうして付いてきた二人は、現在周りにいる冒険者たちに何かと世話を焼かれていた。面倒見のいい者が中心となっていたが、その筆頭は宿屋の女将であるねねだった。ついていきたいと申し出た彼女達に味方した責任を取ると言いだし、積極的に関わっていた。
「まぁ、ねねがああして傍に張り付いているし安全ではあるか」
晃介はそう言うと真衣と涼子のほうを見やる。釣られて彰一も二人のほうを見やった。そこには緊張し警戒しながらも周りと少し打ち解けている姿があった。
「二人とも何か思うところがあったらしい。銭湯で実際に遭遇した時に何かあったらしいんだが……」
「まぁ、冒険者をさせるなら今回のはいい経験になるしな。幸い今回はねねがいるから逃げるだけならなんとかなるし」
そう話しているところで、話題の二人が彰一達へと近付いてきた。後ろには当然のようにねねが付いて来ていた。
「あの、彰一さん」
「どうした? わざわざこっちに来たということは何かあるんだろう?」
彰一がいつもどおりに尋ねると、真衣と涼子は胸を撫で下ろしていた。それを見て、後ろにいたねねがクスリと笑う。
「だから言ったでしょ、別にこいつは怒ってないって。不機嫌そうにしているけど、見かけだけだよ。本当は心配で心配で堪らないのさ。ほんと、昔からそういうところは変わらないね」
けらけらと笑うねねとは対照的に苦い顔をする彰一。晃介はその間で仲を取り持っていた。そんな彼らの気の置けないやり取りに真衣は寂しさを覚えた。仲間外れにされているような疎外感に襲われた。それは涼子も同様で、二人は羨ましげな眼で彰一達三人を見つめていた。
しかし、彼女達のその気持ちはすぐに消え去ることとなった。涼子が手にしていた風鳴りが声を上げる。
『気をつけろ。空気中の魔素が薄くなってきている』
「どういうことだい?」
一瞬で気持ちを切り替え、厳しい顔つきになったねねが問う。風鳴りが喋ったことは全く気にしていない。それよりも風鳴りが言った内容が気になっていた。
『簡単なことだ。もともとこの場所に魔素が少ないか、彼の魔物は空気中の魔素をも吸い取っているか、だ。しかし、この場所の魔素が少なければ、事前に告知してきているはずだ。まさか見落としているとは思えない。ということは後者が有力になってくる。空気中の魔素を影響がでるほど吸い取るなど溶解石としては異質だが、獲物から得られる魔力では限界があったのかもしれない。恐らくその身を維持するために進化したのだろう。長くなったが言いたいことは』
「敵がすぐ近くにいるってことだね」
風鳴りの言葉の後を継いだねねはすぐさま手を挙げ、合図を送る。事前に取り組みを決めておいた合図に従い全員が足を止めた。そうしてねねは近くにいる一人に話しかけた。
「敵が近くにいるかもしれない。 今までは魔力節約のために松明を使っていたが、明かりがいる。頼んだよ」
「任せてくださいな。昼間の草原にいるように明るくしますよ」
ねねの指示を受けた冒険者は胸をどんと叩くと、詠唱に入る。同時に腕が揺らめき紋を描いていく。
「来たれ陽光、照らせ光明、今この時この場所に一時の明るさを与えよ、ハァッ!」
その冒険者の魔法で、暗く松明の明かりでは少し先までしか見通せなかった地下水道がまるで真昼のような明るさの下に晒される。それを受けてねねが全員に指示を出す。
「よし、これで目視がしやすくなったよ。探しな、目ん玉ひん剥いてよーく探しな。敵は近くにいるばずだ。特に横の水道に気を付けな。波とは違う水の揺らぎを見逃すんじゃないよ」
応、という返事が一斉に木霊する。冒険者達は特に前方と水道のほうへと注意を向けた。真衣と涼子も探そうとしたがそれは彰一に止められる。理由を尋ねると、彰一ではなく晃介が答えた。
「とりあえず彼らが何をしているのか観察するんだ。例えば……そうだな、あいつだ」
あいつ、と指差された冒険者は水道の方を向いていた。その視線は水面を射抜くように鋭かった。
「あいつは波を見ているだけのように見えるが、実は魔法で水中を探っているんだ」
「えっ!? どうやってですか?」
「魔法の一つに使い魔を作るものがあるんだ。あいつはそれで魚を使い魔にしている。今回もそれに探らしているみたいだな」
晃介の説明に、はー、と感嘆の声が漏れる。それに構うことなく晃介はすぐに別の人物を指差した。
「他にも……あいつが良いな。あの赤い服のやつ」
「あの目を閉じて耳に手を当てている人ですか?」
「そうだ。あいつはな、魔法で音を拾い上げているんだ」
「音を?」
音を聴いてどうするのか。その意味がよく分からないと言いたげな表情で聞き返す涼子に頷きが返される。
「そうだ、音だ。相手も動いているはずだ。ならば音はどうしても出る。音を殺すのは難しい技術だからな。そこにあいつは着眼した。小さな音でも拾いきれば何処にいるかが分かる。探索は目で見るだけじゃないってことだ」
「はー……」
再度感嘆の声を漏らす真衣と涼子。自分達では思いもつかない方法で探る彼等の姿にただただ感心していた。と、そこに彰一が声をかける。
「ただ感心していては駄目だぞ。ああいったやり方を見本に自分なりのやり方を探すんだ。ついてきたからにはそれなりに勉強してもらうからな」
「う、頑張ります……」
「あうう、あたしは魔法じゃないのに」
二人の反応に彰一と晃介は笑い合う。しかしすぐに気を引き締めて辺りを見回した。
「……これだけ探しているのに見つからないのは何やら気持ち悪いな。本当に近くにいるのか?」
晃介の呟きに反応したのは風鳴りであった。
『それは間違いない。今もどんどん魔素が薄れている。それにこの明るさを引き出している魔力も少しずつだが奪われている』
風鳴りの指摘に周りがぎょっとした顔を見せる。攻撃用でないとはいえ、魔法に用いられた魔力を吸いとっているとすれば、本当に溶解石の生態からかけ離れた存在と化している。もしここで負ければ、この街だけの話ではなくなってしまうかもしれない。そんな危機感が討伐隊の面々に広がっていった。
その危機感は焦りに繋がり、かなり入念に探されたが、しかし見つかることはなかった。一体敵は何処にいるのか。居る筈なのに見つからないことに、討伐隊の間に不安までもが芽生えてきていた。
「ん、冷たい。……なにこれ? なんだか腐った臭いがする」
その時、真衣の頬に天井から滴が垂れてきた。何気なく拭きとると、腐敗臭が鼻についた。そのおかしさに、ふと上を向くと天井びっしりに溶解石が蠢いていた。
「い、いやああああああああああ」
悲鳴を聞いた冒険者たちが真衣のほうを向く。と、同時にその悲鳴を合図とするかのように溶解石はべちゃりと天井から降ってきた。真下にいた冒険者が巻き込まれ、悲鳴を上げる暇もなく吸収される。
「う、うわあああああ」
「下がれ、下がるんだ!!」
「く、天井だなんて……」
冒険者達はめいめいに魔物から離れていく。しかし、ただ一人、その場から動けずにいる者がいた。
「弥生おねーちゃん!!」
涼子が叫ぶ。早くその場から逃げるようにと。周りの冒険者達も口々に逃げるよう叫ぶが、腰の抜けた真衣は逃げる事も叶わず、近寄ってくる溶解石の粘液をただ恐怖しながら見ていることしかできなかった。
「あ、ああ、ああ……」
ずりゅずりゅと音を立てて近寄る溶解石。まるで真衣以外見えてないかのように一直線に進む。そして、目の前まで近寄りると、真衣のその体へと触手を伸ばした。しかしその時、彰一が真衣を力一杯引き寄せ、その魔の手から引き離した。
「彰一さん!!」
真衣と涼子の悲鳴が重なる。彰一は悲鳴に頓着することなく、真衣の体を軽々と抱き上げ、冒険者達の所まで速やかに後退した。そして、冒険者達の後ろで降ろすと、何もされていないか確認しだした。
「あ、あの彰一さん。だ、大丈夫でしたから。そ、その、ありがごうございます」
真衣が礼を述べている間も隅々まで見渡し、何処にも粘液がついていないことを確認していく。そして、大丈夫であったと確信すると、近付いて来ていた涼子と晃介と入れ替わるようにして、何も言わずに真衣の傍を離れた。その時の彰一は真衣達が今まで見てきた中でも一番厳しい顔をしており、その迫力に間近で見た真衣は元より、涼子も少し怖さを感じていた。
「久々に見たな、あの顔。ありゃ相当怒ってるぞ」
晃介が真衣を介抱しながらそう呟く。
「怒ってる、ですか?」
「ああ、あんな顔は殆どしなかったがな。きっと真衣ちゃんが狙われたことで相当頭に来ているんだろ。いやー、真衣ちゃんも果報者だ」
晃介の言葉に真衣は顔を真っ赤にして俯く。その様子からは既に襲われた恐怖は何処かへ飛んでいっているのは明白であった。その様子に不満げな涼子であったが、すぐに不安な顔をして彰一のほうを見つめた。
「大丈夫さ。彰一は溶解石の天敵さ。あいつがいる限り負けることはない」
晃介がその様子に気付き声を掛けるが、それでも涼子の不安が消えることはなかった。しかし、その手にある風鳴りまでが晃介と同じことを言いだした。
『涼子、晃介の言っていることは本当だ。気を楽にして見ているといい。君達が慕う男の活躍をな』
風鳴りの言葉に暫し目を丸くしながら手元を見ていたが、こくりと頷くと彰一のほうを見つめ直した。真衣も同様に彰一の背中へと視線を移す。
こうして、冒険者達と溶解石の戦いが始まった。
それと沢山の評価本当にありがとうございます。めちゃくちゃ励みになりました。どうかこれからもよろしくお願いします




