第14話
結局、涼子は起こすことになり、真衣が頬をぺちぺちと叩く。
「うう~~ん、あとちょっと~、あとちょっとで~食べられるの~」
その手を無意識に払って寝言が出てくる。その様子に真衣や彰一は苦笑するが、自然に起きるのを待つわけにもいかず、何度か同じことを繰り返した。その結果、目を擦りながら涼子は眼を覚まし、ゆっくりヲ辺りを見回した。
「あれ? ここどこ? プリンは?」
「涼ちゃん、しっかりして、ここは永瀬の街の宿屋だよ」
「あれれ? 弥生おねーちゃん? プリンが弥生おねーちゃんになっちゃった」
「もう寝惚けてたらだめだよー!」
その後、未だ寝惚けている涼子をなんとか現実に引き戻した真衣は肩で息をしながら、涼子に注意を伝える。
「いい、涼ちゃん。今度は気絶しちゃ駄目だからね。お化けじゃないからきちんと気を持ってね」
「う、うん。わかったよ。でもあたしがそんなことで気絶するかなぁ」
気絶したと言われて首を捻る涼子に少し苛立ちを感じながらも真衣が強い口調で言いのけた。
「したから言ってるの! 本当に大丈夫かなぁ」
「本人が今度は大丈夫と言ってるんだからそれを信じよう」
疑いの目を向ける真衣を落ち着かせるように頭を撫でる彰一。唐突であったために顔をぼっと赤くしながらも真衣はこくりと頷いた。そして、再び彰一は風鳴りを二人の前へと突き出した。
「こいつは俺の相棒で銘は『風鳴り』というんだが、先に言っておくぞ。喋れるからなこいつ」
彰一の言葉に涼子の目が点になる。真衣は既に受け入れているために平然としていた。
「喋るんですか、これ?」
「ああ、そうだ。風鳴り」
彰一が促すと、風鳴りは二度目の名乗りを上げた。
『こうして話すのは初めてだが、彰一の相棒を務めている「風鳴り」と申す。これからよろしく頼む』
風鳴りが喋ると、涼子は刀を指差して、真衣のほうを向いて口をパクパクさせる。その動作があまりに滑稽で真衣はついつい笑ってしまっていた。
「弥生おねーちゃん、笑ってる場合じゃないよ。あの刀喋ってるよ、付喪神だよ!」
『失礼なことを言うな。私が高々数十年かけて霊魂を手に入れた有象無象と同じにしてもらっては困る。私はれっきとした神刀である』
真衣の様子に憤った涼子がガクガク揺さぶりながら早口にまくし立てる。しかし、その声に間髪いれず風鳴りが抗議の声を上げた。その言葉に涼子の慌て具合がピタリと止まる。
「神、刀? 本当に?」
『本当だ。私は数百年前に神に遣わされし刀である』
「神様って本当にいたんだ……」
呆然とした様子で呟く。信じられないのか、感動しているのか。どちらにせよ涼子はわなわなと震えだしていた。
『私の紹介が終わったところで二人に話がある』
その様子にあたかも気付いていないように風鳴りが話を進める。
『まず、二人ともこの世界が日本、しいては地球でないのは既に聞いているだろう』
「はい、彰一さんから聞いてます」
「あたしは弥生おねーちゃんから」
『そこでだ。二人ともこの世界にわたった際に神より贈り物を授けられている。もっともこれは神から直接聞いた訳ではなく、私の感知によるものであるから正しいかどうかは分からない。それを踏まえての話であると覚えておいてくれ』
「席をはずそうか?」
神からの贈り物。そんな大層な言い回しをするという事は某かの技能である可能性が高い。技能はおいそれと人に教えて良いものではなく、例え家族であっても秘匿しているのは少なくなかった。故に今回も知らないほうが良いだろう、と判断した彰一が風鳴りに問いかけたが、意外なことに風鳴りはそれを断った。
『いや、彰一は居てもらわないと困る。これはお前にも関係のあることだ』
自分が関係していると言われ訝しむ彰一を無視して風鳴りが二人に対して告げる。
『まず、涼子。君には神力が宿っている』
「神力? 彰一さんに説明してもらった魔力じゃなくて?」
『そうだ。これはこの世界でも非常に珍しい体質だ。神力自体についてはまた後で説明しよう。とにかく、そのせいで魔素を吸いとれないので魔力を生成できず魔法は一切使えない』
「えーー! 魔法使えないの?」
不満げに声を上げる涼子に風鳴りが諭すように言う。
『その代わりにより強力な神術を行使できる。使い方については後で説明するのでそれで我慢をするように』
「はーい」
涼子は不満はあるものの「より強力」という言葉に惹かれ渋々ながら返事をする。彰一は涼子が神力が使えることにも驚いていたが、それよりも既に平常運転に戻っているのに驚きを隠せなかった。
『では、続いて真衣。君についてだが』
「はい」
表面上は取り繕っていたが、自分にはどんなに凄い能力が与えられているのだろうと期待に胸をわくわくさせていた。
『君には涼子みたいに特別な力は何もない』
「あう」
それを読み取っていたかのように風鳴りが淡々と告げる。期待に胸が膨らんでいただけに「何もない」という言葉に残念な思いがずしりと来る。だが、風鳴りの言葉はそこで終わることはなかった。
『しかし、魔力の保持容量が非常に多い。それこそこの世界最高の魔法師よりもはるかに上だ。具体的に言うと、だ。一般人を"1"とすると、世界最高の魔法師が"1000"、そして君は"5000"だ』
その言葉に驚いたのは真衣や涼子ではなく彰一であった。彼は真衣が何か言う前に早口で捲し立てる。
「馬鹿な!! それほどまでに魔素に耐えられる人間なんていないはずだ」
『落ち着け。現にここにいる。それとも彰一は私の観測が間違っていると言いたいのか?』
冷静に切り返され、ぐうの音もでない彰一。そんな彼をほったらかして風鳴りは真衣に向かって言葉を紡ぎ続ける。
『ただ、今の君では保有量はあっても、魔力を生成する速度が足りないし、保持しておく技術もない。だが生成速度は保有量に依存する部分があるので一般人よりかは遥かに早いが。それ故に一つ問題がある』
「問題ですか?」
自身が世界最高峰の能力があると言われ気を良くしていた真衣は一体何なのか思い浮かばず首を傾げる。涼子も同様であったが、彰一は風鳴りの言いたいことに見当がついていた。
『そう、問題だ。魔力を垂れ流しにしているのだ。今は近くに彰一がいる上に、保有量自体が零から始まったので深刻ではないが、現状のままだと後三日ほどもすれば生態系に影響を与えるほどには魔力がだだ漏れとなってしまう』
やはりと彰一が深刻な顔を見せるが、真衣にはピンとこず、きょとんとしていた。
「彰一さん、どうして魔力がだだ漏れで出る影響って何なの?」
涼子も分かっていなかったのでつい知っていそうな人に質問していた。話の腰を折ると思い、話すか迷っていると真衣からも縋る視線が送られてきていた。仕方なしに溜め息を吐いてから説明を始めた。
「生き物に限らずこの世の全てのモノには魔力の耐性というのがある。そうだな、コップを想像してくれればいい。コップが人、水を魔力だとすると、魔力という水を入れ過ぎればいつかは溢れてくるのは分かるな?」
こくりと頷く二人に理解度が高いと感心しながら話を続ける。
「で、だ。魔力が溢れると生命体としての本質が変化してしまうんだ。より魔力に適した肉体、より魔力に適した形状にな。先程の例ならコップの形自体を変えてしまうことになる」
「むー。分からない。どういうこと?」
「……簡単に言うと、魔物化するということだ」
そして、ベッドの下で丸くなって寝ているタロを指さす。
「そこにいるタロも魔獣だ。見た目は犬だから、犬の魔物という事になる。もっとも、こいつは御先祖が魔物化しているはずだから、こいつ自身が魔力で変化したわけではないがな。他にも今日出会った獣人も元は何かの動物だったはずだ。それが魔力で人間に近い状態に変化したというわけだ」
そこまで説明を終えると、真衣が顔を青くして恐る恐る尋ねた。
「その魔力での変化は人間にも当てはまるんですか?」
「当てはまる。実際に魔力で変貌して討伐された者もいるしな」
ひっ、と小さな悲鳴を漏らした真衣が涼子に抱き付く。涼子は魔力を弾くと言われ彰一の言っている状態にならないからかのほほんと笑いながら背中をさする。
「弥生おねーちゃん、大丈夫だよ」
「ちょ、涼ちゃんは魔力弾いてるから他人事のように言って」
「いやいや、そうじゃなくて、弥生おねーちゃんはその許容量がすごいんだよね? 一般人が1000人集まってるのと同じぐらいなんでしょ。だったら殆ど大丈夫なんじゃないの?」
彰一は涼子の言い分に苦笑しながらも肯定した。
「その通りだな。問題は真衣よりその周りの人間となる。真衣が無意識に垂れ流す魔力をもろに浴びるのだからな」
「そんな、じゃあどうしたら……」
「魔力の扱いに慣れていくしかないな。俺は魔力自体扱えないが手伝う事は出来る。安心しろ」
真っ直ぐ自分を見つめるその真剣な表情に真衣は安心感が胸の内に広がる。その胸の温かいものが逃げないように手を胸の前で重ね深呼吸する。そして、彰一に向かって頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「あれ? そうなると彰一さんも魔物化するんじゃないんですか?」
と、同時に疑問がすぐ横の涼子から飛んでくる。見事に被ったそれに彰一は目を丸くし、そして微笑しながら涼子の疑問に答えた。
「俺は特殊な体質をもっていてな。"魔力霧散能力"っていうんだが、これの力のおかげで魔力がどんだけ来ても問題ないんだ」
ほえーと感心したような声を上げて彰一を見つめる二人。そこに風鳴りが締めるように話しを纏めだした。
『というわけで、真衣は暫くは彰一についていてもらう事になる。具体的には1日に一回は必ず握手なり抱き合うなり肉体的接触を持ってもらう。涼子の方は神力自体が悪い事に働くことはないのでじっくりと習得していってくれればいい』
「はーい」「はい」
二人が了承の返事をしたところで、風鳴りは話しは一旦終わりとばかりに別の話を切り出した。
『そういえば気になっているであろう元の世界へと戻る方法なのだが』
「えっ! 戻れるの!?」
風鳴りの言葉に涼子が食い付く。神力のことなど教えてもらったのはもう戻れないからだと思っていただけに良い意味で裏切られた気分であった。真衣も幾分か気持ちが落ち着いていたので、戻れるという期待から少しそわそわしていた。だが、そんな両者の希望はすぐに打ち砕かれる。
『早とちりするな。変に期待されても困るので先に言っておくが、元の世界に戻るのはほぼ不可能だ』
「そんな……」
涼子は期待が大きくなっただけに失望はより大きくなり力なく項垂れる。真衣も声にこそ出してはいなかったが、両手で口許をおさえ絶句していた。と、そこで別方面から声がかかる。
「ほぼ、ということは有ることは有るのだろう?」
それは彰一であった。その質問内容にガバッと涼子の顔が跳ね起きる。
『……端的に言うとあるにはあるが、最低でも実行するのに後百年はかかる。それでも良いのなら教えるが』
「そんなの待てないよぅ」
そして、再びがっくりと項垂れてしまう。真衣も再度の失望から肩を落としている。それを不憫に思いながら、風鳴りは話を続ける。
『力になれずすまないが、これからはこの世界で過ごしてもらうことになる。そこで、神からの伝言がある』
「伝言?」
虚ろな目をした涼子が蚊の鳴くような声で聞く。
『そうだ。彰一に付いていけ。伝言は以上だ。既に彰一にも話しは通してある。もっとも、そちらが嫌だというのならそれはそれで構わないが、先程の話のこともあるので出来る限り伝言に従ってもらいたいのだが……』
「風鳴り。この子たちは今の話で情緒不安定になっている。とりあえず、考えさせる時間がいる。あまり事を急くんじゃない」
風鳴りが返事を聞きだそうとしているところに彰一が割って入る。その目には二人を心配する色がありありと浮かんでいた。彰一の介入で自分が性急すぎたことを理解した風鳴りは自分の非を認める。
『む、そうだな。二人とも今の話を踏まえて考えてみてくれ。彰一、宿はどれくらい取っている?』
「とりあえず3日分払ってある。まぁそれくらいを期限にすればいいさ」
彰一の提案が受け入れられ、今は二人を部屋に戻らせることとなった。それぞれ覚束ない足取りでゆっくりと部屋を出ていった。彰一はそれを見送りながら不安で胸がつぶれそうであった。
「大丈夫だろうか……」
『なるようにしかならないだろう。とにかく今は見守ろう』
風鳴りの言葉に頷き、もぞもぞと布団の中へと潜り込むのであった。
部屋へ戻った二人は月明かりだけを頼りにベッドへと近寄り、そして二人揃って同じベッドの中にもぐりこんだ。服は着替えようにも代えがなく、仕方なしに下着だけになって寝転んだ。そうして二人はお互いに抱き合いながら横になる。
「弥生おねーちゃん……」
「うん、もう戻れないんだね……ごめんね、私があの時変なもの見つけちゃって……」
「ううん、おねーちゃんのせいじゃないよ」
「それでも、言っておかないと……涼ちゃんはどうする? 風鳴りさんの言うように彰一さんに付いていく?」
「わかんない。今は何も分からないよ……お母さん、お父さん……」
涼子は涙を一滴、二滴と少しだけ垂らしながらゆっくりと夢の世界へと誘われた。それを見ていた真衣も自分の親を想いながら静かに瞼を閉じ、寝息を立てはじめた。月明かりだけが二人を優しく包みあげるのであった。
読んで下さりありがとうございます。
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