第13話
「うわー。ベッドが思ったよりふかふかだ」
涼子がベッドに飛び込んでその柔らかさを体感する。その様子から宿屋の女将は羊毛のいいのを使っていると言っていたのは本当であると真衣は思った。そして、窓を開けてがっしりしているのを確認してからぽつりと呟いた。
「外からみた時はちょっと不安だったけど、これなら安心できるかな」
今いる「雅」という名前の宿屋は外から見た時はかなりボロボロであった。周りの建物と比べ、日に焼け色が変質してしまっていたり、そこかしこに継ぎ接ぎをしている形跡があったりと頭一つ飛びぬけたぼろさがあった。内側は改装されているから大丈夫と彰一は言っていたが、実際に見るまでは信用出来ないと二人は感じていた。しかし、中に入って受付を済ませた後、部屋に案内されるまでの階段や廊下は二人が思っていた以上にしっかりとした造りで軋む音は全然聞こえてこなかった。また、部屋の扉も頑丈でガタつくといったことは全くなかった。
「でも、ドアノブ付いてたのに扉がスライド式だったのはビックリしたよ」
「名前とかもそうだけど、服とか建物の趣きとか和風だけど、扉って言ったら普通押すか引くだもんね。でも鍵があっただけのは良かったよね」
涼子が初めて扉を開けようとした時、押してみたが開かず引いてみても開かずで途方に暮れていた。偶々通りかかった従業員――宿の入り口で出会った女性が苦笑しながら横にスライドした時は二人揃って唖然としたものであった。
「あの人も『やっぱ分からないか』って言ってたから多分お客さん皆分からないんだろうなぁ」
涼子がその時のことを思い出しながら言う。それに真衣は頷きを返した。
「ドアノブ付いちゃってるもんね。押すか引くかどっちかだと思っちゃうよ。あれかな、襖みたいな物を作ろうとしたのかな」
「あ、そうかも」
一頻り扉について話しあっていると、二人のお腹の虫が盛大な音を鳴らす。揃って顔を赤くして相手をちらりと見やる。お互いに同じことをしたために視線がぶつかり、沈黙が訪れる。と、その時扉をノックする音が部屋に響き渡った。次いで、野太い男の声が聞こえてきた。
「そろそろ夕食の時間になるぞ。少し早いが食堂に行こう」
彰一の声に二人は顔を見合わせて大きく噴き出した。そして大声で笑いあった。扉越しにその声を聞いた彰一は首を傾げ、一緒にいた愛理も不思議そうな顔を見せるのであった。
「はー、おいしかった。ごちそうさまでした」
夕食をペロりと平らげた涼子が椅子にもたれ掛かって声を上げる。それに真衣が注意しようとすると、別の所から声が飛んできた。
「満足したかい?」
涼子や他の者が声のした方に目をやると、 やはり山吹色の着物を来て宿のロゴの入った前掛けをしている40代くらいの女性が立っていた。この宿の女将で、名を倉城ねねと言う。ねねも昔は冒険者をしており、その時に晃介と知り合い結婚。子供が出来たのを機に晃介よりも先に引退している。当時は斧を豪快に振るうところから『割り姫』の渾名で呼ばれ恐れられていた。冒険者の間で今も引き継がれている伝説の一つに「割り姫、龍を割る」というのがあるほどに武勇に優れ、恋愛することはないと言われていた人物である。ちなみに晃介が口説き落としたことも伝説化しており、「愛と情熱としつこさの勝利」と言われていたりする。今は引退して久しいが、未だに引き締まった肉体をしており贅肉はどこにも見られなかった。
そんな人物とは露知らず、涼子は笑顔を見せて礼を言う。
「とっても! 建物見たときはないわーと思ったんだけど、この料理だけでも泊まる価値があるね」
タメ口な上に外観の批判を混ぜた言葉に彰一の顔が青くなる。真衣もねねの人物像は知らなかったが、涼子の口調に非難の色を織り混ぜた視線を送る。しかし、ねねは怒ることなく豪快な笑い声を上げた。
「アッハッハ! そうだね、そうだよね。外観は確かにみっともないね。娘も毎日同じことを言うよ」
他にいた客も楽しげに同調してそうだそうだ、と声をあげる。だが、ねねはそれらに対してすぐに睨みを利かせる。その強烈な威圧感を伴う一睨みに全員が黙り込んだ。ここの客は昔馴染みが殆どなのでねねのことは大いに知っている。なので皆が皆、そそくさと顔を逸らして食事に専念する。
「いやー、今日のこの唐揚げは最高だなぁ」
「味噌汁を飲むと今日の疲れも吹き飛ぶわ」
「女将の焼いた魚はまた格別だぁ」
いつもは言わないご飯への賛辞にねねは客に向けていた威圧を緩めた。その範囲の外にいて何が起こったのか分かっていない真衣と涼子は野次が賛辞に変わったことにきょとんとしていた。そこにねねが話しかけた。
「いやしかし、ご飯がおいしいって言ってくれるのは嬉しいよ。ここに来る野郎どもは食べるより飲むことを優先しちまうからね。今でこそあんな風に大人しく食べてるけれど、本当はもっと破廉恥なこともしているさ」
「あの、私達がいると何で皆さん大人しくなるんですか?」
「ん? そりゃあんた達が美人だからに決まってるじゃないか。男は馬鹿だからね。良いかっこしいなのさ」
美人と言われ顔を赤らめる二人。その二人を余所にねねは彰一に囁いた。
「で、どっちが本命なんだい?」
「……趣味が悪くなってないか?」
「そりゃ、あんた。もうあたしはおばさんだよ。おばさんのすることと言ったら決まってるじゃないか。それより、あんなちっちゃい子を連れてるのに美人を二人連れてるんだ。明らかにそういう目的だろう?」
「はぁ」
ニヤニヤ笑うねねに溜め息を吐いても効果はなく、彰一はありのままの事を伝えた。簡潔に話し終えると、ねねはニヤニヤ笑いを引っ込めて、少し同情した表情を見せた。
「そんな事情があったのかい。まぁ何はともあれその山賊崩れの野郎どもに捕まらなくて良かったよ。あんたもきちんと面倒見るんだよ。全くあの頃はあれほど無愛想で――」
自分の過去話に入りそうになって彰一は慌てだす。しかし、話しだそうとしている途中で、別のテーブルからねねを呼ぶ声が上がる。ねねはちょっとごめんよ、と断りを入れてからそのテーブルへと向かっていった。彰一は自分の過去を話されずに済んだことにほっと胸を撫で下ろしていた。しかし、真衣と涼子は聞きたかったと顔に書いてあるのが分かるほどに不満たらたらであった。
「お父ちゃま、ねむいの」
その後、愛理の一言をきっかけにして客達が酒に手を出し盛り上がりだしたところで部屋へと戻る。食堂を出ると、既に太陽も沈み切り外は真っ暗になっていた。ただ廊下は所々に設置されている魔導ランプのおかげで一定の明るさは保たれていた。
その廊下を静かに歩く三人。愛理はお腹が膨れた満足感と父親の背中にいる安心感から部屋に戻る途中ですやすやと寝息を立てはじめていた。その様子に微笑を見せる真衣。涼子はふっくらとしたほっぺをつんつんしてはその可愛さに悶えていた。途中すれ違う客からも温かい視線を注がれながら、三人は割り振られた部屋の前まで戻ってきた。
「じゃあ、また明日な。朝食の時間までには起きておくんだぞ」
「大丈夫ですよ。うちでも神社の手伝いで早起きしてましたから」
満面の笑顔で答える涼子の頭を撫で、真衣の方を見やる。真衣は少し気まずそうな顔で肩を落としていた。
「うう、朝は苦手なんですよぅ。涼ちゃんお願い! 起こして、ね?」
手を合わせて拝み倒す真衣に、彰一と涼子は苦笑する他なかった。と、その時、風鳴りが喋りだした。もっとも、その声は彰一にだけ聞こえるくらいの大きさであったが。
『少しすまんが、二人に時間があるか聞いてもらえるか? 早めに私の事を教えておこうと思う。それと彼女達のことについても大体のことが分かったからそれを伝えたい』
ずっと黙っていたので何かやっているのだろうと思っていた彰一は風鳴りの提案に乗ることにした。
「と、すまんが、寝る前に少し話があったんだ。構わないか?」
はい、と二つ返事で了承する二人。そして、真衣がふと気が付いたかのように彰一の背中にいる愛理を指差した。
「あ、愛理ちゃん寝てるんですよね。どうしましょうか。私達の部屋でお話しされますか?」
その提案に彰一はしばし考え込んだが、しかし手をパタパタと振って断った。
「いや、起きた時居なかったらまた探しに宿中を歩き回りそうだしな。それに起きたとしても、またすぐに眠くなって寝てしまうさ」
そう言って、自分の部屋へと入っていく彰一。残された二人は顔を見合わせた後、その後に続いて部屋の中へ入ろうとした。
廊下と違い部屋の中は真っ暗であった。食事中に従業員が持ってきたと思われる燭台が窓際の床に置かれていた。すでに蝋燭も数本立てられている。彰一は素早く愛理をベッドに寝かしつけると、蝋燭に火を点けた。
「綺麗……」
うすぼんやりとした明るさが幻想的な様相を見せ、真衣は一瞬自分がおとぎの国に訪れたかのような気分になった。しかし、その背を涼子が押したことで霧散する。
「弥生おねーちゃん、もっと奥に入ってよー」
気を取り直した真衣が自分の考えの恥ずかしさから顔を少しだけ赤くして部屋の奥へと入る。続いて涼子が部屋に入り、扉を閉める。真衣と涼子が部屋の真ん中で所在なげに立っていると、彰一が荷物を端へ寄せながら声を掛けた。
「どこでも好きな所に座ってくれていいぞ」
そう言われても戸惑っていると、見かねた彰一が強引に座る場所を指定した。
「……二人とも俺のベッドに座ってくれたらいい。俺は愛理のベッドに座るから」
そう言うと、静かに愛理のベッドへと腰掛ける。そして、寝ている愛理の頭を優しく撫でだした。その横顔は慈愛に溢れていた。真衣と涼子は二人してその横顔にドキリとして見惚れてしまう。しかし、それに気付くことなく一頻り愛理を撫でた後、彰一は口を開いた。
「わざわざ来てもらってすまないな。実は二人に紹介したい物がいてな」
「? でもこの部屋には四人以外誰もいませんよ?」
涼子が辺りを見回しながら疑問を口にする。真衣も同じように首を傾げていた。彰一はおもむろに刀を前に突き出した。二人の視線がそこに集まる。それを待ってから紹介を始めた。
「俺が紹介したいのはこいつだ。銘は『風鳴り』という。どうかよろしくしてやってくれ」
彰一の言葉についていけず、ぽかんと呆気にとられる二人。彰一の真面目くさった態度から本気であることを読み取り、ぎこちなく涼子が笑った。
「彰一さん、いくらなんでもあたし達を担ぎすぎですよ。だって、それ刀じゃ――」
『こうして挨拶を交わすのは初めてだな。紹介にあずかった風鳴りだ。彰一の相棒を務めている。どうかよろしく頼む』
涼子の言葉を遮るように言う風鳴りに、今度こそ涼子の頬が引きつる。
「や、やだなぁ、彰一さんたら。そんな腹話術で騙そうったってそうは問屋が卸しませんよ」
『それは君の勘違いだ。私は彰一の腹話術ではない。ちゃんと一個の意識を持っている』
「あ、その声って。森で聞こえてきた……」
涼子に風鳴りが突っ込んでいると、真衣がつい大きな声を上げる。しかしすぐに愛理が寝ているのを思い出し、尻すぼみするように小声になっていった。しかし、指摘自体は風鳴りにも届いていた。
『あまり驚かせないようにと思い黙っていた。申し訳ない』
「あ、いえ。全然大丈夫ですから」
真衣がそう返事をすると、おかしなことに彰一が首を横に振っていた。どうしたのかと思い聞いてみると、真衣の隣を指差した。その先を見ると真衣はまた大きな声を上げてしまっていた。
「涼ちゃん! 大丈夫?」
彰一が指差した先では、涼子が目を回してベッドへと倒れ込んでいた。慌てて真衣が抱き起こすも、完全に気をやってしまっていて起き上がる気配は皆無であった。その様子に風鳴りが遠慮がちに尋ねた。
『私は何か至らぬことをしたであろうか?』
「いや、お前は何もしていないさ。強いて言うなら喋ったという事か。俺が見ている限りではお前が喋りだした所でいきなり後ろに倒れ込んだんだ」
「涼ちゃんは昔からお化けとかそういう類のものがひどく苦手で……別に風鳴りさんは悪くないと思いますよ」
気遣うように真衣が言い添える。風鳴りはお化け扱いされたことに落ち込んでしまう。が、真衣は武具などの道具が喋りだすことは日本ではあり得ないことだと説明。彰一は成る程、と納得したが、風鳴りはまだ少し不満が燻っていた。しかし、仕方のないことだと割り切り、この件は誰も悪くないと結論付けられた。
「しかし、まだ話があるんだがどうしょうか」
「うーーん、起こしても大丈夫だとは思いますよ」
「またすぐ気絶しないだろうな?」
「あは、あはははは」
彰一の切り返しにあり得ると真衣のこめかみに一筋の汗が流れ落ちる。残された二人(と一刀)はどうするかで悩んでしまうのであった。
読んでくださりありがとうございます。拙いですがこれからもよろしくお願いいたします。




