第12話
「入り口でやっぱり見せないといけないんですね」
真衣が感心したように呟いた。永瀬の街に入る時、門を警護していた兵士から手形の掲示を求められていた。彰一が素直に5枚の手形を見せている間に違う兵士が馬車の中を確かめ、手形の枚数と人数があっているかを確認。その後入門が許可され、現在彰一達は永瀬の大通りを馬車でゆっくりと進んでいた。真衣の言葉はその時のやり取りについての感想であった。彰一が人にぶつからないよう周囲に気を配りながらも呆れ顔を見せる。
「いきなり何を言っているんだ。当り前だろう。何のために手形なんて面倒臭いものを導入してると思ってるんだ。きちんと確認しなかったら不正が蔓延る」
「あれ? でも幾つかの馬車はそのまま素通りしていきましたよね。あれは何だったんですか?」
横から涼子が疑問を口にする。その言葉に彰一は驚いた顔を見せ、次いで唐突に涼子の頭を撫でだした。突然の振る舞いに涼子の顔が一気に赤くなる。しかし、それを気にせずに彰一は説明を始めた。
「よく気付いたな。あれは先に役所で登録している商会の馬車だ。商会は頻繁に街と街を行き来するからな。一々足を止めさしては時間もかかるし手間もかかる。要は効率が悪いということだ。だから商会は事前登録を済ませておくのさ」
「商会の他には役所で登録している人はいないんですか?」
真っ赤になって口をパクパクさせている涼子の隣から少しムッとした様子の真衣が質問する。その様子に少しだけびくっとしながらも彰一は答えた。
「勿論いるさ。商会の他には冒険者がよく登録をしている」
「冒険者ですか?」
「あぁ、詳しくは宿に着いてから説明しようと思うが、構わないか?」
「はい」
「うがーーーーーー!」
と、そこでずっと顔を赤くして口をパクパクさせていた涼子が復活し、叫び声を上げてから未だ撫でている手を払った。叫び声だけに周囲に響き渡り、街の通りを歩いている何人かが三人の方へと視線を向ける。彰一は全く素知らぬ顔で周囲に注意し、叫びを上げた当人もふーふーと息巻いているだけで気付いていなかったが、真衣だけは恥ずかしくなって俯いていた。
「そんなにいつまでも撫でないでください。そりゃ気持ちはいいですけど……」
唇を尖らせて不満を述べる涼子。もっとも最後の方については尻すぼみして、相手には聞こえていたなかった。不満を言い終えると、頭が少し冷えたのか自分が注目を集めていることに気付き、真衣同様に顔を俯けた。
彰一は何事もないかのような振る舞いで二人に振り向いた。
「はは。とりあえず、もう少しでお勧めの宿屋に着くからそれまでは街の様子でも見ているといいさ」
そう言われ、少し恥ずかしさを残しながらも二人は夕方になって未だ賑わっている大通りに目を向けた。
大通りはその名の通り幅が広く、今乗っている馬車が5台ほどは並んで通れるほどである。
また、そこを行き交う人の量は比較的田舎に住んでいる二人にとって驚嘆に値するものだった。その驚きのままに二人がよく観察していると、歩いている人達はまさに十人十色であることに気付く。彰一のように旅装している者や普段着の者、他にも店の制服らしき物を着た者など様々である。
馬車も幾つかとはすれ違っており、殆どの馬車には幌に何がしかの刻印が記されていて商会の馬車であることを明示していた。勿論、商会以外の馬車も往来を通っており、なかなかの混み具合である。
他にも道の両脇にある露店や屋台などの呼子が出す声もひっきりなしに聞こえ、どことなく祭りのような賑わいを見せていた。二人はこの街が本当に活気のある街であることを肌で感じ取っていた。
ある時、街の様子に目を奪われていた涼子がとある人物を指差して声を上げる。
「あ、あの人!」
「どうしたの、涼ちゃん? あの人が……あ!」
聞きながら涼子が指差す方向を見ると、同じように声を上げてしまう。
「二人して、一体どうしたんだ?」
二人が何を見て声を上げたのか分からなかった彰一は涼子が指差す方を見て納得する。
「ほう、珍しいな。獣人がこんな人の街に出てくるなんて」
涼子が指差した先には犬族の獣人がこちらに向かって歩いてきていた。彰一が獣人と断言した理由は明確であった。その獣人は顔が犬のままだったのである。まるで人間の体に犬の頭部を乗っけたような出で立ちに周りの人間の何人かは獣人の方へ視線を飛ばしている。殆どの者は横目で見るくらいであったが、中にはまじまじと見つめる者もいた。彰一の傍にいる二人も目を丸くして獣人から目を逸らせないでいた。しかし、獣人は全く気にすることなく平然とした様子で歩いている。
「こらこら、珍しいからってそんなに見つめるんじゃない。相手に失礼だろ」
彰一の声にはっとして二人は気まずそうに視線を逸らした。幸い、件の獣人はよく人里に出ては見られていたために、視線には慣れっこであった。故に、自分に向けて好奇の視線が向けられても一々気にすることはなかった。勿論真衣と涼子の視線も気にすることはなく、気付いた様子もなかった。
その後、獣人とはそのまま話す事もなくすれ違い離れていった。最後に涼子が好奇心を抑えきれずに後ろ姿を眺めようとしたが、雑踏に紛れて見ることは叶わなかった。少しだけしょんぼりとして、また彰一の後ろに陣取る。そこから街の、人々の様子を窺ういながら真衣に話しかけた。
「残念見られなかった。でもびっくりした。流石は異世界。あんな人もいるんだね」
「うん、私もびっくりした。あれって被り物とかじゃないんですよね?」
涼子に頷きを返した後に、彰一の肩を叩いて尋ねる。叩いた後に、普段はしないような気さくな態度をとったことで、耳が少し赤くなっていたのは御愛嬌である。
「ん、あんなに精巧な物が作れるわけないからな。あの顔は自前の物だ」
彰一も真衣に肩を叩かれて内心驚いていたが顔に出すことはなく平静に言葉を返していた。その後、暫く真衣と涼子の二人は出会った獣人のことで盛り上がっていた。
一行はそのまま大通りを暫く進むと、路地に入っていった。その道は大通り程ではないにしろ、馬車がすれ違える程には幅は広く、人の行き来もそれなりであった。ただ、店構えは変化しており、旅籠のような店や明らかに茶店のような店などがあり、宿場町のような様相であった。
「なんだかさっきまでの道とは違って、呼び込みの声とかはないね」
「うん、まぁそれでも人は沢山いるし、静かとは言い難いけどね」
真衣と涼子の二人は大通りにある露店や屋台の賑やかさとはまた違った街の様子に興味津々できょろきょろと辺りを見回していた。途中幾つかの茶店の前では物欲しそうな顔をしていた。しかし、全ての店が既に店仕舞いを始めているところであったため、彰一はそのまま素通りしていく。二人から恨めしそうな視線を受けながらも馬車を進めていたが、ある宿屋の前で止める。そして誇らしげに二人に振り返った。
「ほら、ここが今日泊まるところだ」
その宿屋は他にも幾件もあった宿屋とは違い、良く言えば年季の入った、悪く言えば少し古臭い感じの宿屋であった。二人は露骨ではないにしても少しだけ嫌悪感を露わにしていたが、彰一は全く気にせずに馬車から降りる。続いて仕方なしに真衣、そして涼子の順に馬車から降りた。
「あの、本当に今日ここに泊まるんですか?」
彰一の後ろに並んだ真衣が嫌そうに尋ねる。その横では同調するように涼子も何度も頷いていた。しかし、彰一は少しだけむっとした顔になって言い返した。
「ここは見た目こそこんなんだが、中はしっかりしている……はずだ」
最後は小さな声であったが、真衣と涼子には丸聞こえであった。途端に目の端がつり上がる。慌てて彰一が弁解を始めた。
「いやいや、ここは俺の古い友人がやっている店なんだ。前に手紙をもらった時に『外は出来なかったけど、中は改装した。もう凄いぞ』と書いてあったんだ。だから大丈夫のはずだ。それに魔獣も場合により許可できるらしいし、今の俺らにはうってつけだろう?」
それでも二人がじとーっと彰一に白い目を向け、彰一が冷や汗を掻いていると、店から店員と思われる女性が出てきた。まだ若く、10代後半のように見える。店員らしく山吹色の着物を着て宿屋のロゴが入った前掛けを付けていた。掃除の途中でもあったのか動きやすいようにたすき掛けをしており、その手には雑巾が握られていた。真っ直ぐ綺麗に腰まで伸びた黒髪を揺らして出てきた女性は腰に手を当てて彰一達を睨みつけた。
「ちょっと、人の店の前でごちゃごちゃと煩いわよ。痴話喧嘩なら余所でやってよね。営業妨害よ」
「あぁ、すまない」
彰一は謝りながらも、これ幸いとばかりに女性に振り返ると用件を切り出した。
「今晩こちらに泊まりたいのだが、二人用の部屋二つ程空いていないかな?」
「何? 今から泊まるの? むー、ちょっと待ってなさい」
おかーさーん、と大きな声を上げながら店の中に入っていく女性。それを見送っていた彰一に後ろから声が掛かる。
「彰一さん」
涼子の呼びかけと同時に店員の後ろ姿を見送ったままの彰一に手が2本伸びて来ていた。
「ん? どうし……いてて、イタイイタイ」
返事をすると同時に脇腹が抓り上げられる。
「彰一さんの馬鹿。見惚れ過ぎです」
涼子が少し涙目になりながら更にぎゅっと捻り上げる。予想外の痛みにぴくりと彰一の背中が跳ねる。突然のことに抗議をしようと振り向こうとするが、その時反対側の脇腹にも痛みが走る。思わずそちらを見ると、反対側にいた真衣が口を尖らして不満げな顔でやはり脇腹を捻り上げていた。
「でれでれしすぎです」
ぼそりと呟かれた言葉は彰一にとって全く身に覚えのない濡れ衣であった。が、その不機嫌極まる様子に何を言っても無駄かと諦め黙ってその仕打ちを受け入れた。ただし、顔は痛みに耐えるために少し引くついていたが。
と、そこに女性が戻ってきた。そして彰一達の姿を見て不可思議な顔を見せた。
「あんたら、何をやってるの?」
「あまり、気にしないでくれ」
彰一が少しやせ我慢の入った声で言うと、女性ははぁ、と曖昧な返事をして母親から言われたことを伝える。
「とりあえず、部屋は空いてるからどうぞ。ご飯についてはギリギリ夕食の支度に間に合うから出せるわ。勿論その分のお代は頂くけどね。もし要らないなら今ここで言って。お代は取らないようにしてあげるから」
「いや、ありがたくお願いしよう。もうこっちはお腹ぺこぺこでな」
彰一が(両脇を抓られたまま)お腹をさする仕草をする。後ろにいる二人はまだふくれっ面のままである。その構図の可笑しさに女性が無愛想にしていた顔を緩める。
「分かった。とりあえず三人分でいいのよね?」
「いや、大人三人分と子供一人分、さらには出来ればでいいが、小さな魔獣用のご飯も頼む」
魔獣という言葉に女性は眉を顰めたが、嫌がる素振りは見せずに頷いた。
「分かったわ。ただ魔獣がいるならきちんとその許可証を見せて。それとどれくらいの大きさかも見たいから――」
「お父ちゃま、どこ?」
女性の言葉に割って入るように小さな女の子の声が聞こえてきた。彰一達が振り返ると、馬車の御者席の所に愛理が目を擦りながら立っている。その目尻には寂しさからか少しだけ涙が浮かんでいた。足元では対照的にタロが暢気に欠伸し、後ろ足で耳の裏を掻いていた。愛理は寝惚けまなこできょろきょろと父親を探すように辺りを見回す。
「あ、お父ちゃま!」
すぐに彰一を見つけ出すと、いきなりそのまま御者席から飛び降りた。その動きに彰一は元より真衣や涼子、更には従業員の女性も驚いた顔を見せる。皆が息を呑む中、着地したところで愛理は勢いのままぺちゃりと倒れ伏し、そのまま動かなくなった。一瞬誰もが言葉を失う。
『いいのか?』
「……はっ、愛理!」
小さく呟かれた風鳴りの言葉で、気を取り直した彰一がすぐさま駆けだし、その後に三人が続く。愛理の近くでは一緒に飛び降りていたタロが吠えまくっていた。彰一が近くまで行って抱き上げると、愛理は泣きべそを掻きながら甘えるように抱き付いた。あやすように抱っこしていると、横から従業員である女性が呆れを多分に含ませた声で話しかけてきた。
「全く、人騒がせだね。あんたが言ってた魔物というのはそこにいる犬っころでいいんだよね? その大きさならそのまま部屋に上げてもらっても構わないよ。ただし、備品を噛みちぎったりして壊したら弁償してもらうからね」
女性はそう言うと、宿屋の中へと入っていった。すると、女性と入れ替わるように中年の男性が店先へと顔を出した。がっしりした体格でぜい肉は殆どなさそうな男性で先程の女性と同じように山吹色の着物を着こなして腰にはロゴの入った腰かけを付けていた。しかし、その態度は女性とは180度逆で、やる気のなさが目立っていた。尻を掻いたり、だるそうに歩いたりしていた。
「全く、この時間に来るなんて迷惑にもほどがあるぞ……それに菜月もこき使いすぎなんだ。また腰を痛めたらどうするつもりだ……」
男性はブツブツと悪態を吐いていたが、ふと彰一と目が合うと目をごしごしと擦りだし、次いで驚きの声を上げた。
「あーーー! 彰一、彰一じゃないか!!」
先程までの歩き方とは全く違う機敏な動きで彰一の所まで近寄る。呼応するように彰一は愛理を片手で抱き直すと、男へと手を差し出した。
「久しぶりだな、相変わらず嫁さんに尻を敷かれてるのか?」
「馬鹿言え。単に良いようにこき使われているだけだよ。あれ? 同じか? それはそうと元気そうだな、安心したぞ」
男性は彰一の手をがっと力強く握るとがはははと笑いながら握手した手をぶんぶんと振りまわす。そして、軽くお互いに近況を交えた挨拶を交わすと、ゆっくりと手を離した。
「……そうか。苦労したんだな。あぁ今夜はゆっくりしていってくれ。さ、中へ入ってくれ。馬車は俺が責任を持って預かっておくから」
「すまん、頼む」
これも営業だからな、と手を振って御者席に乗り込む男。そして馬車を専用の置き場へと誘導していった。彰一達はそれを見送ってから宿屋の中へと入っていった。その際、真衣が彰一に尋ねた。
「あの人、誰なんですか?」
「あぁ、あいつは倉城晃介と言って、俺が昔所属していた部隊の仲間であり、まとめ役さ。少し前に利き腕を怪我して引退したらしい」
懐かしげに語る彰一に、真衣はあれやこれやと更に質問をかぶせ、それに涼子も便乗する。愛理は父の腕の中で安堵し泣き疲れからすやすやと眠り、それを心配そうにタロが見上げる。そんなこんなで、四人と一匹は宿屋の中へと入っていった。
「いやー、懐かしかった。それにしてもあいつは大分性格が変わったなぁ。やっぱり子供が出来たのが大きいのかねぇ」
倉城晃介は馬車を専用の置き場に止め、馬を厩舎に入れながら上機嫌に呟く。そして、厩舎の戸を閉めたところで、首を傾げる。
「そういや、あの犬っころ。どっかで見たことがあるような、ないような……」
ううーんと数拍唸っていたが、結論は出なかった。
「ま、思い出せないのなら大したことではないだろ」
すっぱりと諦めると、倉城はその後タロのことを思い出すことなく、妻に頼まれている買い出しに出かけるのであった。
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