第11話
水の街、そう呼ばれている街があった。その街の名前は永瀬。北、東、西から流れてくる三本の大きな河が合流し、南にある海へと流れていっている。その合流場所に作られた街である。海に向かう河は他の河より一際太く、幅は狭いところでも1キロメートル以上はあった。海に向かう河を筆頭にこれらの河を使った水運業が盛んで、この地域一帯の運送の基点であった。また、魚を代表とする多種多様な動植物などの豊富な水産物も取れ、様々な利点から桜国の中でも有数の街として栄えていた。
「ほら、あれが桜国の中でも有数の街、永瀬だ」
彰一が指差しながら説明を締めくくる。それを聞いていた真衣と涼子、二人の少女の口からは感嘆の声が漏れていた。二人の少女が見つめる先には河の近くを囲むように建てられている高い城壁と河の上を走る幾つもの船があった。
「おっきい壁~。こんなの見たの初めて」
「あ、涼ちゃん、河の上には壁ないよ」
「うわ、ほんとだ。その代わりに船がいっぱいある」
「うん、だけど帆船は殆どないんだね。どうしてだろ?」
二人は少し興奮気味にはしゃぎながら街についての感想を述べ合う。時折、彰一にも質問しながら船を指差しては驚いたり、壁より上にうっすらと見える建物が見えればそれが何かを予想したりと楽しげな様子であった。
そうして、二人の少女があれこれと騒いでいるうちに一行は永瀬の街に到着した。しかし、他の馬車は殆どがそのまま永瀬の街に入っていっていたのに対して、彰一達の馬車は城門の隣にある屯所へと向かっていた。そこにも数台の馬車と幾人かの姿が見えていた。自分達が別の所に向かっているのに気付いた真衣が尋ねる。
「あれ? どうしてそのまま入らないのですか?」
「ん、気付いたか」
彰一は真衣に振り返るとよく気付いたというように頭を優しく撫でた。突然の彰一の行動に真衣は耳まで真っ赤になった。その横にいた涼子は真衣にだけしていることに少し口を尖らして不満をぶつける。
「弥生おねーちゃんだけずるい! 私にもして!」
「おいおい、涼子は気付いた訳じゃないんだろ? それじゃあ撫でてやれないな。次を頑張るんだな」
しかし、彰一はその不満をさらっと流した。彰一の言う通り気付いていなかったのは確かであったので、涼子は不承不承黙り込んだ。その心の中では、次は負けないと秘かに闘志を燃やしながらではあったが。
彰一は涼子が黙ったのをいいことに説明を始めた。
「あの屯所に向かっている理由はな、手形を発行してもらうためだ。街に入るには手形がいるからな。これは基本どの街でも同じだから覚えておくといい」
「手形、ですか?」
真衣が可愛らしく首を傾げると、彰一は肩をぴくりとさせる。真衣が最愛の妻――縁とそっくりの仕草をしたからである。その懐かしさについ少しだけ反応してしまったが、しかしそれを二人に感づかせる前に説明を続けた。
「そうだ。まぁ簡単に言うと、街に入るのに金を払わないといけない。それで、そのお金を払った証明書みたいなものだ」
「お金払わないといけないの?」
今度は涼子が少し驚きながら尋ねた。それに彰一は少し笑いながら答えた。
「街に入る時に払う金は税の一つだ。どの街でも普通に徴収している。特にこの永瀬は水運などの運送業が盛んだから意外と大きな税収になっているはずだ」
「ということは関税の代わりにお金を取っているということですか?」
真衣が確認するように聞くと、彰一が答える前に涼子が袖をひっぱり小さな声で質問する。
「弥生おねーちゃん、関税って何?」
彰一にもその声は聞こえていたので、真衣に先にどうぞと身振りで示す。それを見た真衣はこくりと頷いて涼子に向き直った。
「社会で習わなかったかな? 時事ネタでTPPの話とか先生がしてくれてると思うんだけど」
「あ~、うん、教わった……かな?」
目を泳がせて答える涼子に真衣は溜め息を一つ吐くと、関税の簡単な説明を始めた。
「簡単に言うとね、輸入品に税金をかけるの」
「え? なんでそんなことするの? 税金掛けちゃったら高くなっちゃう」
「それはね、輸入する時に自分の国の物より安いとみんな外国産を買っちゃうでしょ」
「うんうん。当たり前だよね」
「でも、そうなると国内の産業が成り立たなくなっちゃう。それじゃあどんどん輸入に頼らないといけなくなっちゃう。それは分かるわよね?」
「うん、そりゃそうそうなるね」
「だから、それを防ぐために値段を上げないといけない。その時に値段を上げるために国がかける税金が関税なのよ。分かった?」
「ううー、なんとなくだけど」
「なるほどな。真衣は学者か何かだったのか?」
真衣が涼子に教えていると、横から感心したような声で彰一が声を掛けた。真衣はあたふたしながら両手を振って否定した。
「違います、違いますからね。私達がいた日本ではそういう勉強を皆してたんです」
「むぅ、つまりは学者が多い国だったと、そういうことか」
侮れないな、と呟いている彰一に真衣は必死になって否定した。
「別に、誰も学者なんて目指していませんよ。それだけ勉強しないと就職できなかっただけです。ほんとですからね!」
「弥生おねーちゃん、そこまでムキにならなくても」
涼子の呟きに真衣ははっと正気に戻って縮こまる。その様子にくすくす笑いながら涼子はフォローを入れる。
「でも、弥生おねーちゃんが言っていることは間違ってませんよ。勉強するのは学者になるためじゃなくて、そうしたほうが有利だったからからです」
涼子の言葉に彰一は驚きを隠せなかった。このグレリアの世界で勉強をしているのは学者か魔法師、さらには役人、あとは王侯貴族くらいである。魔法師や役人はその職に就いてからその道の専門だけを勉強するのが基本である。また、二人が王候貴族でないのは既に聞いていた。故に学者を目指すでもないのに勉強をするという発想は思いもよらなかった。
また、この世界では勉学ができるのは富裕層のみである。一応学園と呼ばれる場所があり、奨学金制度を活用して入学する貧困層の者もいるが、そんな者は一握りである。そういった事情から既に大人入りを果たし就業しているであろう年齢にも関わらず未だ勉学の身であることから日本という国の裕福さが自分の想像以上であることを感じ取っていた。
そんな驚き言葉を失っている彰一に真衣が尋ねかけた。
「あの、結局その街に入る時のお金って関税みたいなものなのですか?」
その声に彰一は茫然自失の状態から立ち直ると腕を組んで考え込んだ。
「何とも言えない、かな。俺自身がその関税の事をよく分かっていないし判断がつかない」
「そうですか」
「ただ、荷の運送をする商人の場合、荷物の量で金額が変わったりもするが、この税の骨子は人の往来にあるからな。先程の真衣の説明からすると少しずれている気がするな」
「あう。知ったかぶった感じで恥ずかしいです」
真衣が落ち込んでしまうが、彰一は構わず言葉を続けた。
「……俺はそうやって自分の知識と照らし合わせて物事を理解しようとするその積極さを買うけどな。それに間違いなんて誰にでもあることだ」
にかっと笑う彰一。その裏表のない笑顔に真衣はドキっと胸が高鳴った。それを誤魔化すように真衣が愛想笑いを浮かべていると、横から涼子が不満げな声を上げて話を戻した。
「それで、結局その手形を発行しに向かってるんですよね?」
「ん、ああ、すまない。涼子の言う通りだ。二人とも手形なんて絶対持ってないだろ? 勿論俺も愛理も持ってない。だから先に屯所に向かい発行してもらってから入門するんだ」
「うーん、先に入門してから発行してもらえたりもするんですか?」
説明を聞いていた真衣が唇に人差し指を当てて考え出す。そしてふと思いついた疑問を口にする。それに対し、彰一は教えるかどうかを迷った末に説明しだした。
「……結論から言うとできる。ただし、それは緊急時、例えば病人がいるとか、魔物に襲われて危険な状態とかそういう場合だな。その後に請求された時にもし払えなかったらその場で外に追い出されるけどな」
なるほど、と口を揃えて納得する二人。そのうち涼子がふと顔を上げて前を指差した。
「あ、前の人がどいて空きましたね」
涼子の言う通り、屯所の前に並んでいた馬車は全ていなくなり、残っていた旅装した人達もいなくなっていた。
「ん、それじゃそろそろ行こうか。話は俺がするから二人ともどんな事をするのか、まぁ簡単なことなんだが見ておいてくれ」
そう言ってから馬車を屯所の前まで進めていく。屯所の前には兵士が二人並んで立っていた。それぞれ鎧は着ていなかったが揃いの制服を着て、兵士を示す帽子をかぶっていた。その二人の前まで馬車を進め停める。そして、馬車を降りて二人の兵士のうち片方に話しかけた。
「こんにちは。手形を発行してもらいたいんだが」
彰一が声を掛けると兵士はにこやかな顔を浮かべて対応しはじめた。
「ようこそ、永瀬の街へ。手形は何人分必要ですか?」
「四人分頼みたい。それと、魔獣も一匹いるんだが大丈夫か?」
「魔獣ですか?」
兵士は顔を顰める。そして、少しお待ちになってくださいと言い、屯所の中へと入っていった。もう片方の兵士はというと別の旅人の相手をしていた。兵士を見送ってゆったりと待っている彰一に真衣が恐る恐る尋ねた。
「あの、魔獣がいるってどういうことですか?」
「ん、あれ? 言ってなかったか?」
「はい。この馬車にいるのって愛理ちゃんとワンちゃんだけですよね。ということは……」
恐々と幌の中に目をやる真衣に涼子がくすくすと笑いながら背中を叩く。力はそれほど込められていなかったが、真衣はびっくりして小さく悲鳴を上げた。
「ちょ、涼ちゃん何するのよ」
「弥生おねーちゃん。タロはすっごい良い子だよ。森で弥生おねーちゃん達を待っている間、ずっと一緒にいたけど、愛理ちゃんの言う事をよく聞いてたし襲い掛かってくるなんてこともなかったし。それにあんなに可愛い子犬を怖がってちゃだめだよう」
「でもね……」
涼子の説明にそれでも不安がぬぐえない様子の真衣に、彰一が告げる。
「まぁ起きてきたら遊んでみるんだな。そうすれば不安も晴れるだろうさ」
そこまで言ったところで、兵士が屯所から出てきた。そして、彰一に駆け寄ると、申し訳なさそうな顔で告げる。
「あの、すみませんが、その魔獣を確認させてもらえませんか? 大型になりますと街に入れることが出来ませんので」
「あぁ、構いませんよ。ただ、今はうちの娘と一緒に寝ていましてね。こっそりと見てもらえるとありがたい」
了解です、とほっとしたような顔で言い、馬車の後ろへと回る。そして、こっそりと幌の中を覗き見た。そこには仲良く寝ている愛理とタロの姿があり、兵士はつい笑みをこぼしてしまう。そしてすぐに彰一の所に戻ると、手続きを再開した。
「確認が取れました。ご協力ありがとうございます。それでは手形が四人分と魔獣一匹分ですね。一人銀貨一枚、魔獣一匹銀貨二枚となりますので、合計で銀貨六枚となります」
「直払いで構わないか?」
「それは勿論です」
彰一は懐から財布を取り出すと銀貨を六枚取りだし兵士に渡した。きちんと確認を終えた兵士は腰に吊るしていた薄い板を五枚取りだした。板には『8月末まで許可』と記されていた。
「こちらが手形となります。これは今月分となりますので、新しい月になりましたら無効となります。ご注意ください」
手形を彰一に渡す。彰一も板に書かれている内容を確認してから懐にしまった。それを見た兵士はまた腰に吊り下げていた手形とは別の薄い板を取り出した。その板には『魔獣・許可済み』と刻印されていた。
「それとこちらが魔獣用の名札となります。街を連れ歩く際は必ずお付けになってください。最後にですが、もしそちらの魔獣が街の人を襲った場合の責任は飼い主である貴方にありますので注意ください。説明は以上です」
彰一はそれを受け取ると、また懐へと仕舞いこんだ。そして兵士の説明が終わったことで頭を下げて挨拶をした。
「ありがとう。では、我々はこれで」
「はい、あなたにも水の御加護があらんことを」
彰一に合わせて兵士も帽子を取って敬礼した。それに手を振って返し、馬車に乗り込む。そして、すぐに出発させ、そのまま永瀬の街へと入っていった。
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関税については詳しく知りたい方は関税局のHPかそういった参考書の方をご参照ください。




