第1話
初めまして、もしくはお久しぶりです、ガキ坊です。
また性懲りもなく執筆しだしましたので、どうかよろしくお願いします。
それと、和風ファンタジーですので、登場人物の名前や地名は漢字表記となっています。
剣と魔法の世界、グレリア。
大気に満ちる魔素と呼ばれる元素、そしてそれを凝縮した魔力と呼ばれる力に因り、生きとし生けるものが魔物と呼ばれる存在へと変貌してしまう世界。人間は魔力を転用し発明した魔法、また剣や弓などの武器を用いて突然発生する魔物を撃退していた。
グレリアの世界図の東に位置する場所に桜国と呼ばれるところがあった。その桜国の片隅にとある村が存在していた。そこでは村人たちが日々耕作をして過ごしていた。
三年前。
辺りからは炎の燃える音だけが聞こえてくる。すでに建物の半分以上は焼けており、時折柱が音を立てて崩れ落ちていた。周囲に建物の火を消そうとする人影はなく、それどころか、周りの建物も燃え上がっており、遠くの場所から消火を促す声が微かに聞こえる程度であった。
その焼けている建物の前に一組の男女の姿があった。男性は膝を付いて、ぐったりとした女性を抱きかかえるようにして支えている。女性の顔は青く、呼吸はか細くなっていた。
「あ、あなた……」
「縁、しっかりしろ。今すぐに医者に連れて行ってやるからな」
あなたと呼ばれた男性が焦ったように声を出すが、縁と呼ばれた女性は弱弱しく首を横に振る。自身の命が今尽きかけていること、医者には間に合わないことは分かっていた。故に旦那がしようとしていることを止め、唯一の気懸りを問う。
「あの、あの子、は、無事?」
女性が残りわずかである命の灯火を用いて聞いたのは我が子の無事。それに男性は涙をぽろぽろと流しながらも力強く頷いた。
「ああ、縁のおかげだ。今は村長に見てもらっている。さぁ、次に助かるのは縁の番だ。行くぞ」
震えている、しかし無理矢理明るさを混ぜた声で医者の所へ行くことを告げる男性。しかし、その体は言葉とは裏腹に全く動こうとはしていなかった。ただただその頬を涙が顔に付いた煤を巻き込みながら伝っていき、女性の頬へと落ちるばかりである。
男性が焦る心とは対照的に女性は子供は無事という言葉に安心し、強張らせていた顔を緩ませる。その目尻には安堵から来る涙が浮かんでいた。
「そう……。良かった……」
女性はそう言うと、最後の力を振り絞り小さな、本当に小さな笑みを浮かべる。そして、自分が愛した、最も頼りになる相手へ愛する我が子のことを託す。
「あな、た。あの、子の、ことを、おねがい、ね」
それだけを言い終えると、ふっと女性の体から力が抜ける。男性は最愛の妻である女性から力が抜けたことに気付き、呼びかける。
「ゆ、縁? おい、下手な冗談をするな、頼む、頼むから目を開けてくれ……」
しかし、幾ら男性が呼びかけても女性が応えることはなかった。やがて男性は女性が天に召したことを悟り慟哭の声を上げた。
「ゆかりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
その日、とある村に起きた火災が原因で一人の女性が命を落とすこととなった。またその女性だけでなく、村の他の人々にも犠牲は数多く出ていた。そして、その悲しみの記憶故に村は再建されることなく廃村となり、生き残った住民はそれぞれ友人知人、親族を頼りに散り散りになっていった。その中には彼の男性とその子供の姿もあった。
「村長、今までありがとうございました」
村の入り口で男性が礼を述べる。すると、50過ぎになろうという村長は好々爺然とした出で立ちで豊かな顎髭を撫でながらにっこりと笑った。
「なに、この子のためじゃ。子供は宝、大切にせんとの、ほっほっほ」
男性が抱っこしている、まだ2歳になったばかりの女の子の頭を撫でる。肩くらいまで伸びた濡れ羽色の髪が村長の皺だらけの手の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。女の子はその手の動きにきゃっきゃと喜んでいた。村長はそんな女の子の様子を優しげな眼差しで見ていたが、不意に男性にこれからのことを尋ねた。
「ここを出て、どうするのじゃ?」
男性は女の子を抱き直すと少し困った素振りを見せてからあっけらかんとした調子で答えた。
「あー決めておりません。村長は知っていると思いますが、俺は天涯孤独の身であったため親戚がおりませんし、妻の実家からは勘当を喰らっています。ですので、とりあえずは大きな街を基点に、ゆっくりと愛理を育てられる場所を探したいと思っています」
男性に抱かれている愛理と呼ばれた少女は近くに飛んで来ていた蝶に夢中で何度も体を乗りだし、その都度男性は少女を抱え直していた。
「ふむ、それもよいじゃろうて。わしはここから少し離れた村にいるで、何かあったら寄るとよかろう」
村長は男性の答えに何度か頷き、そして未だ蝶をじっと見つめている愛理を再度撫でてから別れの言葉を口にする。
「では、達者での。お前さんも頼んだぞ」
お前さんと声をかけられた男性の腰にある刀から声が返される。
『任しておくがよい。この者の扱いは心得ている。愛理嬢もしっかりと育ててみせよう』
その刀の返事に満足気に頷く村長に、男性はげんなりとした表情で呟く。
「俺はそんなに信用がないのかよ。それと、お前も偉そうに返すんじゃない」
刀に突っ込みを入れていると、村長はほっほっほと笑い声を上げる。溜め息を一つ吐くと男性は改めて村長に軽く頭を下げる。
「では、今度こそ出立いたします。今までありがとうございました。どうかそちらもお元気で」
「うむ、達者での」
そうして、男性は腰に刀を佩き、少女を抱っこしながらふらふらと街の方角に向かって歩き出した。それを村長は寂しげな眼で見送るのであった。
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